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武蔵野線に揺られながら 完結

彼と出会ったのは、上京して1年ほどが過ぎ、それなりに男性に嫌悪を抱き始めたあの頃。出会ってしまった。

 傷心して少しのやけを起こしていた私には、彼がドンピシャに映った。

偶然立ち寄ったどこにでもあるような、コンビニ。今は、吸収合併してしまいもう跡形もないが。そこで少しだるそうにでもお客さんへの対応はとても丁寧な彼にひと目で奪われてしまった。

でも、コンビニの店員さんと出会う術なんて私にはなくて、その日は、無駄に買い物をして帰宅した。それからというもの頭の中は、彼でいっぱいで学校に行っても同期にはその話ばかりだった。

どこで思いついたのかわからないが、彼と話すきっかけをみつけた。まずは、彼に覚えて多少の印象をつけて、その状態で彼に連絡先を渡す。ここで重要なことは、彼にマイナスでない印象をつけること。

例えば、期限切れの支払い用紙や毎回お弁当を購入することは、だらしのない印象になると思い避けた。そして、毎回自分の思う可愛い格好で彼に会うためにコンビニに足を運んだ。下手をしたら、きっとその店舗は出禁になっていたことだろう。だが、ありがたいことにそうはならなかった。とてもありがたい。

そんな月日がすぎる中でやっとの思いで、彼に連絡先を渡すことに成功した。「ありがとうございます。」といって彼は私からの手紙を受け取ってくれた。嬉しかった。ただただ嬉しかった。それだけ。胸が飛び出そうな程に緊張した。

その一線を超えてしまった私達はすぐに付き合うことになった。私ばかり、彼に惹かれていると思っていたから彼から好きと言ってもらったときは夢なんじゃないかと自分の耳を疑った。最初の口づけをした日は、今でも忘れられない。それまで何人かの男性とは、唇を重ねたことはあった。それでもあんなにも愛おしい口づけは人生で最初で最後だろう。もう超えることはない。そんなこと思ってるからまだ独り身なんだろう。

きっとそうだ。そう思いたい。

そんな楽しい愛おしい日々はあっという間に過ぎ去っていき、2年が過ぎたときに、ぷつりと崩れ去り、もう2度と戻ってくることはなくなった。

さようならした。せざるを得なかった。

もうこの彼との物語は、終わりを告げたのだ。夢のような日々だった。そう思い込みたいだけなのかもしれないけれど。それでも私にとっては、誰かにひたすらに苦しいほどに愛され、苦しいほどに愛した経験は、よい糧になった。このあとの人生で終わりを迎えるまで一人だったとしても、私にそんな悔いはもうない。今もまだ心の片隅には彼がいるのだろう。もう隣で笑ってくれる君はいないけれど。今も武蔵野線のどこかの駅を使いながら、社会人をして、私が誰かを愛せない分、誰かを愛して幸せになってほしいと願うばかりである。

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