第26回 「孤独」
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第26回 「孤独」

Abuse Dialogue

大変遅くなり申し訳ありません!明日第27回がありますが第26回の内容を簡単にノートにまとめます。久しぶりにマモが書きます。

やっぱり、この交流会の大きな価値を感じるのは、皆さんの様々な視点からとらえてもらえることですね。あえてテーマは抽象的なものを選ぶことが多いのですが、そこから参加者が独自に自分の経験と照らし合わせて意見を出してくれ、僕は本当に学びになっていますし、皆さんの力に感動しています。

さて、今回の交流で出てきたことを簡単に紹介しますね!

参加者の方から欅坂46の「キミガイナイ」の歌詞が「孤独」をきれいに表している気がするとあったのでその一部歌詞を引用しますね

”本当の孤独は 誰もいないことじゃなく 誰かがいるはずなのに 一人にされてる この状況”

確かにと思いますよね。家族は形としてはいるのにいないものとして扱われたり、存在を認められなかったり…誰も「虐待」の現状を理解してくれず、今の苦しみに寄り添ってもらえなかったり、理解しようと努めてくれなかったり、目を向けようとしてくれなかったり…

その他にも以下のようなトピックが出てきました

・自分から孤独を選ぶ
・お盆や年末年始の帰省問題
・役割から「孤独」を脱却
・縁を切ることとリバウンド
・孤独を予期して不安

自分から孤独を選ぶ
孤独と自立の違いって何でしょうね。傷つかない予防策として孤独を選ぶ。それも一つの良い手段でもあると思います。一人でいることで生きやすくなることもあると思います。ただどこかのタイミングで、やっぱりさみしいのかもと思うときもあると思います。その時はその時で仲間を探せばよいと思います。そこで「一人を選んだのが間違いだった」と後悔する必要は全くないと思います。

お盆や年末年始の帰省問題
季節や年間行事、風習の中で家族を意識させられるものっていくつもあると思います。最近ではお盆ですね。「実家帰るの?」は当たり前のように話題にされてしまいますよね。これはだれも悪気がないのですが、考えてしまいますよね。帰らないと答えると「なんで?」となりますしね。まあ適当な理由で回避させちゃいましょう。今だとコロナがいい理由になるかもしれませんね。これは嘘ではなくて皆が心地よく過ごすための配慮です。

役割から「孤独」を脱却
結婚や子どもをもつこと、パートナーができること。これらの役割が、孤独の解消に役立っていたとのことです。これは単に関わる人ができたということではありませんでした。結婚をすることで自分がどうあるべきか、子どもにとってどんな存在であるべきかそれらを考えることで自立を目指せたとのことです。依存からの脱却が自立につながり、それはある意味で人との関係性をうまく調整することにつながり、「孤独」も解消していた。といった感じでした。とても良い事例ですね。

縁を切ることとリバウンド
虐待者のためにも、自分のためにも縁を切るべきだと大きな決意をして縁を切った方多いと思います。そして縁を切ったが時々、連絡とってみようかなと思ってしまう。ということでその葛藤の苦しさもあるという話題も出ました。いざ本当に連絡を取ってみると変わっていない虐待者に再度絶望する可能性もあり、何とも難しい問題だなと思います。また、縁を切ったのに周りからは「仲が悪いの?許してあげなよ」といわれるなど、縁を切ることの捉え方の重みや違いに苦しむこともあるようです。

孤独を予期して不安
これもなるほどと思いました。今は友達もいるし特に孤独は感じていない。だけれど解毒が進むにつれて周りとのギャップや考え方の違いに孤独を感じるようになるのではないか。虐待経験を知られたら、自分は孤独になるのではないか。こういった予期不安もあることを知りました。そんなときの予防のためにもAbuse Dialogueが何か力になれたらななんて思いました。


いつも皆様ありがとうございます。次回は明日の8月16日19:30~「対人関係・共依存」です。


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被虐待当事者(昼音)と精神保健福祉士(マモ)による語りの場 虐待問題への向き合い方、解決方法の共有、そして虐待問題への関心を拡げることが目的です。 noteでは交流会後の学びや振り返りを共有していきます。