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1993年のオーストリア・モーツァルト №34〈ザルツカンマ―グート №7〉
1993年7月、転職のはざまに2週間の自由(失業)期間ができて、これはチャンス。リュックを背負ったエコノミーな個人旅行で、憧れのオーストリアへ行きました。
今年はちょうど30周年、当時はスマホはもちろんなく、携帯電話すら一般にはまだ普及していなかった時代。世の中随分変わりましたね。
旅行中の日記がこの『旅日記』の元ネタです。写真も交えて旅のあれこれを思い返しながらつづっていきます。そんな、よしなしごとにお付き合いいただければ幸いです。
ザルツカンマ―グート♪ №7(ザンクト・ヴォルフガンクへ船で行く)
1993(平成5)年7月17日(土)午後
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ザンクト・ギルゲンを発ってザンクト・ヴォルフガンクへ向かいました
昼食をマクドナルドで食べてリュックをまた、手荷物預かり所に預け、2時15分発のバスに乗った。3時10分頃ザンクト・ギルゲンに戻って、そのまま船着き場へ行った。3時40分ごろ船が出航。(※1)
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湖畔で思い想いに遊んだりくつろいだりする人たち 別荘にはヨットも係留されていました
ビールを飲む人達、にぎやかにずっと食べ続けるグループ、静かな夫婦連れ、いちゃつくカップル。細長い湖を行くので湖岸で泳ぐ人、ホテルの芝生の上で日光浴するおとな、はしゃぐ子供たちが見られる。(※2)
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ザンクト・ヴォルフガンクに着きました 船着場から湖畔の街を少し歩きました
30分あまりでザンクト・ヴォルフガンクに着いた。名所「ホテル白馬亭」はすぐ見つかった。(※3)
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ザンクト・ヴォルフガンクにはケーブルカーがありました 窓辺に花がたくさんの可愛い家は民宿でしょうか
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ザンクト・ヴォルフガンクには銀行も 両替にも困りません
道が狭いのに人通りが多くて、iはどこにあるのかなとキョロキョロしていたら、夫婦連れに写真撮影を頼まれた。先日逆の立場で相手に言ってもらって気分のよかった挨拶「オフ・コース」もちろんいいですよ、と応えて撮ってあげた。(※4)
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銀行の近くの駐車場にはかっこいい二輪車が2台停められていました
――つづく――
※1 湖畔の街へ行くには、船が便利だし、楽しいです。
※2 複数での旅は、会話や道中の風物・体験の共有が楽しいですが、一人の旅は、観光も楽しいですが人間観察に適していますね。
※3 ホテル白馬車亭については下のようなエピソードがあります。
オペレッタ『白馬亭』はオスカー・ブルーメンタールとグスタフ・カーデルブルクの二人がイシュル近くに滞在していた1898年 (96年としている人もいます) に書いた喜劇をもとに、ラルフ・ベナツキー他が作曲し1930年11月8日にベルリンで初演されたものです。……
このオペレッタが爆発的な人気を呼び、舞台となった実在のホテル「白馬亭」はザンクト・ヴォルフガングの切っても切り離せないシンボルとなったのです。
※4 当時は人に頼んで撮ってもらうか、セルフタイマーで撮るかでした。いまは、スマホで自撮りもできるのでたしかに便利です。すこし味気ないかもしれませんが。
※標題画像は、湖畔の街ハルシュタットです。
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