第8章 駅員の話


東西の管理者

運び屋の中で、一同は食事を摂っていた。

それは、食事とは言えないようなお粗末なものである。

人間界の食べ物を凝縮した粉しか、携帯用に持ち合わせていなかったのだ。

「こんなの、いらない!」
という声が響き渡った。

アリスである。

彼女は、マリアの元に歩いていき皿を差し出した。
「私これきらいなの。」

マリアは、食べるのをやめて、アリスを静観して言った。
「……死にますよ」

その冷徹な表情に、アリスは、がたがたと震えた。

金持ち令嬢に彼女には、この旅は耐え難いことばかりなのだろう。

アリスは、皿をマリアに投げつけて叫んだ。
「こんな物食べるくらいなら餓死で上等よ!!!」

マリアは、体にかかった粉をはたいて、おちた皿を拾った。
立ち上がり、無表情でアリスの手首をがしっと掴む。
「でしたら、点滴にしましょうか?
衛生的に管理されていない粉は、血液中に入り敗血症を引き起こすもしくは、腸で分解せず入りこんだ栄養素が血管をつまらせることも考えられますが、
すべて了承していただけますでしょうか?」

マリアはそう早口に言った。
涼し気な表情であるが、アリスの腕を掴む力は強かった。

その時である。

車内中央の、柔らかい皮膚のような床がぼこぼこと蠢き、搾り出されるようにして何かが出てきた。

それは、黒い服を着た化け物であった。

その見た目に、エリカは息を呑んだ。

つなぎ姿ではないが、
姿形は、作業員の化け物そのものなのである。

乗客は皆、その化け物に注目していた。

その場に緊張が走る!!

危険思考を知っているエリカ達だけでなく、魔物たちも硬直していた。

化け物が、ハスキー声が響き渡らせた。
「争いごとしてるヤツは誰や!?
今すぐつまみ出されたくなかったら、申し出るんや!!」

見た目が瓜二つであるが、作業員とはだいぶ声質が違う。
よく響き渡る透き通った声で、尚かつ滑舌がいい。

その化け物は、牽制するように声をあらげた。
「駅付近に出没する幽霊を知っとるか!?

今ここで誤魔化せてもな!!やつらは争いごとを見逃さない。

姿形は見えず、辛うじて気配だけを感じる。

駅付近での争いを厳しく罰する謎の化け物や!」

エリカはハッとした。

自身も遭遇したではないか。

アリスと言い争っている時、
また魔物同士が争っているときに感じた、
気配のみの存在、、、。

ハスキー声は、幽霊について語り続けた。
「あれは悪魔に殺された運び屋の成れの果て。

慢心して昇天する通常の寿命の尽き方ではない。

その肉体は消え、残ったのは本能のみ。

無の壁は、空間や物体を消せても、魂だけは消せないんやな。

何万年、何十万年とかけ地中深くへ沈み、
そして、本能のみで地上へと再び浮上する。

地中で過ごすその膨大な時間の間に、無の壁によりとっくに消え去っているはずの場所。

時空の歪みにより、地上に戻ればそこは、壁が迫る前の時間として出現する。

過去に縛られ続ける魂。
幽霊や。」

アリスはガタガタと震えながら叫んだ。
「何なのよその話は!!
魂?魂って何なのよ。
脳の産物でしょそんなもの!死んだら消えるに決まってるじゃないの!!

こんな化け物ばかりの、気味の悪い話ばかりの旅、いや!!!
まともな食べ物はないし!!!
私が行きたかったのは、西の世界よ!!」

化け物の表情が固まる。
それから、突然叫んだ者=アリスの存在に気づくと、彼女の元にやって来た。

アリスはハッとして身を引くがもう遅い。
化け物は、恐怖で顔面蒼白になる彼女をまじまじと見て、感心したように言った。

「はー、、、!
これはこれは、、、
知るヤツぞ知る生き物、人間やないかい!!!
何とまぁ、、、
これで弟に、架空の生き物やないってことが胸張って言えるわ~!」

それから、表情を変えて言った。
「なーに固まってるん?

もう少し南に進めば、うまい食い物があるから元気だしぃ?
人間の口に合うかは分からんがな!」

そして、アリスの足元に散らばった粉を見つめて、ため息をついた。
「全く、余計な仕事作りおって」

掃除を始めた化け物に、アリスが捲し立てるように言った。
「あんた、作業員の化け物とそっくりじゃない!!
私達を、また、襲うつもりでしょ!!!」

化け物は、憤慨した様子で言った。
「失礼な!自分は駅員や!
作業員の化けもんとは、厳密には種族が違う。

あいつらは、正義感の暴力者や。
近づかん方がいい」

「では、あなたは、計画とやらには反対なのですね」

エリカが尋ねると、
駅員が言った。

「当たり前や。
正義感を満たして自己肯定感高めたいだけの奴等に荷担したくないわ!
行きすぎた正義も善行だと本気で思ってるから尚更質が悪い!
まだ自分を悪と認めてる悪魔の方がずっとマシや」

駅員は、エリカたちを見回して大声で言った。
「何や?
お前も質の悪い化け物じゃないといいがなって思うとるやろ!
目を見れば分かるぞ!

自分は本当に人畜無害や!
それを証明しちゃるけい、
お前らの聞きたいこと、何でも教えてやる!」

唐突に始まった質問タイム。

皆が口を閉ざす中、1番に口を開いたのはフランチェスカであった。

「この運び屋はどこまで遠くに行くのです?」

「こいつの体力的に、出発地点から、約1/3光年先やな。」

フランチェスカが更に尋ねる。
「到着駅はいくつかあるのですか?」

駅員は言った。
「1つしかないわ!
つまり、次の駅が終点や。
何でそんなこと聞くん?」

フランチェスカが言った。
「魔物が少ない駅で降りたかったのですが、それなら仕方ありませんね」

駅員が得意気に答えた。
「それなら、良いこと教えたる。

この運び屋は、次の駅に到着した後、暫く徐行した後に、疲れはて、また地下に沈み込み、長い年月をかけて、プラズマに戻るんや。
だから、あんたらは、その徐行してる間に降車しぃ。

モタモタするんは命とりやぞ。

一緒に地下へ引きずり込まれんように、徐行を始めたらすぐに降りるんや!」

それから、駅員は腰に両手をあて、教師のように言った。
「他に質問は?!」

エリカは先程からずっと胸に抱えていた疑問を口にした。
「天国というのは実在するのでしょうか、、、?」

駅員は、言った。
「なーに言っとる?当たり前や!
人間界では架空の話なのか?

この世界では、天からの使いが来るからな、架空やない!
自分らも、使いの命により、この仕事をすることで、食わせてもらっとる!

それと、奴等の宣言することは、占いじゃなく、確実に起こるんや。
つまりは、天地創造の神にしか出来んことや」

エリカは、尋ねた。
「……天国は、どこにあるのですか?」

駅員は言った。
「南の果て、空の果て、色々な説があるが、自分は東と西の果てにあると思うとる!」

エリカは、言った。
「東と西の果て………
地球は丸いから、その2つが重なり合うけれど、この世界はどうなのでしょうか。

誰も、行ったことはないのですか?」

「そんな奴がいたら、聞いてみたいわ!
まぁ、行ったっきり、帰って来ない奴もちらほらいるがな」
駅員はそう言って豪快に笑った。

それから、神妙な面持ちになって言った。
「ただ1つ、行けるかもしれない方法がある。

東西を隔てる川を管理する魔物がいる。
それがドラゴンや。
この世界でたったの一体しかいないんや。
そいつに乗ることが出来れば、行ける、かもな!

ただこれだけは確実に言える!
あんたらが、性格の良い淑女、紳士゛だとしたら゛の話だが、西の世界に連れて行ってくれる。

ドラゴンは、東の者を西に、西の者を東に送る仕事を担っているんや。

東に相応しくない、西に相応しくない者も希におるからな、そうやって管理しとるんや!」

独立した未来人

それから、駅員は声のトーンをあげて言った。
「あんたら、今後、どないして寝食続けていくん?
聞けば、人間いうんは、食事と睡眠、排泄いうもんがないと、生きてけないらしいな。」

「はい。そうなりますね。」
優雅にそう答えるフランチェスカ。

「なら、これあげたる。」
作業員はそう言いつつ、ポケットに手を入れ、何か紙を取り出した。

それは、地図らしきものであった。
しかし、エリカが持っている、魔界の地図とは少し様相が違う。。。

「この紙にはな、停泊所なるもの、通称、停泊花がある場所が記されている。」
駅員はそう説明した。

「停泊花とは?」
フランチェスカが尋ねると、駅員は話し始めた。

「そや。
停泊出来る施設で、この悪魔の地に点在しとる。

外観が花のようだから、そう呼ばれてるんや。

ここには、食糧と水、排水設備があってな、魔物からも身を守ることが出来る。

停泊所全体が真空保存されとるから、食糧も水も問題なく口に入れられる。

但し、一晩だけしか泊まることが出来ん。
人間が入ると、真空状態が解除され、24時間以内に花が萎れてしまうんや。

しかし、停泊花同士の距離は、そこまで遠くはない。
といっても、旅人がぎりぎり食いつないでいけるくらいだがな。」

「萎れる、、、?
それは、魔物ですか?」
フランチェスカが、目をしばたかせた。
長い睫毛がバサバサと目元にかかる。

駅員の次の言葉は、半ば信じがたいものだった。

「いや、恐らく、停泊花は人間が作りあげた。」

フランチェスカの目が見開かれる。
「ここに迷い込んで来た人間ですか?」

「迷い込んで来たんか、意図的に来たんかは分からんが、
人間に必用なものしかないその施設を、
人間が作ったと考えてもおかしくはないやろ?」
駅員がそう答えると、
アリスが珍しく、こういう話に入ってきた。
「いや、おかしいじゃないのよ。
そうとう大勢でやって来ないと、
旅人が食いつないでいけるだけの数を作りあげられないじゃない。
そもそも、作るのにはある程度、時間がかかるじゃないの!」

フランチェスカは、伏し目がちに、考えるように言った。
「そう考えると、、、ずっと過去の人間が作ったということでしょうか?

無の壁との距離がかなり離れている時に、余裕をもって作っていた。。。

でも、、、私達が魔界に入った時、
無の壁との距離を3ヶ月分しか取ることが出来ませんでした。

3ヶ月未満で作りあげたか、
運び屋を乗り継ぎまくって、壁との距離を離したか、、、
あるいは、魔界に入った時に、ずたぶんと余裕を持った距離まで進めたか。。。

いずれかですよね。
もし、過去の人間が作ったと仮定するならば。」

「違うな。」と短く答えてから、
駅員は、またもや、衝撃的な言葉を吐いた。

「未来人と言われとる。」

「え、未来?
それは、タイムスリップしているということですか?」
エリカは思わず声をあげていた。

駅員は首を振った。
「違う。
未来人は、タイムスリップなどしてない。」

ますます意味不明な回答が返ってくる。

「じゃあ、なぜ、未来人が作った建物を、私達が使えるんですか?
タイムスリップ以外にないじゃないですか。」
エリカは、眉を潜めた。

「そもそも、未来人ってなんやと思う?」
駅員は声色を変えてそう問いかけた。

エリカは言葉をつまらせた。
あまりにも、単純な質問すぎるからだ。
未来人とは、未来の人間だ。
それ以外、何者でもない。

エリカが答えられずにいると、駅員は話し始めた。
「未来人って言葉は、まるで、現在の人間とは別個体みたいな言い方やな。
本来、未来人なんてものは実在しない。いるのは現在の人間だけや。

例えば、今の若いあんたの未来の姿が、大人のあんたなんであって、
今のあんたと未来のあんたがそれぞれ独立した意思を持った別個体なわけやないやん?

逆に、そうだと考えてみ?
現在の行動の結果が未来なのに、
現在とは関係なしに、勝手に未来であれこれ行動されてるわけなんやで。

そんなことがおこったら、世界の秩序が成り立たなくなるやろ?

やから、同じ空間ならば、過去、現在、未来、で繋がっていて、独立なんてしてないんや。」

「だったら、なおのこと、その停泊花?を未来人が作ったなんて、あり得ません。」
エリカが困惑を隠しきれない様子で言った。

「言うたやろ?

同じ空間、な、ら、ば、や」
そう答えた駅員。。。

「、、、」
エリカが何も言えずにいると、今度はアリスが問いつめた。

「同じ空間?
それは、どういう意味で、同じ空間ということを言っているわけ?
運び屋に乗っている、この今の私と、運び屋から降りた、未来の私、、、。
運び屋内と外は、別空間と考えたとしたら、ただ移動するだけで、未来の自分が独立してしまうことになるじゃない。」
「違う違う違う」
と、アリスの語尾に被さるように言う駅員。

真っ向から否定されて、アリスが言葉を失っていると、
駅員は言った。
「単なる場所の移動やない。
宇宙の果てから果てまで移動したとしても、同じ空間や。
この場合の別空間が示しているのはな、、、」

皆が、その次の答えを期待した。

しかし、答えは釈然としないものであった。

「自分も分からん。」
駅員はそう一言返した。

「ちゃんと答えなさいよ!
こう見えても私は、未来予知が出来る人間なのよ!
あんたの話に整合性があるか、ジャッジしてあげるつもりだったのに!」
アリスが声を荒げた。

その高圧的な態度に憤りを示す駅員だったが、ハッとしたような顔つきになった。

「何や?未来が見える?
それは、どういう意味や」
と問う駅員。

「言葉通りの意味よ。」

「どんな風に見えるんか?」

駅員の質問に、アリスは無愛想に答えた。

「忘れたわ。そんなの。
見えた瞬間、見え方を忘れるの。見えた内容だけは記憶に残るけど。」

それから、駅員の胸ぐらをぐっと掴んで聞いた。
「で、話を戻すけど、
未来人を現在の人間と独立させる、別空間って何?」

初見、その見た目に怯えていたことなど微塵も感じさせぬ態度である。

「分からんもんは分からんいうてるやろ!」
と言って駅員は苛立ちを示した。

アリスの手を払いのける。

深くため息をついてから、駅員は言った。
「しかし、
その無の壁の正体が分かれば、その理由が分かると言われとる。」

「誰が言ったのよ?」
とアリス。

「誰も何も、伝承や伝承。」
駅員はそう言うと、そせくさとその場を去っていった。



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