いつまで兼任しますか?結果を求めるなら専任する必要があります
時は遡り、1956年6月24日、当時、阪神の選手兼任監督の藤村富美男が「代打、わし」と審判員に告げ、サヨナラ満塁本塁打を打ちました。
そして、時は流れ、2006年7月4日対広島戦、8回表のヤクルトの攻撃で、選手兼任監督の古田敦也が「代打、俺」でバッターボックスに立ちました。結果は、ショートゴロ。
しかし、翌日には再び「代打、俺」で打席に立ち、ツーベースヒットを放ちました。
さて、2006年の古田氏の選手兼任監督は、野村克也が、南海ホークスで1969年から1977年まで選手兼任監督をした以来、29年ぶりの選手兼任監督の登場となり、大きな話題なりました。
しかし、残念ながら、古田氏の選手兼任監督は、2006年から、わずか2年でした。
色々な理由が言われています。その一つに、野球では、従来の完投型から分業制が敷かれるなど、一つひとつの技術が高度化していることが挙げられています。
更に、野村選手兼任監督の時代には、ドン・ブレイザーがヘッドコーチとて
裏方で支えていたことも、野村監督が長らく選手兼任監督として活躍できた理由だとも言われてます。
このように、時代と共に情報や技術が高度化し、兼任が難しくなってきているのは、野球やスポーツだけではありません。
既にお分かりように、近年、企業間の競争が激しくなり、足元と数年先の両方を見ながら経営する難しさが増しています。そのため、経営者業と実務を兼任することは困難になっていると言えます。
あなたは、専任で経営者業をしていますか?
多くの中小企業の経営者は、他の業務と兼任をされているのではないでしょうか?しかし、先ほども指摘させて頂いたように、経営者業と実務を兼務できるほど、近年の経営は簡単でありません。
だからこそ、経営者業の専任となることを考えて下さい。
結果を残したいのなら、今後は、あなたが経営者業に専任できるように、「衆知を集めた全員経営」が必要なのです。
「衆知を集めた全員経営」は、経営の神様である松下幸之助の言葉。
是非、経営で結果を残したいのなら、この「衆知を集めた全員経営」を目指し、経営者業以外は、社員にお任せできる体制を築いて下さい。
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