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3月11日と小説『日本沈没』


1. 3月11日

3月11日。
その日付が出てきたとき、脈が一気に早くなった。小説『日本沈没』(小松左京著、1973年刊行)を読んだときのことである。

小説では、「日本消滅の日せまる」というニュースが全世界に流れたのが、3月11日という設定になっている。3月11日に、アメリカ測地学会が「アトランティス大陸伝説」になぞらえて緊急談話を発表し、同日パリのAFP通信が全世界に向けて報道した。

実際には時差の関係で日本では3月12日である。しかし、これらの報道を受けて、同日、日本の緒形総理大臣が臨時国会において重大演説を行ったのだが、その真っ最中に富士山が大噴火を起こし、この日が日本列島崩壊の序曲となった。

単なる偶然に過ぎないが、地震をテーマとする日本を代表するSF小説でもこの日がターニングポイントとして描かれているのは、因果めいたものを感じる。
(ご参考までに、COVID-19パンデミックが宣言されたのも、2020年3月11日である)

私は危機管理を専門としているが、「日本を、国際社会を、危機に強い平和な社会にすること」が自身の為すべきことであると意識したのが、2011年3月11日に発生した東日本大震災である。

親戚が宮城県の沿岸部に多く住んでいたため、震災直後は、東北道開通と同時に、非常食と生活用品、現金を詰め込んだ100Lのリュックを背負い、数個の段ボールを引きずって、被災地入りした。親戚のいる避難所を目指して津波が去った後の真っ黒なヘドロの中を歩いたことは、国の危機管理を志す上で、一つの忘れがたい記憶となっている。

2. 社会の弾性力 〜戦争とそれ以外の危機〜

『日本沈没』の描写で、もう一つ興味深い記述がある。

日本沈没までの過程で地震が頻発する中、第二次関東大震災が起こる。それによる甚大な被害を受けた日本に対し、「あの戦争のあとのように、この災厄によって、社会の弾性力を取りもどすかもしれない」という楽観的な見方を示す者に対し、ある者が「戦争と地震はちがうからな」と言う。

敗戦は、明治以前から日本が抱えていた古い社会構造をふっとばすという幸運ももたらしたが、地震はそれを増悪させるのだ、という。地震は、社会構造や、国家シンボルの変革などを引き起こさないため、従来の社会が抱える様々な矛盾が、社会に吸収されずに一層激しく表出するというのである。

戦争という危機と、それ以外の国家的危機の違いは、こういった点にあるのだろうか。

新型コロナ危機の場合は、社会の格差を増大する方向に働いているという。

2021年11月16日付の日経新聞「所得階層間で異なる影響 コロナ下の格差拡大」という記事は、以下のように述べている。

コロナ期(20年)に年収を減少させたのは主に低中所得層だ。ジニ係数は0.346から0.351へと若干上昇している。

所得階層間で異なる影響 コロナ下の格差拡大(日本経済新聞、2021年11月16日)

また、NIRA総合研究所は、「コロナショックが加速させる格差拡大〜所得格差とデジタル格差の「負の連鎖」〜」という調査で、以下のように述べている。

コロナ感染症対策により就業が困難となった業種や職種に負の影響が集中しており、所得の低い層ほど経済的な打撃が大きい。

また、今回の新型コロナウイルス感染症は、経済的な不況にとどまらず、技術革新の波を一気に引き起こし、一段の格差拡大につながるおそれがある。その背景には、テレワークの利用が所得格差に連動していることがある。すなわち、所得の高い人や大企業はテレワークや業務のデジタル化を積極的に進めており、今後生産性を伸ばすものとみられる一方で、所得の低い層や中小企業ではデジタル化の波に乗れていない。

コロナショックが加速させる格差拡大〜所得格差とデジタル格差の「負の連鎖」〜(2020年9月15日)

もしかすると、戦争以外の国家的危機の中でも、結果的に社会の弾性力の回復に寄与するものもあれば(『危機の力』という論考で紹介した「創造的破壊」や「不死鳥効果」と呼ばれるもの)、社会の矛盾を増悪させるものもあるのかもしれない。

いずれにしても、性質の異なる危機が各々どのように社会的影響を生じさせるのかについて理解を深めることは、国の危機管理政策を考える上で、有用だろう。

(※パンデミック最中の2021年11月に執筆した論考を2024年3月に掲載しています。)

以上

小説『日本沈没』・ドラマ『日本沈没』に着想を得た論考は、以下もご覧ください。


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