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鳥獣戯画に思う 「想像力」と「科学」

 東京・上野の東京国立博物館で開催されている特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」に行ってきました。日頃、科学に触れる機会の多い立場にいることもあり、感じることがあったので書き連ねてみようと思います。

実は大作!800年前の人々が描いたユーモア

 鳥獣戯画について、まずは少しだけおさらいしておきましょう。平安〜鎌倉期の作とされる全4巻・合計44メートルにも及ぶ絵巻物で、兎・蛙・猿などの戯れる様子が描かれています。動物たちが人間のように相撲や宴に興じる姿はユーモラスであると同時に、身体の描写も実にリアル。兎のヒゲ、蛙の水かきなども、とても丁寧に描かれています。
 誰が何のために描いたかは未だ不明らしく、そのユニークさなどに文化的価値が認められた結果、昭和27年に国宝へ指定されました。現在は京都市北西部・栂尾(とがのお)にある高山寺を中心に保管されていますが、今回の特別展には各地に点在する「断簡(※)」なども集められています。

※断簡(だんかん)…もともと巻物の一部分であったものが、伝来の過程で別れてしまったもの
東京国立博物館1089ブログ「鳥獣戯画の断簡と模本」より抜粋(最終閲覧日:2021年6月15日)


 会場の詳しい様子などには触れませんが、とにかく「圧巻」の一言!800年もの時を超え、目の前に存在してくれていることを感謝せずにはいられませんでした。

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甲巻より、兎と蛙が相撲を取る場面(出展:Wikipedia)

作者が吹き込んだ「ワクワク感」

 さて、皆さんは文化財を鑑賞するときに、どんなところへ注目していますか?私はズバリ、手掛けた方の「思い」や、それを守り抜いてきた方々の「営み」に想像を巡らせます。今回、会場で目の当たりにした躍動感あふれる動物たちの姿には、平安〜鎌倉期を生きた人々の "センスオブワンダー" が息付いているように感じました。

 1つ例を出しましょう。2巻目にあたる乙巻は、まるで動物図鑑かのごとく16種の動物が描かれていて、皆さんのイメージに最も近いであろう動物たちの擬人化された描写はありません。
 この乙巻、前半部には馬や鷹など当時の日本にも生息していた動物が描かれている一方で、後半部は獅子や麒麟などの空想、または未知の動物たちの絵で構成されています。同時に、前半部は線の太・細が混在していてスピーディーに描かれたようなのですが、一転して後半部の描線は一定しており、慎重に筆を運んだと推察されるそうです。

馬と獅子

乙巻より、馬(左)と獅子(右)

 鳥獣戯画の作成に携わった人物は多数いるとされているので、彼らの気持ちをおしなべて想像するのは少し難しいのですが、生き物や自然を慈しみ、きっとワクワクとした楽しい気分で、時折妄想にふけりながら筆を手にしていたのではないでしょうか。そして、根底にあるワクワク感に共感した数多の人によって大切に守られ、現代まで受け継がれてきたのだと、私は想像を膨らませました。


「科学」の前で「想像力」は価値を持つのか

 さあ、ここからようやく科学を絡めた話です…笑
 鳥獣戯画に描かれた場面の多くは、実際には有り得ない描写ばかりです。現実世界でウサギとカエルが相撲を取るはずもなく、ライオンも実物とはかけ離れた姿で描かれています。「当たり前だよ」と笑われてしまうかもしれませんが、今回はあえて思考を巡らせてみることにしました。

 科学は、真理や謎を明らかにする営みです。従って科学の視点を持ち出せば、鳥獣戯画の世界観は徹底的に否定できてしまうでしょう。
 では、科学の前で想像の世界は価値を持たないのでしょうか。私は、そうではないと考えています。

 科学は、不可能だと思われてきたことを可能にしてくれる一面も持ち合わせています。例えば「月」と私たちの関係はどうでしょう。鳥獣戯画とおよそ同時期にまとめられた百人一首では、月に関する歌が12首も詠まれているそうです。月へと思いを馳せる人々が今昔を問わずたくさんいることは、先日の「皆既月食×スーパームーン」の出来事を思い出せばわかりますよね。
 百人一首が編纂された頃にはただ見上げるだけの存在だった月に私たちが到達できたのも、月に対して抱く普遍的な感情があったからではないかーそう考えるのは、少し飛躍しすぎでしょうか。

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いつの時代も人々に愛される月。
そこには兎の姿もありました
(撮影・提供:細谷直斗さん)

時代が変わってもワクワクとした世界を描きたい

 鳥獣戯画は、非科学的な想像の世界かもしれません。しかし、何かを愛でる気持ちによって育まれた「想像力」こそが「科学」を発展させる原動力となり、やがては新しい「当たり前」を作るのだと私は考えます。

 科学の力で様々なことが加速度的に明らかになっている現代において、私たちは鳥獣戯画のようなワクワクとした世界を今後も描くことができるのだろうか―会場で作品を見ていた私は、ふとそんなことを思いました。

 想像力の源泉となるワクワク感は、いつの時代も誰かが絶え間なく生み出していかなかればならないのだと思います。だから私たちACADEMIJANも、科学技術を通してセンスオブワンダーをお届けしたいのだな―そんな風に思いを新たにできた、鳥獣戯画展でした。

執筆:関本一樹

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