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小説『僕の恋物語』

これは、僕の恋の物語。
ほんのりと少しだけ甘酸っぱくて、あとは、たっぷりと苦い苦い、ストーキングまでした恋の物語。

高校時代の話である。僕の通っていた高校は中堅進学校。その高校ので、僕に好きな娘が出来た。
その娘は決して美人というタイプではなかったが、少しポッチャリだけど愛嬌のある顔をして黒縁の眼鏡をしていた(因みに僕は黒縁の眼鏡が好きだ)。一目惚れとまではいかなかったが、一目で「良い」とは思った。周りに
「あの娘良いよね。」と結構言ったが同意は得られなかった。そこが、また僕の琴線に触れた。誤解を恐れず言えば、【僕だけの娘】と思えて、気が付いたら高校に入学して一ヶ月も掛からず好きになっていた。

周りに
「あの子良いよね。」
と、言っていた言葉が自然に、
「あの娘が好きだ」
と言う言葉に変わっていた。

申し遅れたが、僕の名前は阿部川、彼女の名前は水無(みな)ちゃん。呼びやすい名前なのと、中村というよくある苗字(実際に同じ苗字の女の子が同学年にいた)であった事によって、水無ちゃんと名前で呼ばれていた。
周りに僕が
「水無ちゃんが好きだ。」
と言っていたため、彼女も僕の事を意識していたと思う。悪い手応えではなかった。
まぁ、自慢ではないが、僕は決して美男子ではなかったが、外見だけで異性が敬遠するような醜男でもなかった。いわゆるフツメンだったろう。陸上部に入っていたおかげで、(辛うじて)学年で一番足が速かったし、筋トレも高校に入る前の春休みから本格的に始めていたため、線は細いけど筋肉質という好きな人は好きな体系だった。勉強も、普段は成績が悪かったが、やれば出来る感を出していた(どんな感だ)。
決してモテるタイプではなかったが、人によっては好きと思われていることを知っても、悪い気がしないタイプではあったとは思う。水無ちゃんも悪い気はしていなさそうだった。そのため、高校一年の一学期も終わる頃には、僕と水無ちゃんは結構良い雰囲気になっていた。

ただし、僕には恋愛に関してトラウマがあった。中学の時にも好きな娘はいた。彼女の名前は百合ちゃん。
僕が百合ちゃんの事を好きだという噂は学年中に広まっていた。実を言えば、そうする事によって百合ちゃんが僕を意識するのではないかと思い、「百合ちゃんが好きだ」と自ら言いまわっていた、しかも百合ちゃんは学年のマドンナ的な娘で、しかもマンガに出てくるような性格が悪かったり、美人ゆえに高慢だったりするタイプでなく性格も良くおしとやかなタイプで、はっきり言って僕とは不釣り合いだった事もあり噂は広がった。
しかし、百合ちゃんには他に好きな人がいた。僕が彼女を好きだという噂が広まっていることに迷惑に感じるとまではいかなくても困惑はしていた。僕は途中で百合ちゃんの事を諦めて(好きではあったが)、このまま何もせず、中学を卒業して別々の高校に進んで、彼女にとってこの事が、いずれ、ほろ苦くも笑える思い出話になってくれればそれで良いと思っていた。
しかし、中三の修学旅行の時の話だ。同じ班に組んだ、それまで仲の良い女友達と思ってしかいなかった幸子から、
「私は阿部川の事が好き。でも阿部川が百合ちゃんの事を好きなのは知っているから諦める。でも、その代わりに、お膳立てをするから、ちゃんと百合ちゃんに告白して。」
と言われた。僕を好きだと言う、しかも仲の良い娘からそんな事を言われれば、告白しない訳にはいかない。
・・・まぁ、結果は勿論振られた訳だが、百合ちゃんに
「阿部川君の気持ちは良くしっているけどゴメンね。」
と泣きながら、言われた。
思い返せば、彼女は周りが僕が百合ちゃんの事を好きな事をはやし立てる度に困った顔をしていた。僕は振られた事よりも、彼女が僕を振るのに泣いてしまうまで、困惑というか、困ったというかそんな感情を抱いていた事にショックを感じた。これが僕の恋愛に関するトラウマとなった。

話は高校時代に戻る。僕と水無ちゃんの話だ。
水無ちゃんも僕も人とあまり話すタイプではなかったが、高一の二学期になる頃には、その二人にしてはそこそこ話をしていたと思う。水無ちゃんは自ら話すよりも聞き上手なタイプだったが、話下手な僕は上手く会話を盛り上げる事も出来ず、でも彼女は嫌な顔を一つもせず僕の話に付き合ってくれた。多分、この時期に告白すれば付き合う事が出来ただろう。しかし、臆病な僕は告白出来ずにいた。

さて、高一も三学期になると、高二で理系系統の科目を選択するか、文系系統の科目を選択するかの軽い進路分けがある。僕も水無ちゃんも理系選択なのは決まっていた。ただ、理系選択とはいっても社会科目は取らずにいけなかった。メイン(?)の社会科目(日本史/世界史)は、水無ちゃんも僕も世界史選択で共通していた。ただ、僕はサブ(?)の社会科目(倫理/政治・経済)を倫理選択で進路選択用紙を出すか、政治・経済選択で進路選択用紙を出すかで迷っていた。今からすると、どうでも良い選択だ。少なくともその時の水無ちゃんの行動を思えば。
水無ちゃんが僕の動向を伺い、僕が選択するサブの社会科目と同じ選択をして、同じクラスになりたがっていたのを知ったのは高校を卒業して何年もしても話だ。なのに僕はその時、どうでも良い選択に悩み、結局、時間切れで出した進路選択用紙に書かれた社会科目は僕が倫理で水無ちゃんが政治・経済だった。当然、水無ちゃんとは高二で別々のクラスになる。
別々のクラスになるのかぁ、と実は自業自得なのに僕は残念がっていた。そんな高一の三学期の部活帰り、演劇部の練習が終わった水無ちゃん達演劇部の人たちと、陸上部の練習が終わった僕たちが帰り際にすれ違いそうになった。僕が水無ちゃんの事を好きな事は知れ渡っていたので、周りは当然囃し立てる。高二になれば別々のクラスだ、告白までいかなくても、一緒に帰ろうとか何かアクションを起こすには絶好のチャンスだった。しかし、ここで僕は中学の時のトラウマを思い出し、何も行動を取れなかった。それどころか、決して嫌な表情をしていなかった水無ちゃんから、顔を背けて一人足早に帰っていってしまった。水無ちゃんは呆気に取られたような、失望したような、落胆したような、或いは軽蔑までしたような表情を浮かべていた。
今、思えばこれが決定打になって、水無ちゃんは僕に恋愛感情を(恐らく持っていたが)、持たなくなったのだ。

しかし、僕の方は彼女のそんな気持ちも知らずに、相変わらず水無ちゃんの事が好きだった。何のアクションも起こせないまま。二人のコミュニケーションも減ったけど、別々のクラスになっちゃって顔を合わす機会も減ったし、位に思って、恥ずかしながら水無ちゃんも僕の事をまだ憎からず思っているだろうと思っていた。

さて話は飛び、高校三年生の二学期。中堅進学校のうちの高校は、難関進学校みたいに三年生になれば殆ど授業が無くなる、という事はなく普通に授業はあったが、皆、受験勉強を熱心にしていた。看護師を目指していた水無ちゃんは進学に際して親に負担を掛けたくないという理由で、防衛医大の看護学部を志望していた。結構難関である。一方、僕は自分の偏差値に見合った国立でも、国立がダメなら私立でも、それなりの大学に行ければ良いや、という気楽な身分であった。
しかし、受験となると当然その前に卒業な訳で、このまま卒業してしまえば、水無ちゃんと付き合うことは無理だろうと流石の僕も思った。しかも中堅と言えども一応は進学校。三学期になれば授業はなくなり、皆、それぞれに、それぞれの場所で受験勉強をする事になる。つまり、二学期が終われば水無ちゃんとは卒業式まで会うことはなくなってしまうであろう、という事だ。

二学期にある学校イベントと言えば文化祭。三年生は別に出なくても良かったが、しかしこの文化祭で僕と水無ちゃんはバッタリと会った。
受験に対して気楽な気分でいた僕は、家から高校が近かった事もあってなんとなく顔を出した。一方、水無ちゃんは演劇部の後輩の応援に来ていた。
流石の僕もこれが、最後のチャンスだと思い、告白する決心をした。水無ちゃんに
「ちょっと、良い?」
と言い、人気の少ないところに連れて行って告白した。凡庸な告白の言葉だったので内容までは覚えていない。それに対して水無ちゃんは、
「私は親に負担を掛けずに看護師になりたいの。その為に必死に努力して防衛医大に行きたい。私、恋愛をするとのめり込んじゃうタイプだから、看護師になるまでは勉強に専念したいから付き合えない。」
と言った。本当は僕に愛想を尽かしていながら、気を遣ってくれていたのだけど、当時の僕は、「なら水無ちゃんが看護師試験を合格するまで待とう。」と考えた。馬鹿な考えだ。

そして時は経ち、僕も水無ちゃんも現役で進学し、僕は大学四年生になっていた。更に僕は、大学院にも進学した。大学四年の間に、他の友達は彼女が出来たり、別れたり、二股掛けたり、掛けられたり、なんて恋愛も謳歌していた。しかし僕は何となく良い娘だなと思う娘がいても恋愛が出来なかった。今から思えばとても恥ずかしい話、水無ちゃんが看護師になるのを待っていたのだ。

大学院に進学した僕は、無事に看護師になっているであろう水無ちゃんに愚かにも何の策もないまま再び告白しようとした。いや、僕なりの愚策はあった。大学の間に演劇を観るのが好きになった僕は、水無ちゃんが演劇部だったのを思い出し、一緒に芝居を観に行こうと誘うという、策でも何でもないものを頼りにデートに誘おうと思っていた。
水無ちゃんの実家に電話したら、無防備にも彼女の母親は水無ちゃんの携帯電話の電話番号を教えてくれた。僕は、これ幸いと何度か携帯に電話し、留守電にも「一緒に観劇に行きたい」という旨の留守電を残したが、当然、彼女は電話に出ず、折り返しの電話も無かった。僕は何度も電話した。僕はこれが、いわゆるストーキング行為である事を自覚していたが、それでも自分の行動を止められずにいた。正直、四年以上も会わなければ、恋愛感情もなくなっていたのだろう。でも、他の皆みたいに恋愛を謳歌出来ずにいたのは、水無ちゃんの事が忘れられなかったからでもある。はっきり言おう。僕は彼女に「彼女が看護師試験を通過すれば、付き合うチャンスはある」なんて、そんな未練も持てないようにキッパリと振られたかったのだ。水無ちゃんが看護師になれば付き合えるなんて考えを通り越して妄想とも言って良いこの想いをキッパリと絶って欲しかったのだ。そうしなきゃ、恋愛に関して前に進めない、と考えていた。

何度目かの電話に出たのは男の人の声だった。家族なのか友達なのか、或いは彼氏だったのかは知らない。ただ、その男の人は、
「水無は迷惑しているんですけど。」
と言った。僕は、
「水無さんに『済みません』と伝えて下さい。」
と言って電話を切った。

これが僕のストーキングまでした苦い苦い恋の物語である。

この後に僕は「普通に」恋愛し、彼女も出来た。
しかし、家から近い、その卒業した高校の前を通る度に、いまでも高一の部活帰りの時の、あの、水無ちゃんの呆気に取られたような、失望したような、落胆したような、或いは軽蔑までしていたような表情を今でも鮮明に思い出す。  

#恋愛 #青春 #小説

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