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「悪魔の罠」

私は悪魔が罠を仕掛けている場所を知っている。
そこでは人間が油断した瞬間を狙い、大切なものを根こそぎかっさらっていく。跡形もなく悪魔の餌食となる場所。それが

電車の荷物棚である。

まぁお察しの通り「荷物を置き忘れしやすい」ということだ。そこは電車が一般に普及しだした頃から長い歴史の中で、うっかり忘れ物をした先人たちから語り継がれてきた魔の場所。言うなれば「高頻度忘れ物危険地帯」である。これは有名な大衆感覚であるので、当然そのことを知ってはいたのだが、やられてしまったのだ未熟な私は。

高校3年生の秋。学校帰りの電車内。珍しく混んでおり私はつり革につかまって電車の揺れを感じていた。バンドのスコアが入ってるせいか右腕を引っ張る鞄の重さが辛い。私は無意識で、そして吸い込まれるように荷物棚に鞄を置いたのである。やってしまう時はこんなものである。いつもは絶対にやらないと誓っているのに、魔がさした瞬間、人は過ちを犯してしまう。

そして見事に鞄を奪われた。

チクショーッ!!悪魔にやられた!!

他に持っている荷物が多かったせいもあって、電車を降りてしばらくしてから鞄が無いことに気づくという失態。もうどこまで行ってしまったことか私の鞄。家に帰ってから母に相談した。

母は駅に電話してくれて落し物について問い合わせてくれた。駅の人も色々調べてくれて鞄が見つかった。電車で1時間ほど離れた駅に「落し物」として黒い鞄が届いているとのことだった。

しかし念のため中身の確認をしたいとのことだ。つまり私たちが鞄の中身について言えるかどうか試す例のアレである。私は電話中の母に中身を伝えていった。

「えーと、まず教科書でしょ、、筆箱、、あっバンドのスコアも入ってる。あと、、、あっそうだ」

私は大切モノを思い出した。

「あの〜アレだ、尿検査のやつ」

「え?尿検査?なんで入っているの?」と母。「今日渡すつもりが、明日が正しい回収日だったんだよ。だから持って帰ってきた」私は事情を説明した。

母は言いにくそうに「お小水入りの尿検査容器」も入ってることを電話の先の駅員に伝えた。調査の結果、見事に尿は発見されたとのこと。これにより、発見された鞄は間違いなく「私のものである」ということが証明されたのである。一件落着である。それにしても

駅員さん、かなり嫌だったことだろう、私の尿。

どうもすみませんーっ!!


後日、私の鞄は帰ってきた。尿もしっかり入っており、再会できたことが嬉しかった。思いもよらぬ事情で引き離されることで妙に愛情が深まったのか、悪魔の罠から生還した安堵からくるのか、

とにかくは嬉しかった。

ではまた。

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