大学教員として生き残るために必要な業績 (ある物理分野の場合)

研究業績への不明瞭で強いプレッシャー

アカデミック業界で生き残るためには、業績の影響は少なくありません。特に若手研究者は、学振PDなどを代表する数年任期の博士研究員(ポスドク)を何度か経験したあと、大学や研究所の任期無しポストを目指すことが現在の主流になっており、研究業績はその際の競争を勝ち抜く上で重要なファクターとなっています。しかし、短い任期の間にコンスタントに研究成果を得るのは、精神的にも強い負担となります。そこで「どの程度の業績が生き残りに必要なのか?」という疑問に対して、ある程度の目安があると、長期スパンで自らの研究人生の設計が可能ではないかと考えていました。

例えば、「一年に一本は筆頭論文を書きなさい」「論文数とその質が重要」などとは良く言われるわけですが、私の所属するある物理分野では、グループをリードし始めると筆頭論文数は減る傾向にありますし、論文数やその被引用数は人それぞれだと感じていました。論文数や被引用数に何か傾向が見えても良さそうです。そして、公募においては業績自体は単なる指標の一つでしかなく、結局は他の要素と合わせた総合力で決定されます。業績への強いプレッシャーを感じずに研究業界で生き残るためには、その業績の傾向を把握できると良さそうです。では、大学のポストを得ている研究者はどれぐらいの論文を書いているのでしょうか?

大学教員はどれぐらい論文を書いている?

現在の研究業界では、論文検索サイトを用いれば、他の研究者の業績を簡単に調べられます。私は、自分自身の研究業績に自信がありませんでした。そして、博士号取得前後の時期に、何か数値的な目標を設定しようと考え、自分の所属する分野の研究者 (40人程度) の業績をまとめてみようと考えました。それによって、博士号取得後何年目までに、これぐらいの業績をあげられていない場合は転職、という具体的目標が設定できました (そして、ここで示す業績の標準よりやや上の業績で、物理学科の研究室PIポジションを得ることが出来ました)。超一流の研究者の方々には必要がないと思いますし、不快に感じる人もいるとは思いますが、当時の自分なりの精神安定を図る手段だったと思います。結果として、そこまで非現実的な業績は必要ではないと分かり、自分の出来ることを前向きに頑張ろうと思えました。

今回の調査で着目するのは「教員のPh.D. 取得後経過年数と現在のポジション」と「筆頭/責任著者論文の数と被引用数」です (査読付き論文のみを抽出)。責任著者数は追いきれてないかもしれませんが、基本的には筆頭著者論文が多く、多くの場合は、筆頭著者と別に責任著者を設定しない業界です。

論文数と博士号取得後年数

筆頭/責任著者論文数と博士号取得後年数の関係。データ点の色が職位の違い。

まずは、単純な論文数(筆頭/責任のみ)を調べました。一つ見えやすい傾向として、博士取得後 10-15 年の間に筆頭論文 10 本を書く人が多いという点がありました。ざっくり、多くの人が 1 本/yr (程度未満) で論文を書いているという事だと思います。次に分かりやすい点として、教授の大部分は 10-20 本程度の論文を持っていると言えると思います。キャリア 15 年以上の研究者の大部分は准教授か教授で、その 65% は 10 本以上書いているようです。一方で 10 本未満の人は、准教授である場合が多いようです。また、筆頭論文 20 本を超える人はほとんどいませんでした。

この傾向を見ると、論文数の増加は、博士号取得から 10-15 年でほぼ頭打ちになるという事がわかります。これは、キャリア 15 年を過ぎてくると「研究室や研究グループの先頭でチームをまとめるような立場になっている」「准教授や教授として、学内での教育負担や運営の負担が大きくなっている」などの影響があると思われます。

被引用数と博士号取得後年数

筆頭/責任著者論文の被引用数と博士号取得後年数の関係。データ点の色が職位の違い。

次に、被引用数(筆頭/責任のみ)を調べました。こちらの場合、助教・准教授・教授でボリュームゾーンがある印象があったので、背景色で分類してみました。

まず、助教ゾーン (うす黄色) は被引用数 10-200 回の範囲で、博士号取得後 10 年までのようです。論文を出してからそれほど時間は経っていないので、被引用数にはばらつきがあります。とりあえず、ちゃんと論文をアウトプットする事を心がけていれば、そこまで業績で重視されることは無いように思えます。それよりも、研究テーマの研究室とのマッチングが一番重要なのではないかなと個人的には思います。

次に、准教授ゾーン (うす青) ですが、被引用数 100-600 回、博士号取得後 10-25 年程度の範囲のようです。なんとなく ~200-300 回の被引用数が標準かなという印象です。これは言い換えると、論文数が 2-3 本しかない場合、1 本あたり 100 回の引用が必要になるので、論文数が少ない人にとっては、少しインパクトのある論文が必要になるということを意味していると思います。なので、やはり助教時代(博士取得後 10 年以内) に 10 本ぐらい書いている方がハードルが低いかなと思いました。

最後に、教授ゾーン (うす紫) ですが 、被引用数 200-1000 回、博士号取得後 15年以降の範囲のようです。だいたい被引用数 600 回を超えている人が多いです。例えば、被引用数 100 回の論文を 5 本、20 回の論文を 5 本ぐらいの業績と考えるとよく引用される論文が複数必要なんだろうなと感じました。

二つのモデル曲線もプロットしています。正直なところ 30 年間引用され続ける論文は難しいですが、毎年論文が 2 回ずつ引用され続けるというモデルを計算してみました。赤と青の違いは、最初の 10 年 or 5 年に 1 本 ずつ論文を書いて、あとは論文を書かずに引用され続ける、というモデルになっています。キャリアの前半に、地味でも長く引用される論文を 10 本書くと赤線のような業績のカーブを描き、この分野での大学教員の典型的な被引用数が得られるのかなと思います。

論文数と被引用数

筆頭/責任著者論文の論文数と被引用数の関係。データ点の色が職位の違い。

最後に、論文数と被引用数(筆頭/責任のみ)の関係をプロットしました。ここで、緑・青・赤のモデル曲線は、それぞれ平均被引用数が 80 回・30 回・10 回の時にどの位置にあるかを可視化したものです。例えば、論文 10 本書いて被引用数 300 回の場合は、青の曲線上に乗ります。

このプロットからまず考察できるのは、論文数 ~5-15 本で、その被引用数は平均30回程度であれば、この分野の大学教員としては悪くない業績があるという事です。特に若手が多いの助教の場合は、被引用数 ~10-30 回、論文数 10 本前後の位置に固まっています。そして被引用数は、年々増えていくので、この助教グループが徐々に右上に移動していくと考えられるでしょう。

物理分野だと、なんとなく被引用数 100 回を超える論文を何個か持っている人は、業績が強いなという印象がありますが、それが緑の曲線あたりに対応するのだと思います。また、論文を ~30-40 本持っている人がいますが、各論文の被引用数は若干少なめの印象で、逆に数本しか持っていないけど被引用数が数百回を超えている人もいます。これは、「論文は量か?質か?」問題は、その人のスタイル次第で、どちらも評価されているという結果だと理解しています。

私が業績傾向から考えた戦略

私が博士号取得後前後の時期に、これらのプロットをみて「博士取得後 10 年 (ポスドク 2-3 回分の期間) の間に筆頭論文 10 本」が自分の分野の普通の業績で、この業績をクリアする程度にアウトプット出来ていれば、問題ないと判断しました。被引用数は論文を書かいて時間を置かないと上がらないですし、助教の時点では被引用数がそれほど影響がない (平均 ~10-30 回程度で良い) ので、まずは数を書いた方が良いという判断です。

そして、博士号取得後 10 年で筆頭論文 10 本は、そこまで難しい目標ではないと思いました。学生のうちに何本かは論文を書いていたので、~1 本/yr で書いていれば数的には問題ありません。この目標設定によって、自分の中で業績への不安がかなり無くなり、自分の好きなように進めて、少し長期的な事もイメージしようと前向きな気持ちになれました。
(物理でも実験系や理論系の違いなどはあるとは思いますが、私の場合は他の物理分野の方々に評価され採用が決まったので、物理の全分野でみても、そこまで悪くない指標ではないかなと考えています。分野によっては、この目標に 1.2 や 1.5 を掛けたり割ったりしたが良いところもあるかもしれません。)

学振DC・PDなどの業績重視の選抜を受けて学生時代を過ごすわけですが、任期無し職の公募になった途端に、その他の要素が考慮され始めます。そして「自分より業績がないやつが選ばれた!」と嘆く人が結構な数いる印象ですが、業績は一つの指標でしかありません。例えば、論文 10 本弱書いている人が、論文 2-3 本の人に負けることが普通にあります。今回のような傾向の可視化をすることで、「大部分の公募で、業績というのは足切り程度の扱い」なのだろうなという感覚になり、業績だけでなく、もっと広い視野で研究を楽しもうという気持ちになりました。

最後に

研究業界で生き抜くには、激しい競争を勝ち抜く必要がありますが、見えない敵と戦うのは非常に大変です。また「自分が落ちてあの人が採用された」というように考え始めると、本当に精神的に厳しい状況になってきます。なるべく、自分との戦いに持ち込み、自分の興味の発展のための研究に取り組めるようにできると良いなと考え、このような傾向を調査しました。ある特定の物理分野の傾向を今回は示しましたが、何か他分野でも参考になる点があればとても嬉しいです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?