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【上巻】「有るはずのモノが無かった話」~タクシー運転手の思い出~

絶対あるでしょ!普通。でも無いのだ、どこにも…うぅ。今日はそんな話をしたい。

深夜2時過ぎ。そろそろ最後のお客さんを乗せて、勤務を終了したいと思い始める時間帯である。狙うはやはり長距離だ。ススキノのど真ん中で客待ちの列に並んだ。ここは比較的乗車の流れが速く、長距離のお客さんに出会うことが多い私なりの穴場である。

おっ、調子がいいぞ、どんどん流れる。あっとゆう間に私のタクシーに順番が来た。

「あ、いいですか?」

40代くらいの会社員風の男性がドアごしに声をかけてきた。

「はい、どうぞ、いらっしゃいませ!」

さわやかな挨拶でお迎えした。

「えっと、このまま千歳までお願いします」

やった、千歳!長距離だ。まとまった金額になるぞ。

私は上機嫌でアクセルを踏み込んだ。

札幌の都市といっても繁華街を抜けるととたんに寂しくなる。まわりの風景はどんどん暗くなっていった。しかし走りなれた1時間ほどの道のりだ、なんてことはない。

40分ほど走りもう少しで恵庭に入る頃、車の走行に異変を感じた。かすかだがタイヤの回転に合わせて

「トクン、トクン」

という振動音。そのうち

「ドクン、ドクン、ドクン」

だんだんとハッキリ聞こえるようになり

左側にひっぱられる…

え?なにこれ。その力は徐々に強くなりハンドルが重い。手をゆるめると左の側溝に落ちそうになる!そのため右へ左へと蛇行運転になってしまった。何かの呪いかもしれない。さすがに後ろのお客さんもそれに気づき

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、はい。なんか左に、引っ張られて…」

「だぶん、パンクですよ」

はっ!なるほどパンクかー。お客さんさすがですねー!なんて爽やかに返答したかったが、蛇行する運転を立て直すことに必死でそんな余裕はなかった。

「た、確かに、すみませんちょっと止めますね」

すぐに気づけなかった恥ずかしさに耐えつつ、スピードをゆるめ手頃な空き地に車を止めた。

「お客さん、すみません。今タイヤを見てきますので少々お待ちください」つとめて冷静に言った。

「あぁ、はい、どうぞ」お客さんは、ほろ酔いのため目を閉じて承諾してくれた。

辺りは真っ暗で道しかない場所である。あるのは私たちが乗ったタクシーだけだ。外に出てタイヤを見てみると左前輪の空気が抜けている。やはりパンクか。こんな所でタイヤ交換をする羽目になるなんて。ついてない!…仕方ない、早くやってしまおう。

私はお客さんにタイヤ交換することを伝えて、手早くトランクを開け予備のタイヤを確認した。

「よし、ある」

あとは各種道具が入っている巻物みたいなのは…

「よし、これだな」

私は交換用タイヤをパンクした左前輪のまえに運び準備した。しかし大切なことに気づいた、ジャッキを出すのを忘れてた!これがなければ始まらない、もうバカチンなんだからー。私はトランクの右側を確認した。

「ん?…確かジャッキってこのスペースにはさまってるはずだが…」

左側か?いや下?あらゆるところを探したが、

ない?

マジで?

ウソだろ?

チ、チックショーォォォ!!

私はうなだれながら最強の小声で叫んだ。お客さんを心配させたくないから。しっかしまったく、うちのタクシー会社の整備は何やってんだよー!ちゃんと見てんのかよー!!自分で確認しなかったのも悪いけどよーぉぉぉ

肝心の無線は遠方のため圏外となっており使いものにならない。ではどうする。その時ふと降りてきた考えそれは、極限状態の人間は時に潜在能力が開花するというもの。いわゆる火事場の馬鹿力というやつだ。私は深呼吸したあと渾身の力で車を持ち上げた!!

ちょっとゆれた

だけだった。当たり前である。しかもちょっと腰、痛かった。

いよいよ本格的に途方にくれてしまった!まわりはマジで真っ暗。忘れた頃に車が1台通る程度の僻地である。ヤバいことになった。誰か助けてーっ。天を仰ぐしかないーっ。

信じられないかもしれないが、この時はまだ携帯電話を持っていなかった。まだまだ一般人には普及途中だったのだ。

あまりの絶望のため奇声をあげて金ちゃん走りで逃げたくなるほどだ。人間はジャッキひとつ無いだけでこんなにも無力になり理性が崩壊してしまうものなのか…。

もう最後の手段だ。


※つづきはまた明日。


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