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Funding the Commons 講演:「Open academia に向けた研究の分散化」

2024年7月24日、渋谷の国連大学にて開催されたDeSci Tokyo/Funding the Commons Tokyoにて、アカデミストの柴藤が登壇しました。DeSci Tokyoは、世界的なムーブメントとなりつつある「分散型科学」を日本でも広めるため、2023年に日本で立ち上げられたプロジェクトです。2023年には、academistにて目標額の2倍以上となる230万円超の支援を得て、第1回のカンファレンスが開催されました。2年目となる今回は、公共財への新たな資金循環づくりを目指すイベントシリーズ「Funding the Commons」の一環として開催されました。

柴藤からは、アカデミストのVisionである「開かれた学術業界(Open academia)」と10年間の歩み、そしてこれからの「分散型研究所」構想について話しました。多くの方にアカデミストのVisionを共有する素晴らしい機会となったとともに、公共財へのファンディングの新しい仕組みづくりに取り組む世界中のパイオニアたちから多くの刺激を受けました。

以下は当日の発表(英語)の日本語訳です。ぜひお読みいただき、共に「開かれた学術業界(Open academia)」への挑戦に加わっていただければ幸いです。

Funding the Commons作成のサムネイル

Open academiaに向けた研究の分散化 ~academistの10年とこれから~ 

こんにちは、柴藤亮介と申します。過去10年間、私はアカデミスト株式会社を経営し、研究者と研究を支援するステークホルダーをつなぐ仕組みを構築してきました。
本日は、以下の3点について話をさせていただきます。

  1. なぜ「Open academia」が必要なのか

  2. アカデミストの10年

  3. Open academia に向けた「分散型研究所」構想

1. なぜ「Open academia」が必要なのか

約15年前、私は理論物理学を専攻する博士課程の学生でした。研究は面白かったのですが、どこか物足りなさがありました。それはたとえば、隣の研究室の学生が何をしているのかを知る機会がほとんどなかったことでした。今になって思うと、違和感の正体は後述する「Closed academia」の文化にありました。

そんなとき、大学院のプログラムでシリコンバレーを訪れる機会がありました。そこでは、自身の研究をベースに多様なステークホルダーとつながりをつくり、研究を加速する機会を模索する多くの博士課程学生に出会いました。この経験が、帰国後「アカデミスト」を立ち上げるきっかけとなりました。

私はまず、大学院生のための学際的な交流会を開催しました。そこで気づいたのは、お互いの研究の詳細を理解するのは難しくても、その背後にあるVisionは理解できるということ、そして若手研究者たちのVisionが魅力的であるということでした。そこで、研究Visionが集う場所を作れば、研究者が多様なステークホルダーとつながれるようになるのではないかと考えました。

当初の計画は、研究者が自身の研究の魅力を発信できるメディアを運営することでした。その後、より研究者のニーズを満たす仕組みとして、クラウドファンディングにたどりつきます。クラウドファンディングは、研究者に情報発信のインセンティブとリターンを提供しつつ、幅広いサポーターに研究を知ってもらう効果的な手段であることに気づいたのです。

Open academiaとは?

私たちのVisionは「開かれた学術業界(Open academia)」の実現です。これを、「Closed academia」と対比しながら説明してみたいと思います。

Closed academia」では、研究は主に公的資金で賄われています。これによって、サポーター(つまり納税者)と研究者の間には距離が生まれ、研究者は主に政府の資金提供者に研究計画をアピールすることになります。そして研究成果の主な受け手は、同じ分野の研究者に限られています。私たちの見方では、この「Closed academia」の文化こそが、多くの問題の背景にあるものです。研究者は自分の本当の関心を追求する自由が制限され、社会は研究の価値を十分に理解したり、その恩恵を受けたりする機会を逃しています。

Open academia」はその逆です。研究が多様な資金源に支えられ、それにより研究者と研究に関心を持つ人々の間でさまざまな形の交流が可能になり、研究者が幅広い方々にVisionを共有することを促し、研究活動が多様なステークホルダーと共有されます。「新しいつながり」から価値を生むのがイノベーションである以上、異分野や異なるセクターが協働しやすいOpen academiaのほうが、イノベーション創出にとって望ましいあり方であると言えます。

アカデミアの歴史を振り返ると、「Closed」なモードと「Open」なモードが交互に現れていることがわかります。16世紀から18世紀にかけて、印刷技術は知識を閉鎖的な大学から開放しました。低成長時代に突入した21世紀、国がアカデミアを支えることが難しい状況において、情報技術を活用した新しいアカデミアの形が求められていると感じています。

2. アカデミストの10年

現在、私たちの活動は主に3つの柱から成り立っています:

  • 1. academist Crowdfunding

  • 2. academist Fanclub

  • 3. academist Grant

ここでは最初の2つについて説明します。

academist Crowdfunding

アカデミストは学術系クラウドファンディングを2014年に開始しました。当時は、クラウドファンディングが普及し始めた時期で、KickstarterやIndiegogoは2008~2009年頃、日本でもReadyforやCampfireなどのプラットフォームが2011~2012年頃にサービスを開始していました。そうしたなか、アカデミストは日本初のアカデミア専門のプラットフォームとして始動しました。私たちは「All-or-Nothing」、つまり、目標金額に達した場合のみ資金を受け取れるモデルを採用しました。研究者が資金調達を成功させるうえで、目標にコミットすることが重要だと考えたからです。

これまでに312のプロジェクトがacademistを通じて資金調達に成功しました。二つだけ事例を挙げます。

  • 雷雲プロジェクトは、宇宙物理学を専門とする研究者たちが、雷雲から放出されるガンマ線を観測することで、雷の形成メカニズムを研究したものです。前例もなく斬新なアプローチだったこともあり、科研費などの公的資金を得ることができませんでした。そこで、彼らはクラウドファンディングに挑戦し、プロジェクトを開始することができました。この初期の成功により、後に公的資金を獲得し、さらにその論文がNature誌に掲載されるに至りました。これは、クラウドファンディングが重要な科学的インパクトにつながるモデルケースと言えます。

  • サッカー分析プロジェクトは、ゲーム理論と機械学習を用いて斬新な方法でサッカーを分析する学際的なプロジェクトでした。宣伝先が多様であったことに加えて、インパクトが想像しやすいプロジェクトだったため、サポーターの支持を得ることができた例となっています。

公的資金とクラウドファンディングの比較

以下の表に、公的資金とクラウドファンディングの主な違いをまとめました。

ここで重要なのは、クラウドファンディングと公的資金(科研費など)のどちらかを選ぶという二者択一ではなく、両者は補完的な役割を果たすことです。クラウドファンディングの重要な特徴として、研究者とサポーターの間に直接的なコミュニケーション経路を生み出すことが挙げられます。この非金銭的な側面が、「Open academia」を実現する上で極めて重要な点です。

academist Fanclub

クラウドファンディングでややもったいないと感じていたこととして、研究者と支援者の関係が一回きりになりがちな点がありました。これを継続的な関係に拡張するため、私たちはファンクラブの仕組みを開始しました。サポーターは毎月少額を寄付し、研究者は日々の活動を含む定期的な更新を提供します。

産業界のパートナーがサポートする賞形式のプログラム(academist Prize)も実施しており、Quadratic Votingのメカニズムを用いて、支援の総額ではなくサポーターの数に基づいて資金を配分しています。

10年のインパクト

過去10年間で、312のプロジェクトを立ち上げ、189の大学の研究者とパートナーシップを結び、2万7千人のサポーターを獲得し、総額3億1千万円の支援を集めました。

また、クラウドファンディングのプロジェクトは、より大きなプロジェクトのきっかけを作ってきました。事後の調査からは、34人の研究者が、academistでの挑戦後に総額約2億7千万円を他の資金源から獲得していることがわかりました。さらに重要なのは、研究者の3分の2が企業、メディア、教育セクターなどの研究者以外のステークホルダーとの協働を実現したことです。

この10年間で私たちが得た教訓の一つは、こうしたクラウドファンディングの非金銭的価値です。クラウドファンディングで重要なのは、プロジェクトとお金を結びつけるということ自体よりも、研究者とサポーターをつなぐ機能なのです。もう一つの教訓は、「Research Relations」、略して「Re:Rel」の重要性です。Re:Relは、研究者のVisionを磨き上げ、サポーターやファンを見つける手助けをするスキルを持った人々のことです。数百のプロジェクトをサポートすることで、アカデミストチームはこのRe:Relのスキルを高めてきました。私たちは今後、この「Re:Rel」の概念を掘り下げ、発信していく予定です。

3. 「分散型研究所」に向けて

クラウドファンディングは研究資金を分散化させることに寄与してきました。現在のクラウドファンディングでは通常、1人または少数の研究者とサポーター(個人や企業)をマッチングさせる仕組みです。このマッチングを、研究者に伴走する形で「Re:Rel」としての Team academist が支援してきました。

一方で、壮大な研究Visionを掲げる研究者とRe:Relがチームを形成し、サポーターの獲得を含めた研究活動を展開するほうが、研究を加速させるスピードの面でも、プロジェクトの数を増やしていく拡張性の面でも望ましいと考えられます。そこで私たちは次のステップとして、研究者、支援者、Re:Relからなるチーム自体の自律的で分散型の形成を実現することを目指します。これが「分散型研究所(Decentralized Research Institute)」の構想です。

ここでいう「分散型研究所」は、1)多様な資金源を持ち(公的資金が過半数を占めない)、2)比較的小規模なチームであり(最大約50人程度)、3)他の機関(研究所)との協力に開かれていることで特徴づけられる研究組織です。3つ目の特徴は「Open academia」のVisionにとってとくに重要です。

以下は、「分散型研究所」の概略図です。特定の研究トピックを中心に研究者とサポーターが集まり、そのなかでRe:Relスタッフがプロジェクトをまとめる重要な役割を果たします。初期段階では、研究Visionを起点に、サポーターを集め、研究を行い、成果を出します。

後の段階では、さまざまなインパクトにより研究所のさらなる拡大が可能になります。

プロトタイプとしての「研究ファン1000人計画」プロジェクト

こうした分散型研究所をどのように実現すればよいのでしょうか。私たちのVisionに向けたマイルストーンとして、academist Prizeの第4期では、「研究ファン1000人計画」と銘打ったプロジェクトを開始しました(詳細はこちら:「1,000 True Fans」と研究を加速する - academist Prize 第4期の挑戦|アカデミスト株式会社)。今月、この挑戦を行う7人の研究者が新たに選ばれ、活動を始動しました。今年9月3日から1年間かけて、Team academistと7名の研究者が協力し、多くのファンを獲得しながら、持続的に研究を行う体制づくりに挑戦していきます。

このプロジェクト自体を通じて、アカデミストにも新たなメンバーを加えながら自らの「Research Relations(Re:Rel)」としての能力を高めていきます。いわば分散型研究所を実現するために何が必要なのかを明らかにするための実験であり、これは将来、分散型研究所のネットワークがつくる「Open academia」への第一歩だと私たちは考えています。

まとめ

以上の話をまとめます。

  • 21世紀のイノベーションは「Open academia」から生まれる。

  • クラウドファンディングは、研究資金ではなく、研究Visionに共感する仲間を募る手段である。

  • 「Research Relations」は、オープンアカデミアの実現に欠かせない役割である。

  • 「分散型研究所」は、Open academia 実現の重要なマイルストーンである。

分散型研究所の実現に関するアイデアをお持ちの方、スポンサーやファンとしての支援にご興味のある方、またはアカデミストチームのメンバーとして参加したい方は、ぜひご連絡ください。Open academia(開かれた学術業界)の実現に向けて、共に進んでいきましょう!

以上は、2024年7月24日にDeSci Tokyo/Funding the Commons Tokyoでの柴藤による発表の日本語訳です(分かりやすさを考慮して一部編集しました)。このような貴重な発表の機会をくださったDeSci Tokyo / Funding the Commonsオーガナイザーの皆様に深く感謝申し上げます。
(編集協力:丸山隆一

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