電動車椅子でGO!(11)障碍という言葉

 今回は車椅子を離れて言葉の問題について述べたい。障害という字だが、障がいと書く人もいるし、言葉にこだわっても仕方ないので障害のままでいいという人もいる。
 しかし、それ以前の問題として、 日本語としてどうなのか。もともと日本語では障礙、または障碍が正しい漢字だった。仏教用語なので呉音で「しょうげ」と読む習わしだった。だが、明治時代に漢音で読むのが流行しはじめ、「しょうがい」と読むようになった。いずれにしろ、何らかの妨げがあるという意味で、害という意味はない。
 戦後、国語審議会は「礙」「碍」の字を当用漢字(後の常用漢字)に入れなかった。そこで「害」の字で代用するとした時、初めて「障害」という日本語が生まれたのである。つまり、この語は戦後、国語政策の都合で生まれた新語なのである。
 私は常用漢字の制限や新字体は漢字の体系を壊してしまった失策だと考えている。知的障碍があったとされる放浪の画家山下清の日記が美しい旧字体で丁寧に綴られているのを、展覧会で見てますますそう思った。
 「障がい」という表記は、「耳鼻いん喉科」と同じく座りが悪い。「咽」という字も常用漢字表に入らなかったのでそうなったのだ。
 私は「障碍」または「障礙」と書くのが、言葉として歪みなく、その人と社会や人間関係の間に何か「妨げ」のある実態を正確に表していると思う。

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