見出し画像

4月、紫煙と往く

短編2連作です。稚拙ですがお読みいただけると嬉しいです。
同時投稿の『シガーキス』→『4月、紫煙と往く』の順番をお勧めいたします。
誤字脱字・文法誤り等ございましたら教えていただけると幸いです。

また、こちらの作品には自傷行為等の表現が含まれます。決して幇助等の目的はございません。苦手な方はご注意ください。

イラスト/ノーコピーライトガール様




最寄り駅のホーム、快速電車が通り過ぎる警告が響く。もう春だというのに朝の風は冷たく頬を撫ぜる。いつもの様に各駅停車の電車を待っていた私は、無意識に足を踏み出した。



「幸穂ってほんと影響受けやすいよね〜」

流行っていたアニメを見て、キーボードを始めた私に友達から言われた言葉だ。昔から何かと影響を受けやすいのは自覚している。アニメに映画、ゲームと幅広く、セリフを真似るだけのこともあればがっつり趣味になることもあった。
今思うと、自分で体験しないことにはほんとの意味で共感はできないしな、という気持ちが大きかったのかもしれない。しかし、このおかげで私の人生に彩りが生まれたことは間違い無いだろう。


背伸びして受験した国立大学に合格した。文学部というどこにでもあるような学部だ。生まれ育った鹿児島を離れて暮らすことに不安はあったが、親元を離れて自由に生活したかった。葉桜に装飾された通学路を歩く。入学式も終わって友人も少しできた。
次はサークル活動だろうか、なんて考える。候補は色々あったが、せっかく続いているキーボードを活かしたい。手元には学食前で配られていたチラシがあった。


『フォークソング同好会・明日13時から部室棟でライブ!お越しください!』

フォークソングなんて書いてあるが、ラインナップを見る限り普通にバンドサークルのようだ。明日は用事もないし、せっかくなら散歩した後に見に行ってみようか。


結局のところ、私はそのサークルに入部した。みんなで盛り上がって楽しむその姿に魅了されたのもあるし、自分のペースでバンドが組める無理のない活動をしていたからだ。6月に新入生歓迎のライブを無事終えて、講義にバンド練と充実した日々を送っているうちに夏休みを迎えようとしていた。入学して少し経った頃、近隣を散歩しているうちにカフェを見つけた。少し寂れた雰囲気が似合う今となってはお気に入りのカフェだ。趣味である休日の散歩を終え、蒸し暑い風から逃れるようにそのカフェに入る。いつもはお客さんもまばらだが、その日は見知った顔を見つけた。


「あれっ瑛太くん?」

同じサークルで活動している彼。パートはギターで、高校からバンドをしていたらしく早速みんなに引っ張りだこ。彼も楽しそうにずっと部室で練習しているらしい。授業もサボりがちになってきているようで少し心配である。
せっかく見知った顔なので隣に座ることにした。店主にいつものようにアイスカフェラテを注文する。彼は不思議そうに私を見ていた。構わず軽い調子で話しかけてみる。

「どうしたの?こんなところで会うなんてびっくりだよ。てっきり部室で練習しているもんかと。」

店主の方にチラリと目をやった彼が答える。

「テスト終わりで暇だったからさ。練習の前に一服しようと思って。実はここよく来るんだ。」

「えー!そうなんだ!私は最近ここを見つけてさ。来るのはまだ 4 回目くらいかな。毎回誰もタバコ吸っている人いなかったからタバコ OK なんて知らなかったよ。」

「あ、ごめんタバコ苦手だった?苦手なら消すよ。」

私は慌てて答える。

「あっいや大丈夫!お父さんも吸ってたし匂いには慣れてるよ。瑛太くんが吸ってるのあんまり見ないから、こう目の前で見ると新鮮〜って感じ。」

「あぁ〜、バイトがしんどくて吸い始めちゃって。サークルの先輩とかとはよく吸ってるんだけど中々見る機会もないもんね。」

アイスカフェラテが届く。シロップを入れて一口。ほのかな苦味がミルクの甘さと溶け合って心地いい。

「ん〜美味しい!ここのミルクや豆、いいのを使っているのかすごく美味しく感じちゃうんだよね。」

「あっ分かる。アイスコーヒーは水出しで作っていて、酸味もなくてすごく好きなんだ。」

「もしかして瑛太くんってよくカフェとかいくの?」

「そうだね。お気に入りのお店を見つけたらよくそこに行くし、他を探したりすることもするよ。旅行先で出会う喫茶店とか好きなんだよね。」

「ほんと!?私も散歩とか好きなんだけど、カフェとか見かけるとつい入っちゃうんだよね〜ここもそれで見つけて!」

「めちゃくちゃいい趣味じゃん。気持ちはよく分かるなぁ。ところで幸穂さん、鹿児島出身?

あっ入学式から定番のやつが来た。確かにそんなに彼とは気軽に話してなかったな。
わずかながら頬に熱が伝うのを感じながら私は答えた。

「うん、そうだよ。もしかしてイントネーションやっぱりおかしい?親しい人の前だったり好きなことについて話したりするとどうしても出ちゃうんだよね。」

「全然抵抗ないよ。鹿児島の知り合いっていないから新鮮だし、聞いてて心地いいくらい。」

「それならいいんだけど・・・」

恥ずかしくて少し俯いていたが顔を上げる。せっかく同じような趣味の友人をサークル内で見つけたのだ。これからも仲良くしていきたい。

「ねぇ、良かったらこれからもカフェ情報色々共有しない?中々1 人でいろんな喫茶店行く人もいなくてさ。いいとこ、たくさん知りたいんだよね。」

「もちろん、俺なんかで良ければ全然。」

「やった!タバコが吸えるところでも遠慮なく教えてね!」

水滴のついたグラスを持ちアイスカフェラテを口に含む。氷も溶け切り、口に優しい甘みが広がった。



彼との交流はずっと続いた。多くのカフェに行ったし、他の私の趣味にたくさん付き合ってくれた。辛い時は隣で話を聞いて支えてくれた。
彼から告白してくれた時は内心小躍りしたほどだ。恥ずかしかったので表情は出来るだけそのままに返事をした。
一緒に映画やアニメを見る日常も、旅行に行く非日常も、どれもがかけがえのないものだ。

桜の蕾が膨らむ時期、東京にライブを見に行った時なんてはしゃぎすぎて瑛太に苦笑いされたくらいだった。私はアパレル系の会社に興味があったから、彼と一緒にライブ前にいろんなお店を回った。

「ライブほんとにすごかった!私達のとは違って、着席で聞く、光の演出、朗読劇とか本当にこだわっててすごかったなぁ〜」

すっかり瑛太にとって馴染み深いものとなった鹿児島のイントネーションで話す。彼も若干影響されていないだろうか、私は無意識で話しているから分からないが。彼は返す。

「ほんとにね。ファンクラブ入っててマジで良かったよ。一緒にこれて本当に嬉しいな」

「こっちこそありがとうね!おかげで東京の街並みも見れたし満足ですなぁ〜。アパレルショップも回れて良かった!」

わずかに瑛太の顔が曇るのに気づかず私は話す。就活のモチベーションも上がってきた。彼は地元の企業に就職するつもりだろうが、私は夢を叶えたい。何より、今後もこの関係が続いていくと信じて疑わなかった。



無事に就活も終え、あっという間に卒業を迎える。私に届いたのは内定企業からの配属先通知。わずかに震える指で封を解く。この大学から新幹線で1時間半くらいか。そこまで離れていない支店への配属だったことに安堵する反面、目にした現実にやはり寂しさが募る。

「幸穂なら絶対大丈夫だし俺が支えるよ。」

彼は最後にそう言ってくれた。今にも溢れそうな涙を必死に堪える。

「本当にありがとう、絶対たくさん連絡取り合おうね。絶対たくさん会おうね。」

そう言って私は新幹線に乗り込んだ。乗り込んでからで良かった。寂しさが襲い掛かる。私の指先に、一筋の滴が落ちた。



気持ちを切り替えて臨んだ仕事は非常に充実していた。元々好きだった服飾に関わる仕事。人と接することも楽しかったし、お客さんに喜んでもらえた時は言葉にできない嬉しさを感じた。約3年ほどこの支店に勤める。その間瑛太とはずっと連絡をとっていたし、月に1回は会いにきてくれていた。
仕事では辛いこともあったが、瑛太の前では出さないようにしていたし、何より嫌なことを忘れて楽しく過ごすことができていた。

4年目の4月、東京の本店に転勤が決まる。瑛太の地元から、今度は飛行機で1時間半ほどだ。前回同様不安なことは変わらない。便数も減ってしまっている。

「⾶⾏機で⾏けることには変わりない。回数は減るかもしれないけれど、それでも会いに⾏くよ。 」

瑛太がお互いに⾔い聞かせるように言う。そうだ。この3年とても楽しかった。今回だってきっと⼤丈夫。

「約束だよ。 」

私は寂しそうな表情を抑えようと無理に笑って⾔った。

「もちろん。」

彼は何かを紛らわすようにタバコに⽕をつけた。



東京に異動になってからの日々は激務の連続だった。少しでも家賃を抑えようと西東京に家を借り、快速で往復する日々の連続。4年目ということもあり後輩も増える。
上層部からの指示もある。若干冷たい気がするのは東京だからだろうか。フロアで販売に勤しむのはもちろんのこと、後輩の育成や今後の販売方針なども決めていかなければならない。
半年ほどは充実した日々と感じていたが、繁忙期を乗り越えるたびに次第に疲弊していくのを感じた。


この頃自覚したことがある。私は人に頼るのが苦手だ。
人から頼られるのは好きなのだ。まるで自分を認められているかのように感じる。
しかし、例えば抱え込んだ仕事だったり悩みだったり、誰かの負担にはなりたくないという思いが強い。
東京に来てからは職場以外に友人もいない。メッセージのやり取りは減ってきていたが、瑛太はちゃんと会いにもきてくれていた。
せっかく彼といる時に気分は落ち込みたくない。普段のメッセージでのやり取りでも、最近あったことや仕事の話をするが弱音は吐かないようにしていた。彼も仕事が非常に忙しいらしいが、責任者を任されたと話していたときは少し誇らしげであった。無理に笑うことが増えたように感じる。



彼が最後に会いにきてくれた11月を境に、私の職場は繁忙期に入った。販売ノルマという上からの重圧、育成という下からの突き上げ、通常業務も重なったせいか突然食が細くなった。
8時頃の電車に乗り23時過ぎの電車で帰る。家に帰ってからも仕事のことが頭を駆け巡る。私は一体何を目指してこの会社に入ったのか忘れてしまいそうだった。瑛太からの連絡を返す元気もなく、コンビニで買ったサンドイッチを野菜ジュースで流し込む日々。

1月のある日だった。上層部から言われる。

「幸穂さん、あなた、12月のクリスマスシーズンにも関わらず売り上げノルマが足りてませんよ。以前の支店での数字はなんだったのかしら?」

無茶を言う。日によっては責任者となるこの身でずっとフロアで接客するわけにもいくまい。方針を練り、後輩に落とし込み、そのための展示を計画する必要もあるのだ。他の支店でこんな言われる4年目は聞いたことがない。
やっと分かった。支店からわずか3年で本店に異動となった私のことをやっかんでいるのだ。今までの頑張りはなんだったのだろうか。体の力が抜けたのを感じた。



そこからの日々は地獄だった。ずっと上層部から言われた言葉が脳内を駆け巡る。こんなことを店長に相談するわけにもいかない。店長ももしかしたら上層部と同じ気持ちかもしれないと思うと実行に移せない。後輩にももちろん言えない。会社の愚痴を言う先輩なんてきっと軽蔑されるだろう。

瑛太はきっと受け止めてくれる。ふとそう思った。メッセージを見る。

『仕事しんどそうだね、大丈夫?』

メッセージが来たのは3日前。ここ最近返事が遅くなってしまっていた私を心配してのことだろう。涙が出そうになった。返事を書こうとして指先が止まる。瑛太は全部聞いて、その上で私を肯定してくれて、一緒に解決策を探してくれるだろう。今は3月。彼も忙しい時期だろう。こんな負担を彼に押し付けたくない。

『大丈夫だよ』

ふっと笑いが込み上げてくる。最近はストレスか何でも吐いてしまう。喉を通るのは柔らかいものか野菜ジュースくらいだ。体重もかなり落ちた。睡眠もろくにとれていない。何が大丈夫なんだろうか。返事は意外とすぐに来た。カバンの中で携帯が震える。携帯の通知欄を確認する。

『⾟い時くらい頼ってね、何でも話して。無理してない?いつでも味⽅だよ。⾶んでいくからね。』

今返事をするときっと折れてしまうだろう。そう思った私はそのまま携帯を仕舞った。あまりの自分の不甲斐なさに潰れそうになる。

『ありがとうね』

返事ができたのは、そんな自己嫌悪から少し抜け出した4日後のことだった。腕には、2本の赤い線が刻まれていた。



未だ桜の咲く気配のない4月に入る。環境は変わらず、店長から面倒ごとを押し付けられ、新しく入ったスタッフの育成が待っていた。

3月末頃に自己嫌悪に陥って、そこを少しだけ脱する方法を見つけた。みんなに迷惑をかけてしまっているかもしれない。嫌な思いをさせてしまうかもしれない。そんな自分が嫌いすぎて、誰も頼れない、迷惑をかけたくない。

自分で自分を傷つけて、罰することで何とか潰されずにいた。目立たせたくないので、剃刀で同じところを何度も何度も。刻まれた本数は3本だけ。ただ、切った数はもう数えていない。傷跡を見ると気分は少し落ち着く。こうすることで自分を保っていた。



4月に入って最初の休みの日の前日。せっかくの休みだというのに気分がずっと落ち込む。そういえば、多く薬を飲むと気分が上がると何かで読んだ記憶がある、社会現象にもなっているみたいだ。1回くらいはいいだろう、そう思いドラッグストアに寄って薬を買う。
ふと、レジの後ろにあるタバコが目についた。瑛太が吸っていたCAMELのメンソール。同じものとライターを1つずつ買った。帰宅して家事を済ませたのち、薬を一気に流し込む。30分も経つと少しふわふわしてきた。これは悪くないかもしれない。タバコを1本口に加えて煙を吸い込む。火の点け方に少し戸惑ったが、ネットで調べて何とか点けられた。思わずむせるがクセになりそうだ。回ってない頭でそう考えながら1本吸い終わる。最近の中では珍しくすっと眠りに落ちた。


翌日の気分は最悪だった。離脱作用というものだろうか、吐き気が凄まじく何度も何度も吐きそうになる。吐くものもないので胃液が出てきた。自己嫌悪に苛まれ続ける時間が過ぎていく。夜には少し落ち着いてきたが、翌日の仕事を考えると何も手につかない。レトルトのお粥を食べようとしたが食指が全く動かない。唯一タバコだけは1本だけ吸えた。深夜になり布団に潜り込むが、薬のカフェインが残っているのか仕事へのストレスか全く眠気が来ない。ただただ不安と自己嫌悪に陥る時間だけが過ぎていく。その日は一睡も出来なかった。



最寄り駅のホーム、快速電車が通り過ぎる警告が響く。もう春だというのに朝の風は冷たく頬を撫ぜる。

あぁ、これは走馬灯か。寝不足で回らない頭の片隅でふと思う。

踏み出した足は止まらない。嵐のように通りかかる快速列車がもう目の前だ。

最期に思い出したのは、タバコの火を点ける時にネットで見た記事だった。初めて実際に目にしたのは、瑛太と学生時代に一気見したアニメのワンシーン。何てしょうもない、と自分で自嘲する。タバコを吸い始めた今の自分なら出来るだろうか。


いつもの様に各駅停車の電車を待っていた私は、無意識に足を踏み出した。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?