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AMITAの観た夢 (8)


 近鉄上本町、地下鉄谷町線谷町九丁目が交差する辺りは古い街だ。建物のバリアフリーもあまり進んでいない。
 キムソラに指定された店のあるはずの正面玄関を入った光一はたちまちにして、六段ほどの階段によって電動車椅子の行き先を塞がれた。
 見回してもエレベーターは見つからない。通りががった人に尋ねると、何人かの人に「ないと思います」と気の毒そうに見返された。この六段の階段は何のために必要だったのか。外の道路より数段高いところにモールがあるという、建物のデザインの都合に過ぎないのではないか。そのために車椅子やバギーや、大きなトランクを転がして来た人も道を阻まれる。無意味ではないか。いや、そのデザインは有害ではないか。
しかし、キムソラが車椅子でアプローチできな場所の店を選ぶはずがない。どこかにエレベーターはあるはずだ。

 日本の殆どの街は車椅子がエレベーターだけで行ける道について、標示も少なければ、知っている人も少ない。たとえば、JR大阪駅という巨大な建物から、阪急何番街などというこれまた有名な食堂街に行きたいとする。
 大阪駅の観光案内所のカウンターで尋ねてみることにする。カウンターには多言語のスタッフがいて、それぞれ英語、中国語、韓国語などとその言語の文字で書かれた名札を胸につけている。しかし、「車椅子」という名札を付けている人はいない。
 「ここまで車椅子でエレベーターだけを使って行ける道を教えてください」
 案内係たちは外国語での案内に長けていても、そういう質問に即答できるスタッフはいない。もちろんグーグルマップも歩行に不自由のない人の経路しか表示しないので役に立たない。
 「少々お待ちください」
 地図を持ち出す。英語、中国語、韓国語の地図はあっても、車椅子ルートの地図は存在しない。通常の地図を見ながら、案内係は初めて考えるルートについて、その場で頭をひねる。時には別の人を呼ぶために一旦奥に引っ込む。
 空いていれば三人ぐらいが地図を覗き込んで一緒に頭をひねることもある。その結果、非常に複雑なルートが浮かび上がってくる。
 「あちらのエレベーターを降りて、一階からこの百貨店の中に一回入ってください。百貨店のエレベーターで地階に降ります。ここの扉を開けると地下駐車場です」
「その扉は車椅子に乗ったまま片手で開けられますか?」
「百貨店の案内係に人をひとり頼んでいただけますか?」
「えっ? ああ。はい・・・・」
「この地下駐車場を通り抜けるとここに荷物運搬用のエレベーターがあります」
 案内係はラインマーカーで線を引きながら説明を続ける。
「荷物運搬用?」
「ええ、そこからもうひとつ下の地階へ降りて、こう行くと、おっしゃる場所に出ます」
「わかりました」
 ラインマーカーの跡が迷路を行くように曲がりくねった地図を受け取って出発する。それでうまくいく場合もあるが、その教えてもらったルートさえ、ほんの数段の階段のために阻まれてしまうこともある。

 上本町の宴会場に行こうとしていたこの日も、光一はビルの周りをぐるぐる廻り、やっと通りがかった人からいったん地下に降りるエレベーターとそこで乗り換えて目的階に行く方法を教えてもらうことができた。
 キムソラの事前説明が足りないと思ったが、彼女は何度もその店を使っているので、初めて来ると迷うことに想い至らなかったのだろうと考えることにした。
 その階に至れば確かに後は快調だった。すーっと車椅子を走らせるとすぐ、入り口に扉があるわけでもないフロアから地続きの店の突端のテーブルから、立ち上がったキムソラが手を振った。
 「光一さん。ここ、ここ」


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