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そら 空 ソラ

 初夏の風が気持ち良い。そう思いながらカケルは午後のキャンパスをぼんやりと歩いている。

 急な休講でぽっかり空いた時間を持て余しているのだった。

 おもむろに、晴れ渡った空を見る。そう言えばどうしているのかな、と初恋の女の子の事を考えたりする。

 すると、雲一つない青空の中に一点、弾かれた水滴のように何かが現れた。最初は鳥かと思ったが徐々に加速して自分の方に落ちてくるではないか。

 カケルは咄嗟に避けようとしたが、その物体はカケルの避ける方に落下してきた。

「うわっ!」

 目を瞑って頭を庇うようにしたカケルにそれが直撃…

 …しそうになった所で、誰かがその物体をキャッチしていた。

 麻のズタ袋を着て腰紐をし、獣の毛皮を半纏のようにひっかけている。身長はカケルよりも低いがガッチリした体型。長髪を引っ詰めてお団子にして、顔には髭がびっしり生えている。

 どうやらカケル以外の人間にはその姿が見えていないらしいその人は、黒澤映画の三船敏郎に似ていたので、カケルはその人のことを「ミフネさん」と呼んでいる。

 ミフネさんはいつもどこからともなく現れてカケルのピンチを救ってくれるのだ。

 今も、カケルにぶつかりそうになった謎の物体から守ってくれた。

「ミフネさん!?」

 ミフネさんが手を開くとそれはお茶の空き缶だった。

「お茶!? あっぶ、危ね! どうしてこんなものが落ちてくるんだよ…ミフネさん、ありがとう」

 珍しくミフネさんの身体からほのかな石鹸の香りが漂っていた。顔には傷痕が出来ていたし、毛皮の中に、白と黒が混じった長い毛、白い毛、黒い羽が付着していた。

 ミフネさんに何かあったのかもしれないとは思ったが、カケルはまだそれを聞く手段を持っておらず、少し寂しい気持ちがした。

 カケルは最近、明らかに自分の味方である人と共通言語を持たない事の歯痒さ、寂しさを感じていた。

 去年、カケルは猟奇殺人鬼から同じ大学の学生を救ったのだが、その時もミフネさんに聞きたい事が沢山あったにも関わらず結局何も聞けていない。


「だいじょーぶでしたかー」

 頭上から女性の声がした。

 声のした方を見上げると大学の事務局が入っている6階建の建物の屋上に人が立っていた。

 屋上に人が立っている事自体は何もおかしくないはずなのにカケルには違和感があった。

 すぐにその違和感の正体がわかった。女性の立っている場所だ。女性は屋上の柵の外にいて、一歩踏み出せばそのまま落下してしまう場所にいる。つまり、危険な場所に立っているのだ。

「あ、あの、そちらこそ大丈夫ですかー」カケルは問いかけた。

「こっちはだいじょーぶじゃないけど、今はだいじょーぶでーす」女性が答えた。

 カケルが言葉に詰まっていると、また女性が話しかけてきた。

「あのー、さっきー、ここにあったお茶の空き缶を蹴って落としてしまって…歩いてるあなたにぶつかったように見えたので…ごめんなさい」

 犯人はおまえか! とカケルは思ったけれど、その犯人がどう見てもピンチの状況なので怒るわけにもいかない。

「いやこっちは大丈夫でしたよ。それよりそちらはそこで何をしてるんです?」カケルがまた問いかけると女性は躊躇した後、答えた。

「ちょっと死んじゃおうと思って…」


 そこからの展開は早い。カケルが慌てて屋上に駆けつけると、いつのまにかミフネさんが女性の側にいて身体を抑えていた(もちろん女性にはミフネさんが見えていない)。カケルは動けなくなった女性に話しかけながら少しずつ近づき、ついには抱えあげて柵の内側へ立たせた。

 女性は何が起こったのかわからない様子だったが、脚がすくんで動けなくなったということで納得したみたいだった。

 女性はカケルの大学の事務員だった。話を聞くと、コンテストに応募した楽曲が落選したショックで突発的に屋上から飛び降りようとした、ということのようだった。

「わたしなんて生きてても良い事なんかないんです。死んだ方がいいんです」と先程からずっと泣いている。

 カケルは、辟易していた。なんて声をかけていいか分からないでいた。

 するとミフネさんが首飾りを外し、その女性に向けた。貝殻や獣の牙、丸い石のようなものがシャンシャンと音を立てた。


「…わたし…仕事に戻ります!」

 急に女性の声に力がこもったかと思うと踵を返して行ってしまった。


「え?! ナニ?! なんなの?」

 その場に残されたカケルとミフネさん。

 呆気に取られてるカケルをよそに、ミフネさんはさっき女性が立っていた場所へ行き、もう一本あったお茶の空き缶を回収した。

「何でそんな所に空き缶があるんだよ」

 ミフネさんに聞きたい事が増えていく。

 無闇に人を助けるのは本当に良い事なのだろうか、というのもその一つだ。


 でもまぁいいや。とカケルは思う。

 ミフネさんといる時にこういう事が起きるのには何か訳があるのだろう。

 そういう事にしておこう。

 やっぱり初夏の風は気持ち良いなと空を見上げると、さっきよりもソラが近づいた気がしたカケルだった。


🐻 🐻 🐻 🐻 🐻 🐻 🐻 🐻 🐻 🐻

 これは穂音(ほのん)さんが書いてくれた、「ミズ・ミステリオーザ #ミフネさんスピンオフ 」が無ければ生まれていない物語です。

ほのラジ

(穂音(ほのん)さんとのユニット名(?))第三弾です♪

 楽しんで頂けると幸甚です。


 穂音(ほのん)さん、ありがとごじゃいます^ ^


 


 


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