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理由探しをしちゃうもの?!

昨夜から始めたnote。
お腹でスクスク育った大きな子宮筋腫を取るため、子宮全摘手術へ向けて、日々の徒然を記録します。

~第3話~

病気になると、人は
「何が悪かったのだろう?」
「私が○○したせいだろうか?」
「あのときこうしておけば…」
…等々、考えがちなのではないか?

私も手術で子宮全摘しかない、となった時に、真っ先に頭をよぎった。
「私、バチが当たったのかな?」
あれもこれも、そう考え出すと私の人生、バチ当たりな行動があり過ぎる。

そんな私を笑い飛ばしたのが私の母。
「そう考えちゃうのよね~。
でもね、これがま~ったく関係ないのよ!
びっくりするくらい。
ただ、そうなった、というだけで、病気ってただの現象なのよ!
病気になった理由なんて、考えるだけ時間と気持ちのムダ!」

私の母は、初回でも書いたとおり、子宮全摘をしている。
その前に子宮筋腫の筋腫のみ除去する手術も受けている。
子宮だけではない。卵巣嚢腫で卵巣も、乳癌で一部おっぱいも、扁桃腺も、盲腸も…
あれこれ取っている。
かつて、今の私の比でなくいろいろ考えてきたことだろう。
その母が考えた末にそう言ってるのだ。
「そっか!」
とストンッと納得しちゃった。

もちろん高血圧症やら糖尿病等、生活習慣病と言われる類いに関しては、病気になった理由を考えて今後に活かした方が良いものもある。
でも、考えても答えのないことを考えてクヨクヨするのは、確かに時間と気持ちのムダね。

理由はない。それで良い。