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『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』/クルーズ演じる悪の極地(映画感想文)

『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(94)を観た。
狂言廻しのインタビュアーであるクリスチャン・スレイターが取材記者の勘から街で目を付けた青年にインタビューを申し込む。青年の名はルイ。演じるのはブラッド・ピット。
彼の口から語られるのは吸血鬼のクロニクルともいうべき物語で、中心にいるのは吸血鬼レスタト。こちらを演じるのがトム・クルーズ。
ピット演じるルイはもとは人間なのだが理由あってレスタトの誘惑を受け入れ吸血鬼に生まれ変わった。レスタトがいつから吸血鬼なのか、生まれたときからそうなのかは判らない。謎めいた悪の権化ともいうべき存在。もともとは人間であり善人だったルイは生きるために(血を吸うために)人間を殺すことにためらいを覚え逡巡するが、レスタトは受け入れろ、という。そして悩めるルイを「哲学者くん」と揶揄する。もちろんレスタトも節度を持ちながら人を殺すがそれはただ人間たちから不審を買わないためだけだ。

この映画も劇場で観ているが、当時は退屈でつまらないと思った(毎回同じことを書いている気がする、…。)。韜晦していっているわけではなく本当に記憶にないのだ。筋書きどころか場面も、ろくに。
30年近くぶり(!)で二度目の鑑賞だが、正直にいうと今回も最初の十数分は退屈だった。ニール・ジョーダンという監督が自分には合わないのかも。えらくお金のかかった学芸会を観せられている印象。ブラッド・ピットも、吸血鬼になって悩む半人間というよりは原始人のようなゴツゴツとした顔だし。
上映当時の出来事として印象に残っているのは原作者の「ミス・キャスト」騒動だろう。絶大なる人気シリーズを生み出したアン・ライスは「クルーズにレスタトが演じられるわけがない。わきまえるべきよ」と口汚く罵り、ときには泣きわめきして世間に訴えた。しかし出来上がった作品を観るや手のひらをくるりと返し、新聞紙一面を買い取ると(ディリー・バラエティの一面だった)クルーズを大絶賛。ピットとクルーズなんて『トム・ソーヤの冒険』じゃないんだから、とまでいっていたのに、…。まあ大変な自作への寵愛ぶりだ。
確かにピットはちょっと違ったかも、とは僕も思う。彼の魅力はワイルドなところにある。だがクルーズはどうだろう、ぴったりだ! 
クルーズのフィルモグラフィを辿ると88年『レインマン』、89年『7月4日に生まれて』でアカデミー主演男優賞候補、90年に『デイズ・オブ・サンダー』でニコール・キッドマンと出会い92年には『ア・フュー・グッドメン』でゴールデングローブ賞にノミネート。
この頃は『ミッション・インポッシブル』で初の映画製作に乗り出す直前期。『インタビュー・ウィズ…』は脚本を読み興味を持ったと自分から売り込みにいったのだとか。怖い者なし、というより意欲的なチャレンジの時期だという自覚がクルーズ自身にあったのだ。自身のキャリアを飛躍させるために。
原作者からの猛烈な反発も、いまにして思えば彼をただ一皮むけさせるための運命的な装置に過ぎなかった気がする。何よりこれ以前にも以降にもここまで絶対的な悪をクルーズが演じたことはない。愉しみながら殺し、殺すことを躊躇するものを揶揄し、殺すのもリズムだ美しさだと自己完結的にただ残酷なだけの美学を傲慢に押し付ける。その悦楽の表情が浮かぶ横顔の凄惨な美しさ。セックスカルトの教祖や度の過ぎたロックスターを演じることはこの先の未来にあるが、クルーズが、ただ悪として傲岸なだけの存在を演じた作品は後にも先にもこの一作だけだ。

ルイを取り込みレスタトの本性が遺憾なく発揮され出すと映画は俄然おもしろくなってくる。人を殺しながら生き永らえる呪われた不老不死者の年代記なのだ。そして彼らには体系だった理念がなく、ただ個々の哲学だけがある。正解はない。間違えたところで裁かれることも失墜することもないのが吸血鬼という存在なのだから。
原作に描かれているのかどうかは未読ゆえ測れないのだが、映画は後半、彼らと時代との関わり方に言及する。享楽的にただ生きるだけの人生を選ぶことも可能だが、それは精神性の堕落を生む。それが耐えられないと考える吸血鬼と、そんなことに思いもよらずただ楽しく長い人生を貪ることだけに腐心すればよい、とするものがいる。時代に対する批評精神がなければ真理に辿り着けずただ朽ちるように生きるしかなくなる、そんなことは耐えられない、と吸血鬼がいうのだ。なるほど! 確かに永遠に生きるということは壮大な暇という重みのある時間をいかに充実させて生きるかという試練に違いあるまい。
普遍的な人気を獲得しながらも常に批評精神とチャレンジするための研鑽を怠るべからずとは、…まるでクルーズ自身に対する予言だ!
複数の吸血鬼たちが邂逅し、その哲学を交歓し始める頃、僕はすっかり作品に惹き込まれていた。30年前には真理に対するその言及に理解が及ばなかったのだ。ゆえに退屈な映画だなんて思ってしまって悪かった、ニール・ジョーダン、そしてトム・クルーズ、…。
なかなかの傑作。しかし怪作でもある。

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