見出し画像

60年代、流行った洋楽。13

『70年代、流行った洋楽』の60年代版です。
60年代の初頭は、私自身がまだ少年時代。音楽に目覚める以前のことでした。そのうち、ラジオのAM放送やテレビなどから流れる音楽に意識が向くようになりました。そんななか、記憶に残る曲にもめぐり逢いました。今、あらためてYou Tubeで聴くと思い出がよみがえるだけでなく、半世紀よりもさらに前の曲とは思えない新鮮さと輝きにおどろきます。

60年代にはこんなことがありました。


マンチェスターとリヴァプール/ピンキーとフェラス
Manchester & Riverpool/Pinky & Fellas(1968年)

 この曲はよく覚えていて、今でも時々ふとしたひょうしにメロディーが頭に浮かびます。そんな、私の心の琴線に触れる音楽のひとつなのです。

 原曲はフランスの失恋の歌で、マリー・ラフォレが歌ったそうです。また、日本で当時人気だった「ピンキーとキラーズ」にあやかったグループ名とのことです。港町のカフェテリアさん、情報ありがとうございます。

原曲は二つの都会とそこでの失恋を歌にしたフレンチ・ポップスで、アンドレ・ポップ作曲、エディー・マルネ作詞によって1966年にマリー・ラフォレが唄ったものです。
この曲をスコットランドのバンド、フェラスがマイナー調のメロディーをリズミカルに唄ってカヴァーしました。
フェラスはリーダーのジョン・ガードナーと紅一点のピンキーことキャロライン・ガードナーを中心とした六人編成のバンドですが、当時日本で大人気のピンキーとキラーズにあやかってピンキーとフェラスになったという話です。
日本のチャートで五週連続No.1になりましたが米英では殆どヒットしていません。
1968年12月から翌年の4月にかけての大ヒットでした。

港町のカフェテリア 『Sentimiento-Cinema』

 原曲の方を聞いてみましょう。マリー・ラフォレは女優で歌手。アラン・ドロンと共演した『太陽がいっぱい』の演技で一躍フランスのアイドルになったとか。曲の方はピンキー版とは言語も違えば、こちらはアンニュイな雰囲気で、少し印象が変わります。

マンチェスターとリバプール/マリー・ラフォレ
Manchester et Liverpool/Marie Laforet(1966年)



 話は戻りますが、以前ご紹介した『ワシントン広場の夜はふけて』や、あと『モスクワの夜はふけて』も地名にちなむ曲ですね。互いにどことはなしに雰囲気が似かよっているのがおもしろいと思います。

 それで、ヴィレッジ・ストンパーズの演奏する2曲をここに並べてみました。
 邦題は『〇〇の夜はふけて』と、シリーズ風に設えています。原題にはない趣向です。

ワシントン広場の夜はふけて/ヴィレッジ・ストンパーズ
Washington Square/THE VILLAGE STOMPERS(1960年)

 もともとインストゥルメンタル曲でしたが、のちに作曲者自身によって歌詞がつけられました。リアルタイムで聞いたのか、後追いのことだったのか……定かではありませんが、この演奏にも確かに聞き覚えがあります。

モスクワの夜はふけて/ヴィレッジ・ストンパーズ
Midnight in Moscow/THE VILLAGE STOMPERS(1963年)

 でも、こうやって並べて聞くと、やはり三曲三様でいい曲だし、個性も違いますね。当たり前のことに気がつきました。

「モスコーの夜はふけて」はケニー・ボール&ヒズ・ジャズメン演奏で
1962年3月に全米2位にランクされたヒット曲。

YouTube crossking24

 ヴィレッジ・ストンパーズのほかにも、アル・カイオラ楽団や、日本人ではフランク永井や、ザ・ピーナッツもカバーしているそうです。



※素晴木あい さんの画像をお借りしました。

最後までお読みいただきありがとうございました。記事が気に入っていただけましたら、「スキ」を押してくだされば幸いです。