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「7億円当たった人」

「ウソだろ!?」

私はパソコンのディスプレイに映し出された年末ジャンボの当選番号に、長いあいだ串刺しにされていた。何度みても当たってる。左から「8、3、6、2、、、」間違いない。もうこんな確認作業を1時間も続けている。

もうやめよう。いくら確認したって間違いなく当たっている。これは運命なのだ受け入れるしかない。私は暗黒の大きな塊を飲み込むようにこの突然起きた悲劇を腹に落とした。悲劇と感じたこんな私を不可解だと思われるだろう。しかし自分の器を超えた大金を手に入れた人間がどうなっていくのか、私にはよくわかっている。私にとって7億円が当たったことは、即座に人生の転落を意味する。

まずダメになるのは金銭感覚だ。なんせ7億円だ。どんなに欲望にまかせて使いまくっても、ありあまる大金。これではお金への感謝や節約の大切さ、稼いだ時の喜びなどはまったく感じなくなる。

それから労働意欲も即座にやられる。そもそもお金を稼ぐ必要がなくなるのだ。あんなに苦労したり不条理に耐えしのぐ必要はなくなる。よって働かない人生となる。

そして極めつけは人間関係の崩壊だ。これだけの大金を持っていることを知った他の人間たちはあらゆる手を使って私に近づいてくる。少しでもその恩恵を得ようと甘い蜜を求めてゾンビのようにやってくるのだ。これを地獄と言わずしてなんというのか。

どうしてあの時こんな宝くじをもらってしまったのだろうか。同僚とスナックで飲んでいた時だ。お店のサービスでばらまいていた宝くじの1枚を軽いノリで受け取ってしまった。後悔しても始まらないが、出来心とはこういうことをいうのだな。

この宝くじなんぞ燃やしてしまえばいいとも考えたが、当たった事実はもう忘れられないし変えられない。燃やし尽くし灰になったとしても、この現実を闇に葬ったことを生涯背負って生きることになる。どっちにしても私のメンタルは崩壊していくだろう。記憶が消せないことをしんそこ恨んだ。それならいっそ7億円を両手に抱えて使い果たし、笑いながら人生の崩壊を味わおう。そして見事に散っていこう。そんなふうに決めたのだ。

さっそく近くの銀行で宝くじが当たったことを相談すると都市部の銀行を紹介された。2時間かけて電車で向かう。その銀行の窓口で事情を伝えるとすぐに特別室に案内され行員たちに囲まれた。そこでは以前調査した通り、高額当選者のために注意事項が書かれた小冊子を渡された。こんなものは隅から隅まで知っている、読むまでもない。

「当選金は弊社に貯金されますか」

「いやすべて現金でください」

7億円を派手に使い切って散りゆくためには、現金でなければならない。結果的には何回かに分けてもらうことになった。本日はとりあえず1億円のみ手渡された。

これが1億円か。机に置かれた札束の山は印象的には思ったよりこじんまりしている。まぁ印象などどうでもいい。私は100均のエコバッグに無造作に投げ入れた。行員たちに、けげんな顔で送り出された。

さてと、この一見魅力的だが元凶のもとを使い切ってやる。コンビニの募金箱、街に立っている募金をつのる人たち、災害地や児童養護施設、ウィキペディアにだって募金した。また商店街の端から順に1番高額な買い物をしていったこともある。これは予想通りではあったが、今まで会ったこともない親戚を名乗る怪しい夫婦が家にきたり、むかし出来心で浮気してしまった愛人もどこからか聞きつけてくるのだ。発達しすぎた現代の情報網は怖い。

もう家にいるのも怖くなった。どこか違う土地へ移ろう。そう思い西の方面へ向かった。とにかく逃げるように電車を乗り継ぎ街や人をすり抜けていった。それでも移動中には合間を見て、住宅の郵便受けを見つけては1万円を放り込んで歩いたり、それでも気が晴れない時は電車の窓からお金をばらまくことだってした。少しでも札束の山を軽くして、きれいな心を保ちたかったのだ。

1週間ほど経ち、気がづくと大阪の梅田に来ていた。遠い昔、いっとき働いていたことがある大きな街で見覚えがある。巨大な交差点にかかる歩道橋のふもとには、昔と変わらないホームレスたちがおのおのの場所で生活している。私の7億円は今やポッケの中の5円だけになっていた。身軽になった私は鼻歌まじりで懐かしい街を歩いた。その道端の一角でホームレスが占いの商売をしていた。私は5円しかないがみてくれないかと聞いてみた。白髪のホームレスは快く引き受けてくれ、今までの話をすべて聞いてくれた。ひととおり事情が飲み込めたホームレスは急に目を見開き

「おまえにならきっとできる!立派なホームレスになれるぞっ」

私はプロはホームレスにスカウトされたのだ。しかしながら私はホームレス業に自信が持てずに返答に困っていた。それならということで、白髪のホームレスはまずは自分のマネージャーとして基礎を学ぶことを勧めてきた。私はふたつ返事で承諾した。

いろいろ話しを聞くと、この辺りのホームレスはだいたいが高額当選だそうだ。もちろん宝くじもあれば競馬や競艇と種類はさまざまだが、共通するのはみな自分の器を超えた大金を手に入れたことで人生を転落した人たちなのだ。

私はここで1人前のホームレスになることを目指し、もう一度まごころを人生の中心に置いた生活を身につけようと考えている。いってみれば私は、7億の垢をきれいに削ぎ落とし、やっとみえてきたきれいな心で生き直すことにしたのだ。今夜からは歩道橋の上の半畳ほどのスペースが私の居場所。そこで道ゆく人たちの幸せをこんなふうに祈りつづける。

「神よ。目の前を通る愛すべき人たちには、器を超えた大金は決して与えませんように」


おわり



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