第9章 空に浮かぶピアノ


深淵からの投影

女帝ヴァイオレットと、そのお付きは、綺麗なお城へと案内されていた。

城に入ると、美しい女性が出迎えた。
高い身長、揺らめく髪や衣服から、人間でないことが分かるが、それを覗けば人間とほぼ変わりない。

「旅のお方、さぞお疲れでしょう。
ごゆっくりしてくださいね」

一同は、妖精の城で接待を受けることとなった。

ヴァイオレットは、日の光が差し込む明るい外廊下を、妖精の女性と歩いていた。

「それにしても、魔界へやって来た人間を助けた妖精の話も聞きますが、まさか本当に助けることが出来る日が来るとは……!!」

女性が感激したように言うと、ヴァイオレットが不思議そうに尋ねた。

「他にも、人間がいるのですか?」

女性は言った。
「本当にごく少数です。
まれに、迷いこむ人がいるのです。
人間界に行ったことがない妖精が多数ですので、この世界で人間はとても珍しい存在です。
まさか、この目で実物を見ることが出来るだなんて……!!」

ヴァイオレットは微笑むと、耳をそばだてた。

先ほどから、庭に面したこの外廊下に、ハープの音が聞こえてきているのだ。

庭で、ジャスミンがぼうっとしながら、それを聴いている姿が見える。

ハープの音の連なりは、ヴァイオレットにはきちんとした旋律に聞こえなかった。
つまり、メロディのある曲として、認知出来なかったのだ。

ヴァイオレットは、ジャスミンを遠目に見ながら言った。
「彼女には、きっと美しい音楽に聴こえているのでしょうね。

私達、魔族は、魔法を行使する度に音楽の感性を失っていきます。

魔法物理学は、通常の人間の感性では、扱いきれないのです」

それから、女性を見て尋ねた。
「あなた方魔物も、音楽を認識出来ないはず。
なぜ、ハープを弾くのですか?」

女性は、何かを目で追うような仕草をしながら言った。
「私達は、音の羅列をメロディとして耳で感じるのではなく、色で感じるのです。

共感覚という言葉を聞いたことがあると思います。

人間にはまれに、音が色をもって聞こえたりする人がいるようですね。

私達は、音ではなく、その羅列、メロディが色として見えます。

人間のように、゛共゛感覚ではないため、耳からのメロディは理解出来ませんが。。

そして、妖精の中には、色だけでなく形も感じる者や、希に、感じるだけでなく実際に見える者も希にいます。

私達は、その色や形を楽しむ為に音楽を奏でるのです」

ヴァイオレットは、女性の様子を見て言った。
「あなたも、今実際に見えているのですね」

「はい」と言うと、女性はヴァイオレットを見て沁々とした表情で言った。

「人間にとっては、色を感じるとは不思議な感覚かもしれませんが、私達にとっては耳で聞くメロディの方が不思議で未知の存在です」

ヴァイオレットは、外に見える美しい景色の中に響く音色を感じて、微笑んだ。

それから尋ねた。
「庭を妹と探索してよろしいでしょうか?」

女性は優しく言った。
「もちろんです」

***

「ちょうちょ!見てちょうちょ!」
庭でジュリエッタが興奮気味に指さした。

光の粉で軌道を描きながら飛ぶ蝶は、人間界には決して無いであろう不思議で綺麗な生き物だった。

「ちょうちょだね」
ヴァイオレットは、微笑ましげに言った。

暫く見ていると、
「見て見てー!!」
と、ジュリエッタが何かを手に持ち、走ってきた。

それは、小さな小さな妖精であった。

幼子の加減の知らない手でぎゅっと捕まれて苦しそうにしている。

「放してあげてね。
妖精さん苦しいよ」
ヴァイオレットが言うと、ジュリエッタは手をパッと放し、妖精がおちていく。

それをさっと救い取ると、ヴァイオレットは手に乗せた。

妖精は、彼女の掌で、羽を下げて、息を整えていた。

興味深そうに覗くジュリエッタに、ヴァイオレットは言った。
「ごめんなさい、だよ」

「ごめん、、、さい!!」

ジュリエッタが言うと、ヴァイオレットも申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさい、妖精さん」

妖精は息を整えて言った。
「謝ってくれたならいいのよ。
気をつけてね」

それから続けて言った。
「あなた達は、人間?
北からやってくる無の壁のことは知ってるわね?
私達が、運び屋の元へ案内してあげるように仰せつかったわ。

彼らは、この綺麗な妖精の世界にあることを疑うくらいに見た目は怖いけど、基本的には良心的よ。

でも、ここの住人は、逃げるつもりはないの。
空間と共に侵食されることを待つのみ。

そういう妖精も、まれにいる。

私は逃げるつもりよ。
一晩停まったら、一緒に行きましょう」

「感謝しますわ」
と言ってから、ヴァイオレットは尋ねた。
「なぜ、この城の住人は逃げないの?」

妖精は言った。
「侵食されれば、遥か上空の天国に行けると信じてるの。
そこには、神が操る秘少石があると言われている。
でも、ずっと南の果てにあると考えてる者もいる。

どちらも、何の根拠もないわ。

移動出来ない魔物もいるでしょう?
そうした魔物を見捨てられない者達が、希望を持ちたいが為に考えた幻想が、いつの間にか信仰されてしまったの。

逃げることが出来る魔物も、また幻想を抱いているの。
逃げた先に、何か希望があるに違いないとね」

「天国、、、実在するの?
人間界では、神話にしか登場しないわ」

ヴァイオレットが不思議そうに尋ねると、妖精は頷いて言った。

「この世界では、たまに、神様からの使いが来るから本当に、実在するわ」

それから、妖精は更にこう続けた。
「天国は、遥か高くに存在することを信じる者がいて、それにはきちんとした根拠がある。
天の使いが、上空からやって来るから。

けれど、いくら魔法でも、天国があるとされるほどに高く飛ぶことは出来ないの。
天の使い、ペガサスを除いてね。
天使は一方通行だけれど、ペガサスだけは地に降りてもまた天に戻っていくのよ」

ヴァイオレットは首を傾げて言った。
「ペガサスなら、私が即位する際に人間界に来ましたよ」

妖精は、とても驚いたように言った。
「それはとても珍しいことよ。
ペガサスは、人間以上に希少なの」

***

ジャスミンは、庭の美しい池に腰を下ろし、人魚と話していた。

「時間を遡る魔法は存在しない。
つまり、命を蘇らせることは出来ないの」
人魚は、ハープを奏でながらそう言った。

ジャスミンが消え入りそうな声で言った。
「時間を遡るだけが、蘇らせる方法ではないですよね。
何か、方法があるはず」

人魚は、言った。
「あなたは、滴が池におちて、混ざりあってしまったとき、時間を戻さずにその滴を再現出来る?
全く同じ形と成分の滴を作ったとしても、別物なの。
それほどまでに、生き物の1個体というのは唯一無二の存在なの」

それから、人魚はそっと気遣うように聞いた。
「誰か、生きかえらせたい人物でもいるの?
あなたの、幼なじみ?」

「ち、ちがう、、、
只の同輩です。
あんな横暴な人、どうだって、、、いい」
ジャスミンは、震えながらそう言うと、逃げるように走り去った。

それから、足早に歩いていると、花を手にしたジュリエッタが、目の前に現れた。

ジャスミンは彼女が怖かった。
一瞬顔を強張らせたが、幼い皇女の前で膝をつき、姿勢を低くして頭を垂れた。

ジュリエッタは、両手に持った花を真っ直ぐにジャスミンに向けた。

「おはな、どうぞ!!」
という一言を添えて。

恐る恐る顔を上げると、ジュリエッタはニコニコしていた。
ジャスミンは、その顔に思わずふっと顔を緩めたが、それは一瞬のことだった。

顔面蒼白な顔な顔に戻ると、彼女は声を絞り出した。
「あ、、、ありがとう、、、ございます。
ジュリエッタ様」

その後ろからやって来たヴァイオレットが、ジャスミンをまじまじと見て言った。
「顔色わるいけど、大丈夫?」

ジャスミンは必死に考えついた言い訳を口にした。
「い、いえ。
生別れの妹に似てたのでつい、、、」

もちろん、ウソである。

「そう、
体調も悪そうだから、休んできて」

ヴァイオレットがそう言うと、

「か、感謝いたします」
と言ってジャスミンは逃げるように立ち去った。

外廊下へ向かっていると、フランキー少佐がやって来た。

彼女は、ものすごい形相でジャスミンの腕を掴むと、物陰に連れていき、壁に打ち付け、
声を殺して恫喝した。
「何だあの態度は!!
陛下に感ずかれるだろ!」

ジャスミンは、その剣幕に震えあがりながら、弱々しく言った。
「しかし、、、気づかれるのも、、、時間の問題じゃないでしょうか?
ジュリエッタ様の正体は、陛下を覗き、誰が見ても一目瞭然ですよ」

フランキー少佐は、釘をさすように言った。
「それでもだ!
陛下は、とても繊細な方なんだ!
時にそれが面倒事を引き起こす
いいか?
私はお前をまだ信用しきっていない
この件に限らず、厄介事を持ち込むな!!」

                      ~~~~~~

日が傾き始め、空が青紫色に染まる頃、ガラス張りの大広間には、1人寂しく外を眺めている少女、ジャスミンの姿があった。

不思議な面持ちで彼女が見ていた景色は、
砂浜と、そこに引いては押し寄せてくる波。

そう、海である。

ふと足音がして、振り向くと、花の妖精がこちらに向かってきていた。

妖精は、優しげな顔でジャスミンの隣に立つと、海を眺めて言った。
「海に、見惚れているのですか?」

ジャスミンは、微笑を浮かべながら言った。
「この世界にも、海はあったのですね。
海の向こうも、このような華やかで素敵な場所なのでしょうね、きっと」

しかし、妖精は怪訝な表情を浮かべていた。

ジャスミンが、その表情に気づくと、妖精は言った。
「海の向こう側、、、?
海に向こう側などありません。
ずっとずっと西の果てまでも海は続くのです」

人間界で西の果ては東の果て。
その認識でいくと、この海の先は悪の国に通じているのだろうか。

ジャスミンが不思議に思い、戸惑っていると、妖精が優しげに言った。
「そんなに海が珍しいですか?
あなた方の世界にもあるでしょうに」

それから、遥か彼方を見つめて言った。
「今日は、空気が澄んでいるので、
もっと珍しいものが見えますよ。

時期に日が暮れます」

夕暮れの空は、次第に夜の空へと移り変わっていた。

ジャスミンはその空を見て、呟いた。
「オーロラ、、、?」

空には揺らめき動く輝きがあった。

その揺らめきは、次第に濃く、大きくなっていき、空の海に波打つ水面のようになった。

それは、オーロラなどではなかった。

波打っていたのは、空にあるはずもない、創造物。

所謂、人間界でいう、鍵盤。

それが輝きながら空に大きく波打っていたのだ。

正に、絵に描いたような神秘的で美しい光景。

妖精は、静かに言った。
「空に浮かぶピアノ、『アイリス』

そこに行った者もいなければ、その正体を知る者もいない。

言い伝えによると、今見えているのは、かつて滅んだ世界の投影にすぎないと言われている。

投影ではない、その世界の遺跡そのものは、『アイリスの深淵』にある

深淵の鍵盤で音楽を奏でると、東西の隔たりが崩れ去ると言われています。

そして、、、無の壁の正体が分かるとも、、、伝えられているのです」


エレンは今、地中の掘削穴から、駅構内へと出ようとしていた。
つまり、地上への脱出に成功したのだ。

「感謝する、自分よ」
エレンは、そう言いながら振り返った。

ここまで来るのに援助してくれた、自分=未来の自分にお礼を言う。

しかしそこには誰もいなかった。

自分の行動により、消え去った未来の自分。

今後も、自分の意思によりまた別の未来が繰り広げられ、そこにはまた別の未来の自分がいるだろう。

エレンは覚悟を決めた。

「急ぐぞ!」
という王の命で、一同は、躊躇うことなく、運び屋の口へと突入して行くのであった。

それからどれほど経ったことだろう。

滑車を奪われた、地下の作業員達は、
徒歩で数時間もかけて登り終え、
地上へとやって来ていた。

彼らは、作業室に入ると、声を張り上げた。
「若い駅長が逃げ出したんや!!」

そこには、エリカ達が仕留め損なった作業員達もいた。

その中の1人が指示を出した。
「ヤツは、今運び屋に乗ってるに違いない!
電力供給を止めるんや!!!

1つ前を走る運び屋にも人間が乗っとる。
そいつらの為に、動揺しやすい運び屋を用意してやったんや。

どう動揺させるべきか、わくわくしながら考えていたが、良い方法があったわ!

運び屋は、電磁力だけでなく、終点の極と引きあい、始点の極と反発する永久磁石も、走力になっているからな。

電力の停止により、動揺すると、前後の永久磁石で出来た顔が入れ替わり、極が逆向きになって、後ろ向きに徐行するようになる。

そして、
後ろを走る運び屋と衝突する。

木っ端微塵や!」


秘少石の通過痕


同じ頃、悪魔の国では、エリカ達を乗せた運び屋が徐行に入っていた。

超高速が見せる混沌世界は、減速により具象的世界へと姿を変える。

エリカ達人間はそれに気づき、窓に顔を寄せた。

大地の景色は、車体の速度で霞んで見えるが、空は綺麗な夜空として黙視出来る。

駅員が再び、車内にやって来て、乗客に伝えた。
「供給電力が急激に減少している」

その言葉で、車内に緊張感が走る。
人間だけじゃなく、悪魔にもその状況に気づいているらしい。

知性のある悪魔が声を荒げた。
「何やってんだよ!無能ヤロー!!!」

別の悪魔も奇声を上げて駅員に掴みかかる。

フランチェスカがエリカの横でコロコロと笑った。
彼女は悪魔とはいえ、意志疎通出来るものには恐怖を示さない。
不適に笑う彼女に、エリカは怪訝な顔を向けた。

「ヤるんか!?
争うヤツは降ろすからな!!」
駅員が凄むが、悪魔の勢いは止まらない。

「こういうことは稀にあるんや!!
大袈裟に騒ぎ立てるな!」
そう叫んでから、駅員は間髪入れずに言葉を続けた。
「運び屋!!騒いだヤツ、摘まみ出していいか?」

その言葉に、さすがの悪魔も怯んだようだ。
駅員に対する追及が収まる。

駅員は、悪魔達を睨み回しながら釘をさした。
「次騒いだらほんまに追い出すからな!」

その時、駅員の表情が固まった。
彼の視線は窓の外にあった。
圧倒されたように、
エリカ達のいる窓際にやって来る。

人間達も、窓の外に目をやった。

駅員の視線は空にあった。

皆、空を見て息を呑んだ。
空に、鍵盤が、浮かんでいるのだ。
それは、西の国でジャスミンが見た景色と同じものであった。

駅員は感嘆して言った。
「はぁ!こりゃたまげた。
あの鍵盤はアイリスや!

電力供給が鈍ったのはあれのせいや!
理由は不明だが、あの鍵盤が見えると一時的に磁気が弱まる。
まぁ、暫くするとまた正常化するから、この珍しい絶景を堪能しとき!」

「素敵!これぞ、神秘です、、、。」
フランチェスカが魅力されたように言った。

それから、食いつくように駅員に聞く。
「あれは、実態があるものなのですか?」

「幻覚や!
と考えられている。
まぁ、魔物も幻覚やし、ある種の魔物みたいなもんやな。」
駅員は言った。

「あれは、妖精なの?
あんなに綺麗なんだから、妖精に決まってるわよね?!」
問い詰めるようにそう言ったのは、アリスである。
彼女は、妖精の国に行きたがっていた。
この鍵盤に興味を示したのだろう。

駅員は答えた。
「ドラゴンは知っとるやろ?それから、駅員や作業員、、、運び屋
この世界には、どっちつかずの生き物もいるんやで。
まぁ、実態があるんは、あんたら人間とワイら駅関係者だけやがな!」

フランチェスカは、目を輝かせながら、唐突に言った。
「駅員さん、あなたの肉片をサンプルに取らせていただけます?」

駅員は怪訝な顔で言った。
「いやや!何言うねん急に!」

当然の反応だろう。

フランチェスカは、構わずに言った。
「あなたに実態があると言うならば、その体を構成している物質を解析したいのです」

駅員はバカにしたように返した。
「は!無理やな!無理中の無理!」

「なぜでしょうか?」
フランチェスカが小首を傾げた。
その仕草だけ見れば、とても可愛らしく清楚な女性に見える。

駅員は、驚くべきことを口にした。
「素粒子がないからや!粒がない完全なる個体や!」

素粒子が、、、ない?
この世の物質は全て、小さな小さなミクロの粒=素粒子で構成されているはずだ。
素粒子がない物質など存在するのだろうか。
そうだとしたら、その物質はいくらでも小さく出来るということになる。
何とも理解し難い、不思議な話である。

そこまで考えて、エリカはふと、その話に既視感を覚えた。

エリカは思わず口にしていた。
「秘少石の光にも確か、粒が無かった。
ギャヤクシア=魔法学校にいた頃の実験で分かったことです。
駅員さんは、それと同じような成分で出来てるのですか、、、?
でも光には魔力を与える力がある。
あなたも実は、魔法が使える?」

駅員は答えた。
「わいらはな、光の影響により作り出された物体や!
だが、光では出来てないから魔法は使えんよ!」

「じゃあ、誰かが魔法をかけてあなた達を作り出したのですか?」
エリカが聞く。

「それは分からんよ!
只1つ言えることは、この地の向こう側から生まれたということだけや!」

「では、向こう側で魔法により作られたのでしょうか?」

「又は地中やな。いや、そっちのが有力や。
地中は、秘少石の通り痕だからな」

「秘少石の通り痕、、、
そういえば、作業員も同じことを言っていたような、、、
通り跡って、どういうことなんでしょうか。」

「地中には、青い光に満たされる層があるんや。
やから、遥か昔、秘少石がそこを通り、その残りがとして、光があると考えられているんや。」

それから、駅員は秘少石の話から、少し話を逸らした。
「地中は∞だからな
なぜ、∞やのにこちら側と向こう側で端があるのかも不明。
向こう側への行き方も不明。
唯一行ける当てがあるのが、あのアイリスや」

「あの鍵盤が?」
アリスがぽろりと疑念を口にした。

駅員は、話し始めた。

「あの真下にこそ、向こう側へ通じる穴が空いていると。
そして、アイリスは常に浮遊している
穴を発見出来た者はおらん。」

「穴の向こう側が、アイリスの深淵と言われているんや。
今見える鍵盤の幻影を映し出しとる本体だと考えられとる」

「そこに行けば、鍵盤を弾くことが出来るんや。
どや!ロマンチックな話やろ!」

話し終えてから、駅員は空を見上げた。

皆も、質問しつくしたようだ。
空に浮かぶ不思議な不思議な鍵盤に、再び目を向けた。

アイリスの真下が、この地の向こう側へと誘うトンネル。
そして、地中は秘少石の通り痕。

秘少石のある所に魔法の真実があるはずだ。
それはきっと、どこかの果てにあるに違いない。
空の果て、東の果て、そして地中の果て。
どれかに、きっと、きっと、存在する、、、

~~~

どれほど見入っていたことだろう。
窓の外の景色は、少しずつ混沌としていっていた。

駅員が言った。
「喜びぃ!
電力が復旧したようだ!
再び、超高速に入るから、座っとき!」

極の反転

エリカ達を乗せた運び屋は、窓に混沌とした世界を写し出していた。
それは、超高速で流れ去る景色の別の顔であった。

エリカは、そんな窓を見つめながら、うとうととしていた。
長旅の疲れが押し寄せたのか、睡魔が襲ってくる。

次第に窓の外は、混沌とした景色から、色ごとにまとまりを持つようになった。

減速しているのだ。

゛あぁ、そろそろ到着するのか゛
゛寝ていたかったな゛

強い眠気を感じながら、ぼんやりとそう思っていると、1つの疑念が浮かび上がった。

゛船で超高速で流れてきた時と比べて、減速が速く進んでいる?゛

すでに、窓の外の天地が、ぼんやりと分かるほどまでに、走行速度は低下していた。

しかし、思い直した。

゛どちらも光を超える速さという点では同じだが、速さが全く一緒とは限らない
減速の仕方が違っても不思議はない゛

自分のこの考えに納得し、いよいよ本格的に睡魔が襲ってきた。

意識が、夢の世界へ入ろうとしたその時である!!

舌足らずの発狂が、けたたましく響き渡った。

゛ナンデ!!!
電気 コナイヨ!!!゛

それは、この運び屋の声であった。

外についてる顔が、物凄い形相で発狂する声が、中にも響いてきているのだ。

エリカは、体が上がったり下がったりしていることに気づいた。

見ると、自分の尻の下の、皮膚のように柔らかい床が、盛り上がったり凹んだりしているのだ。

それは、エリカの場所だけではなかった。

床全体が、いや、壁や天井も、ぼこぼこと蠢いているではないか。

すっかり目が覚めたエリカは、何事かと窓を見る。

窓の外の景色は、人間の目ではっきりと認知出来るほどまでに減速していた。

いや、よく見ると、走行による景色の過ぎ去り方に違和感があった。
景色は、後ろから前へと流れていたのだ。
エリカは、この運び屋が、後ろ向きに走っていることに気づく。

「ど、どういうこと!!?」
エリカは、立ち上がってそう言うと、辺りを見回した。

この事態に、人間だけでなく、悪魔達も気づいたのか、車内は騒めいている。

何も感ずいていないのは、知性のない悪魔だけであった。

「電力供給が停止したようです」
マリアが、エリカの元にやって来て、ピンと張りつめた声で言った。

「なぜですか!?」
エリカが動揺して聞く。

「」
後ろからそう言ってくるアリスに、マリアはうなずいて言った。

「はい、原因は分かりません」

エリカは、固唾を飲み込み尋ねた。
「後ろ向きに走行してるのは、なぜですか?」

「……分かりません」
マリアは、眉を潜めて言った。

駅員が、皮膚の壁から、搾り取られるように出てきて、ハスキー声を響き渡らせた。
「大変や!!
この運び屋のやつ、動揺しやがった!

やつらは、激しく取り乱すと、後ろについてる顔と、前についてる顔が逆転する。

運び屋は、全体が永久磁石なんや!
顔の逆転と共に、極も逆転する。

終点の極に、引き寄せられるようになっとったのに、
極が逆向きになってしまたせいで、終点の極と激しく反発し、後ろ向きに走っているんや。

この後ろから来る運び屋と衝突するかもしれん」

アリスが、声を張り上げて言った。
「でも、今の極の向きだと、運び屋同士は反発しあうことになるじゃないの……」

彼女は激しく動揺し、震えている。

駅員は、大きく首を振って言った。
「終点の極と反発し合う力の方が、勝つねん!
つまり、後ろから来る運び屋と反発する力より、そこに向かって走る力の方が強い」

「そんな強い磁力なら、なぜ今徐行してるのよ!」
アリスが叫んだ。

「今まだ、運び屋の本能が、逆走行に反発してるからや。

とにかく、今すぐ降りんと確実に死ぬわ!
降りたとしても、命の保証はないがな!
超高速で走る物体が衝突するんや!

爆発だけで済まされない、この世が破滅するかもしれへん!
前代未聞のことやから、誰も予測がつかん!

だが、運び屋は、希に希に希に、物体をすり抜けることがあるからな。

原子同士が衝突しあわずに、上手いことすり抜けるんや。

ほぼ、∞に等しい分母の確率を、こいつは有限の分母にする、めちゃくちゃ奇妙な化け物や!!

こいつの打ち出す確率を信じるしかない」

「でも、どうやって降りるのよ!!
この速度じゃ、生身の体で降りたら、木っ端微塵じゃない!!!」
アリスが半泣きになりながら叫んだ。

駅員は、胸を張って言った。
「そういうときの為に、自分がいるんや!

ちょっくら、こいつに食べられに行ってくるわ!」

アリスは、絶句して言った。
「食べ、、、何言ってんの?」

「こいつはな、駅員を食べると、それを栄養源にして、古い脚がもぎ捨てられ新しい脚が生えてくるんや!

脚の交換が走行を邪魔してる間は、速度が低下する。

その内に、降りるんや!!」
駅員は、車内に響き渡る声で言った。

アリスが呆然としながら言う。
「あなたは、どうなるの?」

駅員は、言った。。
「気にせん気にせん!!
乗務員になった時が駅員の最期、
到着駅でどうせ食べられる運命なんや!
こいつが、駅を過ぎて徐行する為の体力を与える為にな!
自分かっこいいやろ!」

アリスは固まって言った。
「え、、、は?
かっこよくないんですけど?」

駅員は、それを無視して、壁に潜っていってしまった。

外に出た駅員は、運び屋の屋根に登り、それから顔へと向かった。

運び屋の巨大な顔は、いつも以上に目が飛び出て充血し、口をもごもごさせて怖がっている。

駅員は、その顔に向かって叫んだ。
「化け物言われ感謝されもせずに、ひたすら走り続けるだけの、運び屋の仕事は終わりや!」

化け物は、舌足らずな声で言った。
「サイゴに、タベル 楽しみ アルカラ ネ
タベルって ドンナ 感覚ナノ?
もう、オマエ 食べて イイノ?」

「食べなされ食べなされ!!!」
駅員は、そう言うと、屋根から顔へと脚をかけた。

それから、吸盤のように、顔をはいながら、降りていき、黄ばんだ歯の並ぶ、化け物の口内へと入っていった。

駅員が食されていく、、、、。

化け物は、口をもごもごとさせ、くちゃくちゃと咀嚼音を出しながら、言った。
「これガ 美味しいッテ コト なんだネ!」

その声は車内にも聞こえていた。
それだけではない。
鈍い咀嚼音も伴って聞こえる。

乗客の中では、人間達だけが、苦い顔をしていた。
駅員には、痛覚があるのだろうか、、、

無いと信じたいものだと、エリカは思った。

一方、運び屋の脚は、根本から新しい物が出てきて、古い脚は腐りおちていた。

古い脚が足枷となり、走行速度は次第に減退していく。。。

人間にとっても徐行の速さに感じられた時、車内では争いごとが起きていた。

知性のある悪魔達が声を荒らげ、押し退けあいながら、出口へと向かっていた。

「悪魔が出口を占領して出られない!」
エリカが叫んだとき、破壊音がした。

車内にガラスの破片が飛び散る。

出口から溢れた悪魔が、魔法で窓ガラスを破壊したのだ。

それに気づいた他の悪魔達が一斉に降り出す。

「私達も、早く行きましょう!!」
エリカが叫んだ。

「いけません。
悪魔達と一緒に出るのは危険です。
彼らと距離を取ってから降りましょう」
フランチェスカが言った。

「でも、徐行から加速に切り替わってしまったら、爆破を待つしかありません」
エリカが焦りを顕にして言った。

そして、ついに加速の時がきた。
少しずつ、速度が上昇していく。

フランチェスカは、割れた窓の外を睨み付けながら言った。
「まだ、もう少し…」

フランチェスカの制止の声はそのあとも続いた。
「もう少し…」、、、「もう少し…」

制止が成される度に、焦りと不安が募っていく。

そして、遂に脱出の命が下された。
「、、、今です!」

フランチェスカが飛び出し、それに続いて、マリアが飛び立ち、他の軍人達も次々と脱出していく。

エリカが降りようとした時、アリスの奇行が目に入った。
「アリアさん!!何してるのですか!!?」
思わず叫び声をあげる。

アリスは、一番前にある、廊下へと出ていた。
後を追いかけるエリカ。
廊下には階段があり、アリスに続き、そこを上っていく。
何とこの運び屋には2階もあったのだ。
それだけではない。 まだ階段は続き、3階まで来ていた。
まだ階段はある。
アリスはその階段も登った。

エリカも後を追う。
一体、何階まであるのか、アリスは何をしようとしているのか、、、
焦りが募る。。。

しかし、4階はなかった。
階段は、車体の屋根へ続いていたのだ。
踊場が屋根になるという奇妙な構造をしていた。

風が吹き付ける中で、

アリスは屋根を這いながら、前へと進んでいく、、、。

エリカはもう追いかけなかった。
車内の階段から、半分体を出したまま、そこを動かずにいた。

もう、もう、さすがに追いかける勇気はない。
引き返そうと思った。

、、、が、
その前に、
「何しようとしているんですか!?」
と声を大にして、その奇行の理由を問い詰めた。

しかし、予想外の答えが返ってきた。

「あいつ、使えそうだし、食べ物くれるから!!
連れてく!!!」

そうしている内にも、車体はどんどんと、加速していく、、、。

「もう、本当に、知りませんからね!!!」
と叫んだエリカ。

今度こそ、引き返す。。。
階段をくだり、窓から外に出ようと急ぐ。

しかし、時すでに遅しであった。
飛び降りがふ可能なほどに加速していたのだ。

その時、進行方向から何かが沢山通り過ぎていくのが見えた。
ゆっくりと、白いもの空から降ってきているのだ。
それが、体を預けれるほどの大きさだと認識した時には、その1つ目掛けて跳んでいた。

緩衝材になってくれたら、、、

と思ったのもつかの間、それに体をかけた途端、何と、傾きながら、急上昇を始めた。

車体から外に出ることは出来たものの、これでは地面に脚をつけることは叶わなくなる。

不安が募りに募った時、その謎の物体の上昇は止まった。
すると今度は、水平に飛行し始める。。。

進行方向は、運び屋とは真逆。
ということは、フランチェスカ達のいる方向だ。
車内から出るのに、随分と遅れをとった為に、
彼女達とエリカの場所はだいぶ離れているだろう。
その距離を縮めてくれる進行方向であることに、
エリカは少しだけ希望を持った。

辺りを見回すと、そこは雪景色であった。
降っていたのは、雪のようなものだったのだ。
それは、、、、結晶の形をしていた。
あり得ないほどに大きい。
自分が体を預けていられるほどに、、、。

そして、空の色が、かなり奇怪かつ美しいことに気づく。
一言で言えば虹色。
進行方向に向かって、グラデーションを帯ながら、色を変えていく様は正に、幻想美。

進むにつれて、次第に色は一色になっていく。
空色だ。快晴の。

その変化に見とれていると、良からぬ事態に気づいてしまった。
自分のつかまる”雪”が、、、溶け始めているのだ。

あれよあれよという間に雪は原型を崩していき、次々に、体を預ける箇所が奪われていく。
遂に、片手でだけで捕まるしかなくなってしまった。

その時、予想外の出来事が起こった。
片手で握っていた雪の欠片は形を変えていき、
最終的には傘のような形になった。

いや、見た目的に完全な傘。
それは、ゆっくりと、下降し始める。

まるで、空気圧により下降速度がおちるかのように、お伽噺かのような原理で、傘によりふわりと降りていたのだ。

暫くすると、空に浮かぶ何かの横を、下降する。
それは、、、虹であった。
真横から見えるものなのだろうか。
まるで、実態があるかのような、色の濃さであり、角度によって消えたりしない。。。

本当に実態があるのだろうか、、、
そう思って手を伸ばした途端、虹の弧は消えてしまった。

そして、空の色が変わっていることに気づく。
紫色であった。
画用紙に塗ったかのような不自然な空の色である。

先ほどまでの、綺麗で穏やかな景色から一変、悪魔の国に相応しい、不気味な空模様になっていた。

虹の弧が、その境目だったのであろうか、、、

本当は、遥か上空には美しく平和な空間が広がっているのに、地上では、それが隠されているのであろうか、、、。

そう思った時、地上に人影を見た。
それは、、、フランチェスカ達であった。

ゆっくりと降下していくエリカ。

それに気づいたのだろうか。
彼女達はこちらを見上げていた。

そして、ようやく、、、エリカは地面に脚をつけることが出来た。

その時一気に風が吹き、傘は空高くに飛んでいった。

数メートル先には、フランチェスカ達の姿があった。
駆けてそちらに向かう。

合流に成功すると、フランチェスカは開口1番にこう言った。

「中々、素敵な姿ですよ。」

よく考えたら、傘に揺られて降りる姿は少々滑稽である。
エリカは顔を赤らめた。

しかし、すぐに顔つきを変えた。
そして、重い口取りで報告をする。

「アリス・アリアは、恐らく、死にました。
学生なので、殉死とは言えませんよね、、、。」

エレンの正体


その頃、
後続の、エレンの乗る運び屋は、速度を低下させていた。

電力供給が止まった影響である。

しかし、まだまだ高速のまま、、、

一方で、エリカ達が飛び乗りた運び屋は、目をとろんとさせていた。

そして、気持ち良さそうに声を発した。
「食べるッテ シアワセ
昇天ダァ」

すると、辺りの地面が液状化し始め、化け物は沈み始めた。

予定の走行距離より、だいぶ早く、地下へと帰っていく。
人間を食した影響なのだろうか、、、

運び屋が完全に沈みきると、液状の地面は粘性を持ち始め、膨らんでいき、巨大な泡を形成し始めた。

泡はみるみる内に膨張していき、遂に破裂した。

凄まじい爆音と共に、固形に戻った地面が飛び散る。

円心状に爆風が吹き荒れた。

それは、エリカ達の元まで届いていた。

みな、強風に煽られながら、近くの植物に捕まり、必死に耐えた。

爆発地点のすぐ近くには、エレン達が乗る運び屋が、進行方向とは逆向きの風に押され、速度を急激に低下させていた。

どれほど風に煽られたことだろう。

風は次第に勢いをなくしていき、おさまっていく。。。

風に体を煽られていたエリカ達は、捕まっていた植物から、手を離した。

エリカは、遥か遠くの爆発地点を見つめて呟いた。
「アリアさん、なぜ、逃げなかったんですか…?」

「私達の乗っていた運び屋と、後続車が衝突してしまったようですね、、、」
フランチェスカがそう言った時、、、

その後続の運び屋が、エリカ達の所へ徐行してきた。

皆が目を疑った。

ここにいる人間は皆、衝突したはずと思っていたのだ。
実際は、運び屋が昇天し爆発した為に、後続車との衝突を避けられていたのだが、、、それは知る由もない。

神妙な面持ちでみな、
通過しようとするそれを見送っていた。

その時突如、過ぎ去り行こうとしている化け物の口から何か生き物が出てきた。

みな魔物ではないかと、緊張を走らせたが、それは人間達であった。

一旦ほっと安堵したのものの、こんな場所で会う人間の素性に不安を抱いた。

そして、その不安は的中した。
それは、敵国の服を身にまとった者達だったのだ。

みなが凍りついた表情を浮かべる中、フランチェスカは、冷笑していた。

「生きていたのですね。
なるほど、なるほど、、、
了承しました」
そう言ったフランチェスカの顔が、突然固まった。
その中に、同盟国=帝国の第一皇子がいたからだ。

エレンである。

「エレン様、、、?」
フランチェスカは声を漏らす。

それから、意味深な微笑を浮かべて言った。
「どういうことか、説明していただけます?」

~~~

今、フランチェスカ側とエレン側で、対峙している。

そこは、紫色の空に、砂漠が広がっており、見たこともない植物が点座する、不思議な場所だった。

フランチェスカが口を開いた。
「色々と突っ込みたいところはありますが、第一に聞きたいのは、なぜ、あなた方の乗る後続車と衝突しなかったのですか?」

「前の運び屋が、予定より速い位置で昇天した為に爆発してしまい、衝突を間逃れたんだ。」
エレンが答える。

「なるほど。」と小さく返したフランチェスカ。
彼女は声色を変えて言った。
「それでは、本題に入りましょうか。
なぜ、帝国の皇帝であるあなたが、敵国の方々といるのでしょうか?」

エレンは、話し始めた。
「知られてしまったなら仕方ない。
全て話すよ。

僕は、元々魔族などではない。

この王国(帝国の敵国)の、第一王子だった。

魔法の秘密を知るため、送りこまれたんだよ。
赤子の内に、僕はすり替えられたのさ。

幼い頃からずっと、帝国で育ってきたが、ゴルテス(間諜)がずっと側で、本当の出自と、帝国が敵であるということを教えてくれたんだ。

僕が魔法を使えないのは、体が弱いからじゃない。
魔族でないからだ!

しかし皮肉なことに、僕が送られた時はすでに、
原因も分からずに魔界の扉が閉まりかけ、その為に魔力の弱体化が進んでいた。

つまり、情報を得ることが非常に難しくなっていた。

だから、前皇帝が崩御した機会を逃さなかった。

即位を機に、魔界の扉を開く強力な方法を迫ったんだ。

その方法が金のピアノ。
音楽の感性が理解出来ない魔物が唯一人間と共有出来るただひとつの曲。

それを奏でることで、魔物が引き寄せられてやって来る、強力な召還術。

但し、1度でも間違えれば、不協和音が世界中に響き渡り、崩壊してしまう。

そのような危険な曲を、マリア・ルイス、君は見事ピアノで弾ききったんだ」

それから、彼はマリアを見て言った。
「マリア・ルイス!

僕達に付くなら、お前にかけられた呪いを魔物に解かせよう!

僕達は、魔物と契約ではなく、世界を支配する為の同盟を結んでいる。
共通の目的を果たす為に必要なことには、契約とは違い、代償無しで引き受けてくれるだろう」

マリアは、淡々とした様子で言った。
「……お言葉ですが、遠慮させていただきます」

エレンは擬げに言った。
「なぜだ?
君は、感情をなくす呪いをかけられたのだろう?」

「なぜ、そんなこと知っているんですか?」
エリカが思わず声をあげた。

次にエレンの口から出た言葉は、とんでもないことであった。

「マリア・ルイスに呪いをかけた悪魔は、
僕達と同盟を組んだ悪魔と同じ個体だったからだ。」

エリカは眉を潜めてマリアを見た。
まさか、彼女はエレン側の人間だというのか…!
今まで共に旅をしてきて、
仲良しこよしというわけではないけれど、エリカはマリアを、それなりに信頼していた。

その気持ちは、たった今はっきりと気づいた。
皮肉にも、彼女に裏切られているのではないかという疑惑によって、、、。

エリカとは対照的に、フランチェスカは微笑を浮かべていた。
「中々、面白そうな話です。
詳しくお聞きしたいです。」
優雅にそう言うフランチェスカ。

エレンは話し始めた。
「ルイスは元々、我々、ベータ軍団の捕虜だった。
しかし、当時幼子だったとは言え、既に軍人としての才能は開花していたようだ、、、
監禁から逃げ出したんだよ。

直ぐに見つけて捕獲しようとしたが、ルイスは隙をついて他国へ、、、君たちのアクア公国へ逃してしまった。

なぜ隙をつけたと思う?

我々がルイスを見つけたのは、彼女が悪魔と契約する最中だったからだ。

つまり、彼女が悪魔を呼び寄せたんだ。
魔物は、明白領域には殆んど現れることなどないんだ、、、。

人間界は、科学支配の明白領域と、魔法支配の暗黒領域に別れていただろう?
当然、魔物は明白領域などに出現するはずもない。
そもそも当時は、明白領域では、魔物はおろか、魔法までもが架空の代物だと思われていたくらいだからな。

しかし、魔物とは、人間の、強い心の動きに引かれてやって来る生き物。
明白領域だとしても、出現するときは出現する。

故に、ルイスによって現れた悪魔は非常に貴重、
いや貴重という言葉でも言い足りないくらいに、
天文学的数値の確率を破って現れた奇跡の存在といって過言ではない。

しかも、僕達が他国へ進軍する最中で、

この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかなかった。

だから、僕達は、彼女と契約を交わしたその悪魔を利用し、契約ではなく同盟という関係にさせることに成功したんだよ。」

「では、マリアは、あなた方の人間ではないと、いうことでしょうか?」
フランチェスカが、尋ねた。

「、、、そういうことだ。」
エレンが苦い顔で答えた。

「なるほど。」と相づちを打つフランチェスカ。
彼女は、エレンからマリアに視線を移した。

「マリア、今の話は本当なのですか?」
フランチェスカが問う。

マリアは、彼女の顔を見上げた。
静観した後、口を開く。
「はい。」

エリカはほっと胸を撫で下ろした。
マリアは敵でなかったのだ。

しかし、またもや、彼女について、驚かされることになる。
いつもなら、短い返事で終わるマリア。
そんな彼女が、その後に、言葉を続けた。

「思い出しましたよ。
契約の内容を。」


それから、マリアは身の上を語りだした。

「契約の内容は、、、
死領域を不死身で行き来出来るようにするというもの。

死領域とは、明白領域と暗黒領域を隔てる謎の領域で、そこに入る者は殆んどが失踪するという危険地帯でもあります。

だから、私はそこで、失踪した兄を探す為には、不死身でいる必用があったのです。

そして、とある孤島を見つけました。
死領域のど真ん中にあるにも関わらず、人々が活気良く生活している謎の島。。。

私はそこに身を置きながら、死領域の探索を続けたのです。

しかし、兄は、死領域で失踪したのではなく、そこで、動物に襲われ、死んでいたのです。
私が死領域を探索する意味も、そこに浮かぶ孤島に身やを置く意味もなくなりました。」


マリアは、無表情で話し始めた。
「あなた側につけば、私の存在を、役職としてでなく、1人の人間として扱ってくださることはなくなるでしょう。
それが、魔法を解くことから遠ざけてしまう予感がするのです」

マリアがこれほど長く自分の意思を話す姿は初めてかもしれない。

しかし、彼女は、本人の自白とは裏腹に、誰とも友好的に関わっている様子は見せていなかった。

彼女なりに何か感じることがあったのだろうか。。。

「直感、予感、、、。
君らしくない言葉だな」
エレンは、がっかりしたように言った。

「、、、そうとなれば、君たちにもう話はない」
そう言ってエレンは、意味深な表情を浮べた。

それから彼は、踵を返し、走り去っていく。
「逃げるぞ!悪魔無しには勝てない!」

そう言いながら走る彼に、家臣達は続いて行った。

言い逃げするようにいなくなってしまったエレン。

その時、足音がこちらに向かってくる音が聞こえた。

何者だろうか、、、!

皆、緊張した面持ちでそちらを向く。

「アリア、、、さん?」
エリカが声をもらした。

足音の主はアリスであった。

こちらにやって来ると、開口1番、こう言った。

「あの駅員見捨てたわ。」

「どうやって助かったのですか?」
フランチェスカが尋ねると、
アリスは丁寧な言葉遣いで報告した。

「雪の結晶のような物体に乗って、
緩やかに下降した為に、着地に成功しました。」

「私と同じですね。」
エリカはそう言ってから、方眉をあげた。
「そんな丁寧に話せるなら同期にもそうしてくれたって良くないですか?」

「いやよ、丁寧すぎて気持ち悪いわ。」とアリス。

「アリアさんは、砕けすぎです。」

エリカはそう返し、一呼吸置いて、気になっていたことを聞く。

「何故、駅員を助けようとなんてしたんですか?」

「これよ。」
と言いつつ、アリスは懐から何かを取り出した。
それは、、、
駅員が手にしていた、停泊花の地図である。

エリカ達に手渡してくれようとしていたが、、、。。。

フランチェスカは微笑を浮かべながら、自身も懐から地図を取り出した。
「いえ、私は確かに受けとりましたよ。
無駄骨でしたね。」




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