見出し画像

世界の美しさと残酷さの巻

2022.09.23

思い出として、私自身として、記憶にとどめておきたいと思ったから、ここに残そうと思う。

これから書き殴ることは、夢の中であり、現実である。



肌寒い日々も終わり、桜が咲いて、日本全体が明るい雰囲気に包まれていた。外へ出かけると、春の匂いがして、新しいスタートとして区切るかのように前向きな気持ちになる、そんな時期だったと思う。


学校へ到着して、教室へ向かうために階段を上ると、新しい人が数人いる。その中に彼はいた。特別身長が高いわけでもない、少し高めな平凡な男性だった。私は何も気に留めなかった。この人達と一緒に1年間勉強するのか~と思った程度で、それ以上でもそれ以下でもなかった。

その彼とは春に慣れ始めた頃から連絡をとるようになった。きっかけは文献の貸し借り。対面ではあまり喋ったことはなかったものの、テキストでのやり取りはとてもスムーズで心地の良いものだった。それをきっかけに私は波長の合う人を学校で会うことができたのだと思うようになり、とても嬉しかった。

その時、私は1年半付き合っている彼氏がいて、その彼氏とは順調で、特にこれといった不満もあまりなく、安定していた。しかし、その彼と出会ったことは、その彼氏との関係性の破綻、私の自己理解、価値観の変化へ繋がるもので、私にとってとても大きな出会いとなった。

省略するが、やり取りを始めた数か月後にはその彼のことを恋愛対象として見ていて、恋愛感情を抱き、彼氏として付き合うことになった。
彼と喋る時間は、心地が良くて、飽きなくて、楽しかった。今でも変わらずそう。

彼は、私にとって、これまでになく波長の合う相手であった。話していて心の底から楽しいと思うことができる相手だ。

彼との間にしか生まれない心地良さは、私を幸福感に包んだ。以心伝心という四字熟語がぴったり当てはまる相手である。

性欲を超越した、人間同士の惹かれ合いというものを、彼氏という存在に抱いたのは初めてのことであり、彼の全てが愛おしくて、気づいたら愛しているという感情が湧き上がっていた。

しかし、そんな相手とのセックスは史上最悪だった。不快感、違和感しかないセックスだった。性欲が湧かない相手に身体を触れられているような感覚で、私の身体に触れる彼の指が、人間の身体ではなく、ただのモノとしてしか感じられなかった。

「私たちには欠落したものがある」

あまりにもショックだった。そのセックスの不快感は、彼のテクニック不足といえるような次元ではなく、もうどうにもできない、世界のコントロールできない領域のことだとすぐにわかった。どうにもできない、この世界の理不尽。

この時に私たちの恋愛としての関係性は破綻したのだと思う。そのセックスをきっかけに私たちの仲はヒビが入り始めた。

—————////——////——-///—————-

そこで、そのセックスをきっかけに壊れた私自身について少し、書きなぐっていく。これは私の核であり、私の影である。私は幼少期からアトピーであり、身体に対して人一倍のコンプレックスを持っている。服を脱いで裸で行うセックスは私にとってコンプレックスと対峙する苦しいものだった。セックスをするたびに、裸を見られないように努力をすることにエネルギーを注いで徹底していた。肌が触れ合うセックスが怖くて仕方ない。
私の裸を見られたら、この世の終わりを示すと思っている。そのくらい強い複雑なコンプレックスを抱えている。つまり、性とコンプレックスが結びついているのである。

その性とコンプレックスを繋ぐセックスができないということは、私の影に非常に強い栄養を与えるものとなった。私の影はどんどん大きく育った。その肥大化を止めることはできず、私のコントロール不能の域にまで達していた。
そして、ついにその影は私が愛している彼を飲み込もうとした。彼は飲み込まれることに気が付いて、自らちゃんと飲み込まれないために避難した。この避難というものは私と彼との恋愛関係を解消したという意味である。

————-////————-////————////—-

私は愛する人を殺しかけた。これを知った時はどうしようもなく苦しくて、自分を許せなかった。加えて、私の恋愛観とセックス観は全て崩れた。これまで信じていた宗教が抜け落ちたようであった。

ここから私の影について向き合うことが始まった。そして、セックスについての探求が始まった。

これまでの私にとってセックスの意味合いはどんなもの?セックスと愛情はどう切り離すことができるのだろうか?私が求めているセックスはなに?私が求めているものはなに?次々に疑問が浮かぶ。

彼とは恋愛関係は解消したが、友人関係として関わり合っている。この彼との別れを経験して、彼に対する愛がさらに深まったような気がした。関係性に縛られない愛。どこにも分類できない好意と愛。どこにいても、どんな関係性でも、彼のことを愛していると心から思うことができるようになった。嫉妬や執着、独占欲といったエゴから解放されたような感覚。愛はエゴから解放されるものだと知った。

この先、私は彼と恋愛関係になることはもうないことを知っている。彼が再び私にしつこく言い寄ってきたとしても。私がどんなに言い寄っても。

どんなに愛していても、どんなに性欲を抱いても、恋愛関係になることはない。言い切れる。それは私が彼のことを愛しているからこそわかるものなのかもしれない。

「私たちはお互いがお互いを良くも悪くも伝わるから、それを踏まえた行動をとると思う。でも、心は繋がっている。心が繋がっているからこそ、仲良くできる」

彼との出会いは、この世の美しさと残酷さを痛感するものである。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?