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秘密基地作りから始まった夢 「旅する絨毯売り」吉川英志さんの遊牧的キャリア

「こうやって日本中を移動しながら絨毯を売り歩いているんです。遊牧民みたいに」

名古屋で行われた大きなアウトドアイベントの一角に、吉川さんの移動式テントがあった。渋みがかった深い赤のカーペットが、目印のように訪れる人の目を惹いている。

吉川英志さんは、2017年に株式会社iniejapan(イニエジャパン)を立ち上げ、イランやアフガニスタン、モロッコなどから伝統的な手織り絨毯を輸入し、販売している。
イスラム圏、特に中央アジアの遊牧民が織る「ギャッベ」や「トライバルラグ」と呼ばれる絨毯は、近年ヨーロッパ各国から急激な人気を獲得し、現在は日本をはじめとするアジア諸国にも認知を広げた。
多くの絨毯屋がインテリアショップとして店舗を構えているのに対し、吉川さんは実店舗を持たず、各地のイベントに参加して絨毯を手売りするという「ノマドスタイル」を貫いている。

渋い色味の美しい絨毯が目印。iniejapanイベント会場テント(写真提供:iniejapan)

きっかけは子どもの頃の「秘密基地づくり」から

吉川さんは子どもの頃、お年玉を貯めて部屋に小さなソファを買った。

「小さなソファひとつで、部屋の雰囲気がガラっと変わったんです。そこからはもう、畳部屋にフローリング材を敷き詰めたり、ランプシェードをおしゃれに変えたり。お年玉を投資して秘密基地作りに没頭しました」

その後も洋服ダンスを塗装したり、取っ手を付け替えてリメイクしたり。幼い日に夢中になったこうした「秘密基地」作りが、インテリアの仕事をしたいという夢に繋がった。

大学卒業後はインテリア関係で独立することを視野に入れ、まずはハウスメーカーに入社。「家」に関する仕事で、夢の一歩を踏み出した。

そこで吉川さんは、1つ目の運命的な出会いを果たす。

「配属された浜松で、たまたまこれからインテリアショップを開こうとしている方の接客担当になったんです。物件を案内しながらいろんな話をしていくなかで、自分の夢への想いが高ぶってしまって……。その日の夜にオーナーに電話して、『一緒に働かせてください』って伝えました」

思い立ったら即行動。吉川さんはすぐにハウスメーカーを退職し、インテリアショップの立ち上げに参加した。

ギャッベやトライバルラグなど、遊牧民の作るラグに出会ったのはその頃だった。トルコ人の営む絨毯屋と取引し、店に手織り絨毯を置くことになったのだ。1枚1枚丁寧に手織りされた絨毯は強度が高く、使い込むほどに味わいを増していく。気持ちは次第にインテリア全体から、遊牧民の絨毯へとフォーカスされていった。

「5年ほど勤務した後、いろいろ考えてインテリアショップを退職することにしました。その後これからどうするか考えながら、ひとりでお遍路を回ることにしたんです。お遍路の道中でやっぱり絨毯を扱いたいと思って、絨毯屋のトルコ人に電話したのを覚えています。『雇ってくれ』って。もちろん、将来的に独立することを視野に入れていました」

そして1年後の2017年、ギャッベやトライバルラグを中心に、遊牧民の手織り絨毯を扱う「株式会社iniejapan」を立ち上げた。

インスタ立ち上げから急展開。800人のカシュガイ族がフォロワーに

会社の立ち上げと同時に店のInstagramを開設した。そしてここから急展開を迎える。またしてもきっかけは、人との出会いだった。

「インスタを開設した直後は、当然ですがまだ日本人のフォロワーすら全然いませんでした。そんな状況のなか、ある日突然800人以上のカシュガイ族にフォローされたんです」

これが2つ目の運命の出会いとなる。吉川さんの店の情報は、海を越えて実際にギャッベを織っているイランの遊牧民、「カシュガイ族」にシェアされた。

「自分たちの作った絨毯を広めてくれてありがとうって、インスタでシェアしてくれたんです。彼らはつながりが強いから、あっという間にフォロワーが増えて」

だったら、実際にカシュガイ族に会ってみたい!

吉川さんはInstagramを通じて英語の話せるカシュガイ族とコンタクトをとり、早速イランへ旅立った。

誤解の多いムスリム、実はおもてなし上手

インスタ上で繋がったとはいっても、顔も知らないイラン人と空港で待ち合わせたことには緊張したという。しかし、そんな不安はすぐに解消された。

「日本から見ると、イランって遠くて馴染みの薄い国、なんだか怖い国っていうイメージが強い。でも実際のイラン人は、とにかくおもてなし上手なんです。カシュガイはもともと遊牧民ですが、今は定住している家族がほとんどで、次から次へと、毎日違う人の家に招いてもらいました。そして朝昼晩、手料理でもてなしてくれるんです。しかも、お金を一切受け取ってくれなくて」

日本ではイランやイラクといった中東の国やイスラム教という宗教に対して、あまり良いイメージがないかもしれない。宗教のために常に争っている印象が強い。しかし実際の人々は、客人を楽しませることに全力を傾けるおもてなし好き。吉川さんも彼らの好意であちこち案内してもらったという。

実際に遊牧しているカシュガイ族のテントも訪れた。吉川さんが見せてくれた写真には、乾いた空の青さと広大な岩砂漠のなか、驚くほど簡素なテントがぽつんと帆を張っていた。

今でも遊牧を続けるカシュガイ族のテント(写真提供:iniejapan)

「一番嬉しかったのは、イランの手料理を食べられたこと。みんな、僕を招いて家庭料理をふるまってくれるんです。それがとってもおいしい。日本だと外国人のお客さんが来たら、外食に連れていくことが多いと思うんですが、彼らは自宅で、家族みんなでもてなしてくれました」

テントの中、食卓を囲み会話も弾む。(写真提供:iniejapan)

取引相手を探しに現地へ。こだわりはやっぱり「人柄」

「イランであれモロッコであれ、絨毯の仕入れ先は直接現地へ探しに行くんです」

吉川さんはそれぞれの国へ行き、自分の目で取引先となる絨毯屋を選ぶという。選ぶ基準を尋ねたところ、「やっぱり人柄」という答えが返ってきた。

「ラーメンだって寿司だって、いくら味が良くても店員さんの印象が悪かったら、また行こうとは思いませんよね。絨毯だって同じです。どんなに綺麗な絨毯を売っていたとしても、店主の人柄に惹かれなければ取引をする気にはなりません。

それに、現地で扱う絨毯も、店によって大きな違いはなくなりつつあるんです。ヨーロッパを中心に流行し始めてから、手織り絨毯は商業化が進みましたから。絨毯の品ぞろえに差がないのだとしたら、やはり大事なのは取引相手。自分の目で確かめて、信頼できる人を選びたいんです」


現地・イランの手織り絨毯屋(写真提供:iniejapan)

残念ながら現在の手織り絨毯のほとんどは、今も遊牧生活を営む人々によって織られたものではない。現在は織子を作業場に集めて人気の柄を手織りするという商業化が進んでいるそうだ。

中央アジアには日本を丸ごと飲み込むほど広大な荒野が広がっている。厳しい自然のなかを移動する遊牧民の暮らしは、世間が思うほど自由気ままではない。商業化に一抹の寂しさはあるが、より多くの絨毯が先進国で高値で取引されれば、現地の暮らしはより豊かになっていくだろう。

遊牧民の暮らす環境には、自由やロマンとはかけ離れた過酷な荒野が広がっている
(写真提供:iniejapan)

来てもらうのではなく、会いに行きたいから。店舗でもネットでもなく、移動販売を選んだ理由

「今は、アウトドアイベントを中心に出店しています。遊牧民は、テントを立てて、ごつごつした地面の上に絨毯を直接敷いていました。手織り絨毯って、本来そういうものなんです。だから日本でも、そうした使い方を提案しています」

もともとは、むき出しの自然から遊牧民を守るために織られたもの。おしゃれなインテリアとして敷いてもらうのもいいが、できれば大地の上に敷いて、絨毯の力強さを感じてほしい。だからこそ、今は主にキャンプイベントで出店しているのだという。

「2020年の緊急事態宣言以降、ギャッベやトライバルラグを扱う店が爆発的に増えました。昔は店舗を構える人が多かったけど、今はほとんどの業者が倉庫だけ持って、ネットで販売しています。でも、僕は店舗を構えるのもネット通販で売るのも性に合わなかった。お客さんには、来てもらうんじゃなくて会いに行きたい。実際に会って手売りしたい。だから、遊牧民のようにいろんなイベントに出店しては移動販売をするスタイルを選びました」

もちろんiniejapanでは、サイト上での販売も行っている。しかし吉川さんは、たとえネットで売れたとしても、東京都近郊なら自分で顧客の家まで絨毯を届けに行くこともあるという。

「いろんな場所へ行って、いろんな人に会えるのが楽しいから、今後もこのスタイルを続けていきたいです。イランにもまた行きたいですね。カシュガイ族の彼らも、今度はいつ来るんだってしょっちゅう言うんです」

初日のイベントを終えた会場では、明日に備えて各出展者たちが店を整え、帰り支度を始めていた。インタビューを受ける吉川さんは、次々と出展者に声をかけられ、そのたびに笑顔で手を振る。

このイベントが終わればまた、次のイベントへの準備をしなければならない。テントをたたみ、絨毯を車に詰め込んで、川崎のイベント会場まで、400キロの旅に出る。

絨毯を車に詰め込んで、400㎞の旅が始まる(写真提供:iniejapan)



吉川英志(ヨシカワ ヒデシ)
1987年京都府福知山市生まれ。株式会社inie japan 代表取締役。 ギャッベ、キリムなどの中央アジア遊牧民の手織り絨毯に魅了され、2017年同社を立ち上げる。現在も店舗を構えず、「ノマドスタイル」で手織り絨毯の魅力を伝えている。
イラン、モロッコなど現地とのコネクションも強く、現地の信頼できる業者と直接交渉し、仕入れを行っている。

https://www.instagram.com/inie_japan/


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