見出し画像

『デイズ・オブ・サンダー』/才能はあるが、…アホなんだ、おれは。(映画感想文)

トム・クルーズのファンだという人物が前方からやってくる。着ているシャツの柄ももちろんクルーズ関連なのだが、なぜか『トップガン』ではなく『デイズ・オブ・サンダー』。「なんでっ⁉」、…というのが大学時代の友人とよく話していた冗談だ。
それほど当時はハズした印象だった『デイズ・オブ・サンダー』(90)を実は劇場で観ている。『トップガン』(86)は観てもいなかったというのに、…。(ちなみに『カクテル』(88)も劇場で観ている。結構奇特な人なのだ)

その『デイズ・オブ・サンダー』を劇場以来に鑑賞。
結論からいうと大変よかった。

ストックカーレース界が物語の舞台。クルーズ演じるコールは草レースで連勝を続ける凄腕レーサーだが本格的なレース経験はない。自動車ディーラーで自分のレースチームを持ちたいティムが、足を洗ったベテラン整備士ハリーに「もう一度自動車を作ってくれ。おれのチームのために」と頼むところから物語が始まる。相棒だったレーサーの死が原因でハリーはレースをやめたのだ。「おれが必ずお前さんの車を乗りこなせるレーサーを連れてくる」というハリーにティムは「猟犬の嗅覚は生まれつきの才能で、教えられて身に付くものではない」と返す。しかしティムには腹案があった。コールだ。天才的なテクニックと度胸を持つコール

『トップガン』で演じたピート/マーベリック同様にここでもクルーズは「生まれながら才能があるやつ」だ。
だが異なるのは、この世界にはその才能を鵜呑みにするものはいない。ハリーにテストされ、ライバルからはスリックカーレースで追突され、激高してはチームを馘にされ、そして恋した相手の医者には「恐怖で頭がおかしくなっている」「ガッツを失っている」とさんざんなじられる。この作中のクルーズは、試練を理不尽で矛盾した軽々とした乗り越え方をしない。ちゃんと悩み、落ち込み、そして仲間を頼る。思い上がれば、ちゃんとしっぺ返しをくらう。
自分の思い通りに走れないことでハリーと最初に衝突したとき、間に入ったティムが「こいつの思うように走らせてやれ」とハリーに頭を下げる。ハリーはコールの才能を認めているが、彼の思うがままに走らせるとマシンがイカれてしまう。世間知らずの若造が才能のままに走らせて粋がっているのか、…と思いきや「どうしてほしい」と歩み寄ってきたハリーとのやりとりがイカしている。
「おれにマシンを合わせてくれ」「だから、どこをどうしてほしいんだ」「・・・」「コール?」「その“どこ”を“どう”がわからないんだ。どういえばいいのか。…車のことをおれは何も知らないんだ」とまさかの告白。
才能はあるが教養がなく、それでただ走らせることしかできないアホなんだ、おれは、と恥ずかしそうに告白するクルーズはなかなか見物だ。そしてそのコールにハリーは「じゃあおれたちの共通した言葉を作ろう」と提案する。
このハリーを演じているのがロバート・デュバル。

プロットやちょっとしたやりとりにNASCARで実際にあったできごとや実在の人物やがモデルとして多く引用されているという。ハリーやティムに限らず登場するライバルレーサー、協会オーナーにもほぼすべてモデルがあるという。レースに疎い門外漢の僕でもレースの世界はきっとこうなのだろう、とその手触りを感じることができたのはそのせいかも。そして誰もが莫迦のつくレースマニアで、そしていいやつらばかりなのだ。
クルーズを引き立たせるためだけのパーツのごとき登場人物はここにはなく、クルーズ演じるコールは周囲の人々と、リアルでユーモアのある優しい関係を築いていく。一歩間違えば肉体の大きな損傷、あるいは死が待ち受ける苛酷な世界が常にそばにある怖さも、丁寧に描かれている。

アメリカでは興行面では大成功、批評家たちからは「『トップガン』の焼き直し」と酷評をくらった本作。日本ではどうだったか。クルーズの華々しいフィルモグラフィのなかでも地味で忘れられがちな一作なのでは?
劇場で観た僕にしてもほとんど内容は記憶になく(印象に残っていた場面もない)最初に書いたような冗談のネタにしかしていなかったのに。ところがこうしてあらためて観ると本当にいい映画なのだ。
クルーズの演技開眼は『レインマン』にあると先日書いたばかりだが、そのクルーズが自分の得意とするフィールドにもどり気の合う仲間と楽しみながら作り上げた一作という印象。製作時にはスケジュールも大幅に遅れ、制作費も高騰、散々な行程を経て出来上がったそうなのだが、未見で済ますにはちょっと惜しい。クルーズだけでなく取り巻くキャラクターたちがなんともいえない、いい空気を醸し出している。描かれているのは、(キッドマンでも入り込めない)男の世界であり、レースに熱狂するいつまで経っても子どもの心を失わないやつらの世界のそれである。

※しばらくトム・クルーズが出た映画について好き勝手、書きます。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?