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スティーヴン・ワインバーグ -科学に人生を捧げた男-

 アメリカの理論物理学者、スティーヴン・ワインバーグが88歳で亡くなりました。ワインバーグは、まさに「知の巨人」と言うべき人物で、誰よりも科学の可能性を信じた人物でもありました。1979年に「ワインバーグ=サラム理論」の功績によりノーベル物理学賞を受賞し、長年にわたりテキサス大学オースティン校で教鞭を執りました。また、その知性は物理学に留まらず、精力的な執筆・講演活動や科学史家スティーヴン・シェイピンとの論争などでも知られています。故人に敬意を表し、その功績を振り返ってみたいと思います。

素粒子物理学での偉業「ワインバーグ=サラム理論」

 物質を細かく分割し続けていくと、分子や原子よりもさらに小さい「素粒子」にいきつきます。素粒子の振舞いの謎は、我々が住む宇宙がどのように生まれたのかという、根源的な謎に繋がっています。

 素粒子の振舞いについては、素粒子間に働く4つの力が鍵を握ります。電磁気力、重力、弱い力、強い力。大きさも性質も異なるこれら4つの力を、1つの理論で統一的に説明することが、素粒子理論研究者たちの夢の1つです。

素粒子

素粒子の一覧図(高エネルギー加速器研究機構ホームページより)


 夢は現在も道半ばですが、夢の途中、大きな前進を生みだしたのが「ワインバーグ=サラム理論1)」でした。1961年に南部陽一郎らが発見した「対称性の自発的破れ」を用いて、「電磁気力」と「弱い力」を、1つの理論で説明することに成功したのです。「電磁気力」と「弱い力」を統一した理論ということで、「電弱統一理論」とも呼ばれています。

 理論が発表されてからは、実験による検証が多数行われ、その過程で新たな粒子の発見もありました。2013年のノーベル物理学賞で話題となった「ヒッグス粒子」の発見にも、「ワインバーグ=サラム理論」は貢献しています。

宇宙の理論研究にも貢献

 素粒子の統一理論研究は、宇宙の誕生・進化を説明する宇宙論とも繋がっており、「ワインバーグ=サラム理論」は宇宙論研究へも多大な影響を及ぼしました。ワインバーグ自身も宇宙論についての研究を行っており、我々が観測している宇宙の他に多数の宇宙が存在すると唱える「マルチバース宇宙論」の、先駆的な主張者の一人でした。

専門外の科学史も探究

 ワインバーグが探究した分野はこれに終わりません。ワインバーグは、教鞭を執るテキサス大学オースティン校の学部生に対して科学史の講義も担当していました。その講義ノートをまとめた『科学の発見』(2016)の冒頭では、「私は物理学者であって歴史家ではないが、年を経るにつれて、科学史というものにますます魅力を感じるようになってきた」と語っています。

 ワインバーグは、十六~十七世紀における「科学革命」の存在に懐疑的な現代科学史家たちに不満を持っていました。特に、エジンバラ学派の科学史家スティーブン・シェイピンとは激しい論争を繰り広げました。シェイピンは、これこそ「科学革命」という一回限りの特別な事件が、ある特定の時代に特定の場所で起こったわけではないと考え、「科学革命などというものは存在しなかった。本書はそれを明らかにするために書いたものである」というセンセーショナルな書き出しで著作を執筆。それに対抗してワインバーグは『科学の発見』(2016)の中で、「科学革命は確かに存在した。本書の後半はそれを明らかにするために書いたものである」と宣言し、コペルニクスやガリレオ、ニュートンといった偉人たちの功績に現代科学につながる歴史的な意味を見出そうとしました。科学史への不満から自ら科学史に殴りこんでいってしまうダイナミックさは、ワインバーグの「知の巨人」ぶりを物語るエピソードの一つでしょう。


 ワインバーグという人物は、まさに科学に人生を捧げた人物でした。その主張を巡って批判をされることもありましたが、科学に対して体当たりでぶつかっていくワインバーグの豪胆さを表していると言えるでしょう。ご冥福をお祈り致します。



1) シェルドン・グラショウ、スティーヴン・ワインバーグ、アブトゥス・サラムの三者の尽力で完成した。「グラショウ=ワインバーグ=サラム理論(GWS理論)」とも呼ばれる。


参考文献
S. ワインバーグ、赤根洋子(訳)(2016)『科学の発見』、文芸春秋.


(執筆:菅原風我、細谷享平)

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