心を動かすもの
人の心を動かすことがなんと難しいことか。
カーネギーが人を動かすためのさまざまな原則を明らかにしましたが、じゃあ、それらを実践できるかって言われたらそんなに簡単じゃない。
かと言って他人を動かしたい、変えたいけど自分は変えたくないっていう普遍的な欲求もあるわけで、自分も他人も心を動かそうと思ってなにかをしたとしても、なかなかうまくいかないものです。
しかしながらそんなこともお構いなしに、あっという間に心を動かしてしまうものがあります。
それは…
スポーツ!
スポーツをしたり、観戦したり、携わったりしたときに、なんらかの感動を覚えることがあります。
スポーツを見て感動しているときは心が動きまくっています。心を動かそうとか、感動しようとかしているわけではないのに、問答無用で心が動いてしまいます。
なぜなのか。
その時抱いている感情の正体って一体何なんだろうかと考えました。
一番最初に思いついたのは箱根駅伝を見ているときのこと。
なぜか箱根駅伝を見ると泣いてしまいます。
なんで毎年泣いちゃうんだろう。
・プロじゃないから?
・競技時間が長いから?
・ドラマがあるから?
・襷を繋げられなかったから?
・同級生が給水するから?
・山登りがあるから?
・監督の激があるから?
・出身県や出身校の学生ががんばってるから?
うーん。どれも当てはまる気がするんですが…
でも一番は
一生懸命が伝わりすぎるから
だと思うんです。
走っている選手はもちろん、監督や選手になれなかった部員、応援する人、関係する人みんなの一生懸命さがあまりにもダイレクトに伝わりすぎて、こっちの感情をこれでもかと言うほどに揺さぶりまくってくる。
選手はもちろん一生懸命なんですが、それを伝えてくれるメディアの人々の熱意もバシバシ感じます。
こうして選手や周りの人の「一生懸命」が具現化されて、それを享受することで感動することができるのではないか、と言う結論に行きつきました。
ただその場合、プロの競技者だって一生懸命でしょ?って思うんですが、プロの方々はおそらく想像を絶するような努力をしているはずです。
一生懸命じゃないはずがない。
高校野球は泣けて、プロ野球は泣けない。
高校生は守備交代の時、全力で走ってるけど、プロはなんかちんたら交代する。
なんて声をよく聞きます。
ごもっとも(笑)
でも、そもそもプロとアマチュアでは求められているものが根本的に違うので、それぞれに異なる魅力があるのは当然です。
一生懸命に努力しているところを見せないのがプロの美学だったりするわけですよ。
こんなプレーをいとも簡単に繰り出しているってことは、そこに行きつくまでに想像を絶するほどの努力と練習をしてきたんだろうなぁ、いろんな苦悩があったんだろうなぁと勝手に思いを馳せさせるのもプロスポーツの面白いところだと思うのです。
そして、プロである以上活躍できる時間が有限であるところも面白い。横浜DeNAベイスターズ三浦大輔投手の引退セレモニーは人目も憚らず号泣しました。
泥まみれとか、無念の棄権とか、血のにじむような努力が実らなかったとか、昨年亡くなったお母さんに捧げたいなどのストーリーがお茶の間に届けられることによって、具現化された「一生懸命」を享受できているのだと思います。
子どもが運動会で負けて悔しくて泣いてたらこっちも泣いちゃうんだろうなー。
最後に、一生懸命スポーツに取り組んでいるすべてのアスリートと関係者に感謝と敬意を表します。
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