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異国の和菓子

太田裕美
『木綿のハンカチーフ』
(1975年12月21日発売 CBS・ソニー)

この楽曲の発売から3か月後、
うっすらと口ずさめるようになった、
小学3年生に上がる年の春、
私は、父の仕事の転勤で、
転校することになりました。

転校先は、熊本県熊本市。
詞の中の「ぼく」とは真逆で、
西への旅立ちでした。

当時の熊本市は、標準語が通じるのか
疑問に思うほど、熊本弁ばかりが飛び交い、
テレビのチャンネルは、
NHK、NHK教育と、
テレビ熊本、熊本放送の4つしか
視聴できず、幼かった私にとっては、
まるで異国の地でした。

だいすきな人たちと別れ、
遠いこの街に来た最初の頃は、
夜な夜な布団の中で泣いていました。

それでも、遠くで連なる阿蘇五岳、
近くにそびえ立つ金峰山。
近所には、趣がある水前寺公園、
市内を走る路面電車と、
名水百選に指定される白川。
そして熊本城・・・

風情溢れるこの街並みと、
都会から来たばかりの自分を、
優しく受け入れてくれたクラスメイトや、
出会っていく人たちが、
だいすきになっていきました。

転校先の学校にも慣れ始めたある日、
学校から帰ると、母がいつもと違う、
白餡の焼菓子を、
おやつに用意していました。
今思えば、この頃の私は、
桃山のような饅頭がだいすきで、
毎晩泣いてばかりいた私のために、
母がわざわざ買ってきて
くれたのかなと・・・

月日は流れ・・・

現在の仕事先で、熊本市から上京し、
早稲田大学大学院に通っていた、
私とは真逆な生い立ちの仕事仲間に、
帰省の際に、あの日のおやつをお願いして
買ってきていただきました。

熊本銘菓『すいぜんじ』

水前寺公園をイメージして作られ、
「全国菓子大博覧会 総裁賞受賞」
を掲げたこの焼菓子は、
手指ほどのかわいい外観で、
上品な甘さの白餡の中に入った、
細かくきざまれた栗が、
アクセントになって、
久しぶりの『すいぜんじ』は2年余りの、
異国での生活を思い出させてくれて、
思わず涙がこぼれ落ちました。

「木綿のハンカチーフ、ください!」
なんて・・・
あれから30年以上経った今も、
私の思い出には、熊本の絵の具もちゃんと
染まっていました。

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