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この気持ちはつたわらなくていい

“ユウト、今のあなたと、どうにかなりたい訳じゃない。だからこの気持ちは伝わらなくていい”
 -Su凸ko Do凹koi(スットコドッコイ)『ユウト』より-


 大学院時代は楽しかった。友達とバカやりながら自分の好きな研究が出来た。だが、研究よりも友達とバカやっているのがなによりも楽しかったのかもしれない。でも、その友達とは疎遠になってしまった。だけど、今はその友達とどうにかなりたい訳じゃない。2度と会う事もないだろう。だから彼らにこの気持ちは伝わらなくていい。

 大学院時代につるんでバカをやっていた連中は、ダイビングとアウトドアが好きで、よくそれらのために旅行をしていた。しかし僕は大学院の学費を自分で払っていたので一緒に行く金銭的余裕はなく、学生時代に彼らと一緒に旅行に行くことはなかった。

 だが、卒業旅行ぐらいは一緒に行きたいと思い。頑張って費用を捻出し沖縄に一緒に行った。彼らの予定は、前半、アウトドアを楽しみ、後半、ダイビングをする、というものだった。費用に限りのある僕は前半のアウトドアはパスし、途中から参加した。しかも彼らが帰る予定の翌日には僕だけ学会発表を控えていたので、僕は学会の準備のため皆より3日先に帰り沖縄には途中の2泊3日だけするという、特殊な日程だった。彼らは後半はバンバンとダイビングをしたかっただろうが、その3日は僕に行動を合わせてくれた。観光をしたり、僕の拙く、また行動に制限のある体験ダイビングにつきあってくれたりした。僕が早めに帰る時には空港までバカ話をしながら見送りにも来てくれた。
 しかし、それももう過去の事だ。今の彼らとそんな関係性はない。そもそも一緒に旅行に行くなんてこともないだろう。ささいな行き違いと、とんでもない出来事がきっかけだった。あとは僕のひねくれた心と被害妄想も切掛けだったかもしれない。

 彼らのダイビング旅行は社会人になってもGWやお盆の大型連休を利用して続けられていた。僕は社会人2年目になった時、多少は金銭的余裕も出来ていたし、なにより友達の友達の温子という僕の好きな子がダイビング旅行に参加するようになっていたので、下心もあり、社会人2年目のGWに一緒にダイビングに行くことにした。行先はグアムだった。

 因みに温子とのその時点では関係は、僕は告白したものの返事を保留され、しかもヘタレな僕はその後にアタックをかけられていないという微妙な状態だった。が、それはさておき、ダイビング旅行出発の日、皆で成田空港に集合した。
 早めに着いた僕と温子は皆が来るまで一緒にお茶をしていたが、何故か温子は時折、理不尽に不機嫌になり僕にキツめの態度をとっていた。因みにそんな事はこれまでもよくあったが、彼女が他の男性にそんな態度をとっているところを僕は見た事がなかった。
 さて、皆が揃った。空港内の地下鉄を使いながら皆で出発ゲートまで移動する段取りだ。温子はこの時、金木と一緒に行動していたが僕に対する態度とは違い、一緒にお茶をしていた時とは違い満面の笑みで金木と話し込んでいる。不機嫌そうな様子を見せる素振りは一切ない。しかも別に温子は金木に恋愛感情を持っていた訳ではない。というか、旅行中、温子は色々な男と話していたが、僕に見せたような不機嫌そうな態度は他の男には一切みせていなかった。僕はそんな温子の態度にイイ気はしなかったが、まぁ、これは軽いジャブだ。

 話がそれた。温子と金木が楽しく談笑し他の連中と一緒に移動する中、僕はトイレに行きたくなった。金木に
「トイレに寄ってくる。」
と伝え、僕はトイレに行った。トイレから出てくると誰もいなかった。悪戯で陰に潜んでいる様子もない。僕は何人か友達の携帯を鳴らしたがつながらない。皆はその時点で空港内の地下鉄のホームか車内にいたのだ。
 仕方がないので僕は一人で出発ゲートに行くべく、地下鉄のホームに向かった。ホームに着くと電車が止まっていたのでそれに乗り込む。一縷の望みをかけ、電車の先頭車両に行くと、はたして皆はそこにいた。僕はおどけて
「なんだよ、置いていくなよ。」
と言った。皆はゲラゲラと半分面白く、半分苦笑いのような笑いをした。しかし誰からも
「悪かった。」
という旨の言葉は出なかった。僕はここで金木に
「なんだよ、トイレに寄ってくるって言ったじゃん。」
と言った。金木は
「いや、ここで、そこまで一緒に行動する必要はないと思ったから。」
と応えた。
今から思えば金木は温子と話し込んでいて皆を待たせるのを怠ってしまっていたのだろうが、そういこう事を認めたがらないタイプだったのかもしれない。
しかし、これから皆で旅行に行く、一緒に楽しもうという時にだ。蛇足だが途中には携帯の通じない地下鉄での移動も含んでいる。金木の発言に皆、誰も何も言わない。僕は、あぁ、そういう関係性なんだ、と思い、この時点で皆と一緒にバカをやりながら楽しむ気が失せて空しくなってしまった。
 もしトイレの近く或いはせめて携帯の通じる場所で皆が待っていてくれたなら、誰かが僕を置いて行ったことを悪いと言ったなら、金木の発言を誰かが諫めていたなら、金木が詫びていたなら、この時の僕の気持ちは全く違ったものになり旅行を楽しむ気にもなれただろう。その時は明確に意識出来ていなかったが、今になればそう感じていたことが分かる。
そして、僕が旅行を楽しむ気分になれていたなら、今の彼らとの関係性もまた違ったものになっていたのだろうか。

 しかし他にも僕の気を沈ませるような事は他にもあった。泊まったホテルはコンドミニアムで、僕と温子と隆は同じ部屋番号だったが、2人は隠していたが、温子と隆は温子の部屋でSEXをしていた。温子の方から誘ったという。別のベッドルームとはいえ、僕が同じ部屋にいるのにである。しかも温子は付き合い出したばかりの恋人がおり、隆もずっと付き合っている恋人がいる身で、である。隆と温子がSEXをしたことは、旅行の最中に隆を通してその事は僕にバレた訳だが、この時は流石に隆も少し悪びれていた。しかし、僕にバレたあともやはり温子と旅行の最中にSEXをしていたことは状況から推測出来た。

 GWの次のお盆休みの旅行にも僕は惰性で行ったのだが、この時泊まったホテルはビジネスホテル風のホテルで4ベッドの部屋に隆と温子と僕が割う振られたのだが、なんと、初日から、そこでも隆と温子は僕の寝入った隙をみてSEXをしていたのだ。僕が全く同じ部屋にいるというのに。翌日、僕は隆にそのことを指摘し、やめるように言ったが、隆は今度は悪びれることもなく、
「まぁ、バレない訳ないと思ったけどね。」
と言ってのけた。そしてその後も隆と温子のSEXは続いた。

僕は、ほとほと嫌気がさし、一人暮らしを始めたタイミングで、お金が掛かるから、という理由でダイビング旅行に参加するのをやめた。

 話は逸れるが、その後、僕に彼女が出来た。僕は携帯電話の通話料を抑えるためキャリアを彼女と同じにした。当時はかけ放題というプランはなく。ただ、同じキャリアであれば特定の通話相手との通話料金が安くなる、というシステムがあった為だ。因みにMNPもなかったので、電話番号も変わったし、携帯のメールアドレスも変わった。流石に僕は元ダイビング仲間とその周辺にも変更の連絡をメールでした。しかし、僕の連絡先等、気にしない人間が多かったのだろう。僕は音信普通の人間になっていた。一部、僕から何等かの用があり、連絡を取った者以外、僕の連絡先は皆、知らずにいただろう。その時点では、もうそんな事は、それほど気にならなくなってしまっていた。

 そんな中、ひょんな事から元ダイビング仲間の坂原の結婚式の2次会に出ることになった。坂原にはそれほど悪感情を持っていなかったので、やぶさかではなかった。2次会には元ダイビング仲間以外の学生時代の友人もおり、僕はそこそこ楽しい時間を過ごした。学生時代から大分と時が流れているので学生時代とは(普通の意味で)違った関係性だったが、悪くはなかった。
 2次会が終わり、帰えることとなった。途中、僕だけ皆と違う道を進む分岐点に着いた。僕は、
「それじゃ、俺、こっちだから。」
と言って帰りかけた時、隆が
「阿部川、今生の別れだな!!」
と言ってきた。別に今後会う事がない理由はない。意訳すれば「もう、会うつもりはない。」という事だろう。周りも隆を諫めもしないし、何も言わない。僕はそれを沈黙による隆への追従だと受け取ることにした。「ふーん。」という顔をして、僕は何も言わず立ち去った。僕の中の何かが決定的に終わった気がした。

 その後、本当に彼らと連絡を取ったり会ったりしたこともない。
そんな事があった事も、彼らの事も忘れて気に掛けず生きていくのが賢い生き方なのかもしれない。でも、僕にはそれは出来ない。あんな出来事であっても、僕の中では大学院時代に友達と楽しく過ごした思い出とセットになってしまっているのだから。だから、この出来事は思い出したくはないが、同時に忘れる事も出来ないし、したくないのかもしれない。
それに大学院時代に「友達」とバカをやったのは本当に楽しく良い思い出で、彼らと縁が切れた事に少しは思うこともある。あんな事がなければ、「今でも一緒にバカをやっていたかった。」、「お互いの成長した姿を見て時には真面目に語らいたかった。」、「ダイビング旅行が違う、卒業旅行のような雰囲気になっていれば。」、「温子と一緒にダイビングを『楽しみ』たかった。」、「そもそもダイビングに行かなきゃ良かったのかも。」、「彼らの大切な友人でありたかった。」・・・
一言で言えば「切ない」ということかもしれない。だがこの切なさを抱えて僕は生きていくのだろう。

もう今となっては、彼らと、どうにかなりたい訳ではない。それは無理な話だ。だから、この気持ちは伝わらなくて良い。

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