第12章 世界の果て


素粒子と意識

ぼんやりとした紫の光が点々と灯り、薄暗い紫の廊下を、1人の少女が震えながら歩いていた。

西の国を追放された、ジャスミン・ベンジャミンである。

そう、ここは追放先の大浴場。

彼女は、妖精に言われたことを頭の中で復唱した。

”案内人と呼ばれる、人型の魔物がいます。

着物という袖の垂れた衣服に身を包み、長い黒髪を地面に引きずりながら歩く、女性のような出で立ちをしています。
それを見たら、深く頭を下げなさい。
あなたを、風呂女の元に案内してくれるでしょう。

但し、案内人に話しかけてはなりません。
言葉を話したり、意志疎通を行ったりは出来ない生き物です。

話しかけることで、悪魔としての本能が目覚めてしまうので、気をつけてください。”

その時、ズリ……ズリ……と何かを引きずる音が聞こえてきた。

その音はゆっくりゆっくりと、こちらへ近づいてくる。

突き当たりの曲がり角から、それは大きな体を覗かせた。

巨体ゆえか、遠くからでも、垂れた袖の衣服を身にまとっていることが分かる。

想像していた人型とは、ずいぶんかけ離れたフォルムをしていた。

魔物に見慣れていないジャスミンは、その出で立ちに震えあがった。

それが、案内人だと気づくと、彼女は自分に言い聞かせるように、震える声で小さく連呼した。

「深く礼、深く礼、深く礼」

次第に近づいてきて、遂にジャスミンのすぐ手前に来た。

ジャスミンは、息を呑んだ。

あまりに常軌を逸している姿形であったからだ。

それは、目鼻口が全く無かった。
太い首は、次第に細くなっていき、先端から黒髪が生えている。

ジャスミンより遥か高くに頭があるのに、尻の位置は彼女よりずっと下にあり、かなり不恰好なフォルムをしていた。

彼女は意を決して、礼をしようとした。

しかし、それはジャスミンの存在を無視するかのように通り過ぎていく。

予想外の出来事に、追いかけて行く手を阻んだ。

化け物は、ぴたりと脚を止めた。

ジャスミンは、上がる息を抑えつつ頭を床につけた。

化け物は、ゆっくりと動き、”こちらへ”というような素振りで、掌で示し、歩いていく。

暫く呆然としたまま立ち止まっていたジャスミンであったが、
ハッとして我を取り戻すと、化け物の後ろに着いていった。

暫く歩いていると、
延々と続く、くすんだピンク色の壁に、アーチ状の穴が開いている場所に来た。

その前で、案内人は立ち止まり、その穴を手で示した。

どうやら、ここに入れということらしい。

穴の中は、相変わらずぼんやりとした光に照らされていたが、そこから先は今までとは違う景色が待っていることだろう。

そして、案内人なしで行かなければならないようだ。
案内人は、入り口の横に立ったまま、入ろうとする様子を見せないのである。

ジャスミンは、目を瞑り深呼吸し、ゆっくりと開眼した。
意を決して、中に入る。

中は、先ほどと同じ景色が続いていた。
ぼんやりとした照明に照らされ、くすんだピンクの床を歩いていく、、、。

頼りない照明である。

暫くすると、その昭明も少なくなっていく。
そして遂には、途絶えてしまった。

そこから先は、漆黒の闇となっていた。

振り返ってみると、頼りなく不気味な光を放つ昭明が見え、それはとても心強いものだったように思えてきた。

すると、薄明るい通路の奥の昭明が消えた。
それを皮切りに、順々に消灯していくと共に、暗闇が迫り来る。

そして、最後の昭明が消え、辺り一面が真っ暗となってしまった。

前に中々踏み出せずにいたが、
幸か不幸か、昭明が消えたおかげで前に進むより他ならなくなった。

暗闇の中、手探りで歩いていくと、どこからともなく、小さな騒めきが聞こえてきた。
それは次第に大きくなっていき、1人の人間の声になる。
しかし、その声を発すると思われる人間は見当たらない。

正体不明の声は話し始めた。

”魔法物理学とは、空間的計算を扱う学問である。

2次元の者は、縦横の広がりしか認知出来ない。
3次元の者は、奥行きも認知出来る。

そして、4次元の者は、
 縦横奥行きより、更に高次の空間を認知することが出来る。

3次元の者には、その空間を感じることも見ることも出来ないが、
   時間として認知出来るのだという考えがある”

その話しを聞きながら、前に進むジャスミンの目の前には、話しの内容に合わせて、様々な映像が映し出されていた。

映像は更に変わっていき、話は続いた。

”魔族は、3次元世界の人間でありながら、4次元認知を持つ。
しかし、実際の4次元を見ることは出来ない。

例えて言うなれば、壁の面しか見えないが、
奥行きという空間があることを知っているようなものだ。

4次元認知をもつ魔族は、高次の計算が可能となり、
    それをもとに、様々な魔法を開発してきた。

しかし、時間と空間を操る計算だけは、
どのような頭脳をもってしても発見することは出来なかった。”

一寸の沈黙の後、話が続いた。

”素粒子が、その鍵を握っている。”
”相関しあう2つの粒子は、いかに離れようとも、
同時に逆向きのスピンになるということが分かっている。

瞬間的に2つを伝達しあう手段はいくらでもあるが、
  必ず電気や電磁波などの媒介物があり、
        僅かであれ時間差が生じるものだ。

この素粒子の最大の不思議は、
 2つの粒子を伝達しあうものが何もなく、
まるでテレパシーのように一瞬で互いのスピンの逆になるというのだ。

つまり、これが瞬間移動の元になるということだ。

そして、秘少石の光が瞬間移動するのは、
          それを原理としている。

そう、空間を操る方法がその光には秘められているのだ。

そして、空間をものにすれば、時空をも操ることが可能になる。

・・・・

更に私は気づいた。

瞬間移動出来るのは、意識だけだとね。

つまり、素粒子には意識の根幹がある。

視覚、聴覚、痛覚、平衡感覚、、
これらの感覚は、全て、脳の産物に過ぎない。

人間の意識は、その瞬間瞬間に生じる刹那的な的な物だ。

しかし、空間があるという感覚=空間認知、
    これだけは確固たる意識として存在する。

素粒子は、空間という存在を認知しているんだ。

つまり、空間を操れば、
 意識、ひいては魂までもをものにすることが出来るのさ”

そして声は高らかに笑った。
その笑い声には、聞き覚えがあった。

ジャスミンは、声の主に気づいてハッとした。

間諜だった時の主、ゴルテスである。
彼は殉職したのだ。

辺りを見回すが、自分以外の人間がいる気配がない。

ゴルテスは、自身の王に従っているようで、何か独自に目論んでいるような節があったことを思い出した。

ジャスミンは、姿を見せぬ彼に尋ねた。
「だから、秘少石を探そうとしていたのですか?
亡くなった親友の魂を取り戻す為に。

でもそれは、取り戻したんじゃない。
新たに、似たような魂を作っただけなのではないですか?」

しかし、もう声は何も言ってこなかった。
映像も途切れ、消え去り、再び闇が辺りを包んだ。

再び訪れた静寂と暗闇の中を歩き出す。

次第に肌寒さを感じるようになり、口をガクガクさせながら進んでいく。

壁を伝う手が、岩石のような感触に変わっていることに気づいた。
それと同時に、靴上からでも分かる、足元の硬いごつごつした感触。

床や壁面が岩石で出来た場所に来たのだと悟った時、白い点のような小さな光が、足元にいくつかあることに気づいた。

その光は次第に増えていき、真っ暗だった通路は薄暗くなっていく。

更に進んでいくと、水の音が聞こえてきた。

そこから先の通路は、水で浸されており、その先へと流れていた。

反射してか、あるいは水底に光があるのか、水面はキラキラ輝いていたが、底は見えずどれほどの深さがあるか分からない。

ジャスミンは、ぎゅっと拳を握りしめた。

そして、ローブを脱ぐと静かに水の中へと入っていった。

水は生ぬるく、脚も底についた為
足取りが重い以外には支障は無かった。

しかし、水の中をひたすら歩いていくにつれ、次第に水深が増していった。

岩石の突起に手をかけながら進む他無かった。

息を切らしながら必死に前に進んでいくと、
木の板が、行く手を阻んでいた。
そこから先は、何も見えない。

唯一、木が阻んでいないのは、水面から下だった。
つまり、潜らなければ先には行けない。

ジャスミンは、大きく息を吸い、潜った。

***

木を越えて出た先は、広大な洞穴だった。

岩壁の輝きで、ぼんやりとした明かるさだったが、視界は先ほどよりもずっと広がった。

水の音と、複数の桶の音が谺している。

中央には、巨大な温泉が沸き上がっていた。

そして、異様な風景がそこにはあった。

ずらりと並ぶ鏡台の前で、体を洗っている、何人もの巨人の姿があった。

黒髪を垂れ流し、細い目に、下膨れの大きな顔。
肉付きのいい体に、垂れ下がった乳がついていた。

まるで、不恰好な人間の女性のようであった。

しかし、それらは決して人間のような意志疎通が出来るような相手ではなさそうだった。

あまりにも不気味な体の洗いかたをしているのだ。

巨人達は、一子乱れずに同じ動きをしていた。

無表情に背中をタオルでゴシゴシと擦る姿は、擦る箇所も、タイミングもみな同じで、
ゴシゴシと規律的な音が、響きわたっていた。

そう、あれが風呂女である。

ジャスミンが、真の悪ではないと証明しなければならない相手。

彼女は自身が浸かる水場から出ると、覚悟を決めた。

***

ジャスミンは、
体を一子乱れぬ動きで洗う、風呂女の列の間を歩いていた。

女達は非常におおきく、上半身はジャスミンの背丈ほどもあった。

しかも奥の方に進むに連れて、更におおきな個体になっていく。

「どうすればいいの?」
ジャスミンは立ち止まり、憔悴しきったように呟いた。

その時、桶の転がる音が響いた。
桶は、ジャスミンの足元で止まった。

風呂女を見ると、みな動きを合わせて一斉に、桶の水を背中に流しているところだった。

1体だけ、桶を持っていない個体がいた。

それはぴたりと動きを止めて座ったままでいる。

”きっと困っている。
この桶を渡して、親切にして見せれば、悪人でないことを証明出来るかも。”

そう思うと、ジャスミンは床の桶を手に取り、恐る恐る、その個体に近づいた。

間近で見ると、ずんぐりむっくりした体型の、濃い色の肌は少し荒れていた。

ジャスミンは、思わず鼻を手で覆った。
女は、体を洗っているにも関わらず、皮脂の臭いがしたのだ。

しかし、それは失礼だと考え、覆った手を放すと、女の顔を覗きこんだ。

下から見ると、細い目は一点を凝視していた。
その表情の不気味さに生唾を飲み込むと、ジャスミンは意を消して話しかけた。

「あの、、、すみません
桶、おとしましたよ?」

しかし、女は聞こえていないかのように前を凝視したままである。

ジャスミンは声を張り上げて言った。
「あの!!!」

すると、顔を正面に向けたまま、細い目が横目でジャスミンを見つめた。

目だけでこちらを見つめるその動作の不気味さに、ジャスミンは怯んでしまった。

「桶、ここに置いておきますね」

そう言ってジャスミンは桶を、女の足元に置くと、そそくさとその場を離れた。

列中央にきて、背後に痛いほどの視線と寒気を感じ、振り替える。

すると、先ほどの女が、体をこちらに向けて細い目で睨み付けていた。

その瞬間、女は突然、陶器の小皿を投げつけてきた。

「痛っ!」
思わず声をあげた。
小皿は、ジャスミンの腹に命中したのだ。

暫く腹を押さえて痛みに耐える。

ジャスミンは、心の中で、何かがプチンと切れた気がした。

それから、思いの丈を吐き出した。
「何なの?
一体ここは!!
化け物ばかり!もううんざり!」

その声は、風呂場中に響き渡っていた。

すると、女達が一斉に顔をジャスミンの方に向けた。

数々の細い目で睨まれ、彼女の心に恐怖が舞い戻ってくる。

後退りしながらも、震える声で必死に弁明した。
「あの、あああああなたたちのことじゃないんです。
綺麗な黒髪のあなたたちが、化け物なわけ、、、ないじゃないですか。」

言い切ると、ジャスミンは踵を返して走り出した。

女達は、奥の方から順に、四つん這いになりながら迫ってきた。

振り返らず逃げていたのに、不思議なことに、その光景がジャスミンには見えてしまった。

その時である。

1人の人間が、向かい側からやって来た。

「何やってんだよ!!」
そう言って、その人物はジャスミンの手を引いて走った。

それは、エヴァン・ブラック。

間諜としての同輩だが、任務中に死んだと思われた少年だ。

2人は、洗い場の列から抜けると、温泉まで逃げきった。

「ここまで来れば、追って来ないだろう」
息を切りながらエヴァンが言った。

「エヴァン!
生きていたの?」
ジャスミンが驚いて尋ねたが、視線の先に1人の男を見つけて顔を硬直させた。

それは、ゴルテス・ガロン。

2人の主であった。

「ゴルテス様も、、、生きていたんだ、、、。
私達の失態、何と弁明しよう、、、?」
ジャスミンは戸惑いながら言った。

ゴルテスは、着衣のまま、膝から下を温泉に入れ突っ立ってこちらを静観していた。

「なぜ、温泉に入っているんだろう」
そう呟くと、ジャスミンは笑いを堪えるように、顔を俯けた。

こんな状況で笑いが出てくるのは、異常な心理状態に陥っていたからかもしれない。

エヴァンは、苛立った声で言った。
「やめろ!失礼だ!」

ひとしきり笑いを抑え込むと、ジャスミンは言った。
「ごめんなさい。
でも不思議、どうやって助かったの?」

エヴァンはそれには答えずに言った。
「お前、真の悪者でないことを証明しに来たんだろ?」

ジャスミンは言った。
「何で知ってるの?
、、、そうだよ。
エヴァンもゴルテス様も、何でこんなとこにいるの?
2人も、証明しに来たの」

「お前は、もう証明しただろ」
エヴァンは穏やかに言った。

「え、、、?
さっきの桶の件で?
明らかに険悪な雰囲気になったじゃん」

ジャスミンが戸惑ったように言うと、エヴァンが眉を潜めて言った。

「違うだろ!
思い出せよ」

「思い出す、、、?」
そう呟いた次の瞬間、
ジャスミンの頭に恐ろしい光景が一瞬フラッシュバックした。

彼女の瞳孔は大きく拡大する。

彼女は思い出したのだ。

「私、あの時案内人に話しかけちゃったんだ。。。」

頭の中に回想が駆け巡る。

ジャスミンを誘う途中で、案内人は急に地面に踞り苦しみ出していたのだ。

”大丈夫ですか?”

そう咄嗟に声をかけてしまった。

案内人は、その言葉を聞いて硬直すると、
   ゆっくり面をあげてジャスミンを見た。

話しかけてはいけないという、
    妖精の忠告が頭によぎったが遅かった。

案内人の尖った頭は、縦に避けていき口のようになった。

ジャスミンは踵を返して逃げる。

化け物は、ゆっくりと、
のそのそとした動きで追いかけてきた。

動きが遅いにも関わらず、
      ジャスミンは撒くことが出来なかった。

突き当たりを曲がる度に、後ろから来ていたはずの化け物が、
       今度は向かい側から迫ってくるのだ。

しかも、それを繰り返す度に、
曲がった先からやって来る化け物との距離がどんどん近くなっていく。

そして、"最期"に見たのは、
  化け物の開いた口の中に見えた、漆黒の闇であった。

回想を終えると、ジャスミンは一言呟いた。
「私、死んでたんだ。」

「いつも、肝心なとこでヘマするな」
エヴァンが呆れたように言った。

「私が、証明したのは、案内人だよ。
風呂女じゃない。」
ジャスミンは、エヴァンの顔を見て言った。

「だから、話しかけちゃいけないんだろ。
死をもっての証明になるからな。」
エヴァンが言った。

ジャスミンは、エヴァンの顔をまじまじと見て言った。
「で、死んだ私と話してるあなたも、死人なの?
ゴルテス様も?」

「どうだかな」
エヴァンが言うとジャスミンが言った。

「自分のことなのに?」

「死ぬ直前に見た、お前の幻かもしれないだろ」
エヴァンは眉を潜めて言った。

「幻は自ら幻だと言わないわ。」
そう言い返すとジャスミンは、
静かに言った。
「証明したとしても、死ぬなら、西の国には戻れないね。
間諜を謀った私に待ち受けているのは、地獄かな。」

「変なこと言うな!
お前がどう捉えようが勝手だが、こっちまで巻き込むな。」
エヴァンはムッとして言った後、
温泉の水面を見て静かに言った。

「ある意味、お前は西の国には行けるんじゃないか?」

いつの間にか、風呂場には水面に綺麗な景色が写し出されていた。

それは、2人の故郷だった。

「お前にとっては、そこが西の国だろ。
行けよ。」
エヴァンがぶっきらぼうに言った。

「エヴァンは、行かないの?」
ジャスミンは、エヴァンの顔を見て言ったが、彼は首を振った。

「ゴルテス様の元に行く。」
エヴァンは、神妙な面持ちでそう言うと、湯の中に入っていき、突っ立っていたゴルテスの元へ行った。

そして、2人は壁穴に向かって歩きながら、水深が増す湯の中に体を沈めていくのだった。

ジャスミンは、2人の姿が見えなくなるまで見送った。
彼女の顔は無表情であった。
何故か無感情だった。

しかし心には、穴が空いていた。

ジャスミンは、故郷を水面に写し出す湯に足を入れた。

不思議と怖くはなかった。

それから湯の中へと入っていく。

彼女が頭まで完全に浸かったとき、温泉が急にぼこぼこと泡立ち始めた。

それから大量の湯気を発生させながら、蒸発し、干上がってしまった。

そこにはまた新たに、沸き上がる湯で満たされていった。

湯気は、大浴場の、天井に空いた穴に入り、外へと出ると、東へと流れていった。

東の果て

東へと進む運び屋は、砂漠を越え、火山を越え、猛毒の湖を越え、針山を越えた。

東へ東へと進む度に、悪魔達の数は減っていく。

遂には、人間だけになった。

「次が、終点ですね」
フランチェスカが言った。

エリカは暗い表情をしていた。

深い深い喪失感の中で、ぎゅっと目を瞑る。

「みな最終的に死ぬんですよね。」
ぽつりと呟いた。

マリアはエリカをちらりと見て、沈んだ声で言った。
「人間は何れ死ぬものです」

エリカは、気が触れたようにマリアを見て言った。
「私は、魔界の危険が原因の死のことを言っているのです。
次に死ぬのは誰です?
ならば、私にしてほしい。
最期の1人になりたくない。」

マリアは、淡々とした口調で言った。
「魔法の謎を解明することが出来たなら、死ぬ必用もありませんよ。」

エリカは、首を大きく振って言った。
「魔法は、魅力的な力だけれど、人間が手に入れてはいけない力だったのではないですか?

この世の理を全て解き明かすまでが、この旅の終着点ですか?

それならば旅と同時に終わるのは、心です。

未知の可能性がある世の中だからこそ、人間の心は生きていくのではないですか?」

その時、フランチェスカがやって来て言った。
「不毛な哲学はそこまでです。
到着しますよ、終点に。」

超高速による混沌とした窓の外が、景色として認識出来るまでに、車体は減速していた。

そして、遂に終点に停車してしまった。

そこは何もない辺鄙な場所。

駅さえもなく、みなは剥き出しの地面に降りた。

運び屋は、地面に帰るべく、路線の切れた先をそのまま進んで行ってしまった。

「行ってしまいましたね。」
エリカがそれを見て呟くと、ハッとした表情になり尋ねた。

「帰りの路線はどこにあるのでしょうか?」

フランチェスカは、悠長に言った。
「大事なことを聞き忘れていました。
恐らく、一方通行でしょう。
しかし、ドラゴンに乗ることが出来たなら、帰れるでしょう。」

「この山に、ドラゴンと交渉出来る塔が、出現するのですね。」
エリカはそう言って、すぐ目の前にある、山の始まりに目をやった。

針葉樹が疎らに生える坂がずっと続いている。

ここは、山脈の麓。。。
出発前に遠くから見た時は、
東の果てに行こうとする者を阻む壁のように聳えていた山脈。
今目の前に、数十歩先にある、、、。

エリカが不安げに言った。
「どこを登るべきでしょうか?」

フランチェスカは、エリカの声が届いていないのか、空を仰いでいた。

エリカもそれに倣って空を見上げると、西の空から霧のような雲が流れてくるのが見えた。

「あの雲の行く先に行きましょう」
フランチェスカは、指で指し示して言った。

”霧の出現と共に現れる塔”

そんな言葉を思い出す。

「霧の搭の霧とは、あれのことですか?」
エリカが尋ねると、
「かもしれませんね。」と微笑を浮かべて頷いた。

***

一同は、針葉樹の山を登り始めた。

上に登るに連れて次第に寒さが増していく。

白い吐息を吐きながら歩いていくと、ほろほろと白いものが、空から舞ってきた。

粉雪である。

歩いていくにつれ、雪が積もっていく。

そして、気がつくと、皆は、雪が地面を覆いつくした一面白い景色の中を歩いていた。

暫く歩いていくと、幅の広い山道が現れた。
不思議なことに、雪は降り続けているのに、そこには雪が積もっていなかった。

「誰かが暮らしているのでしょうか」
エリカがそう呟いた時、
山道の脇に小さな庭が見えた。

思わず眉を潜める。
そこにさっと人影が通った気がしたのだ。

目を凝らしてもう一度見てみると、人影の正体が目に入った。

それは、一言で言うなれば棒人間であった。
紙で書いたような線が、この立体空間に存在する様は何とも奇妙なものである。

それは、音もなく動いていた。
子どものように、砂で山を作って遊んでいる。

ふと、それは、こちらに気づいたように頭を傾げた。

エリカは、その瞬間、重大な秘密を見抜かれてしまった気がした。

悟られれば未知の災いを引き起こす、エリカの髪にかかった呪い。

しかし、次の瞬間、秘密を奪われてしまったかのように、
何をそんなに隠そうとしていたのか分からなくなってしまった。

ふいに、マリアが声をかけてきた。
「先輩、どうしました?」

「いや、さっきそこに、、、」
エリカが指し示すと、そこにはもう棒人間の姿は無かった。

それどころか、庭も姿を消していた。

「何か、見たのですか?」
マリアに尋ねられ、
エリカが先ほどの光景を説明しようとしたが、首を傾げた。

「あれ、、、何を見ていたんだろう?」

エリカの記憶の中から、その光景は抹消されていたのだ。

マリアは、不思議そうにエリカを見ていたが、淡々と言った。

「行きましょう」

暫く登っていくと、山道は途切れ、そこから先は、積もった雪で地面が覆われていた。

雪を踏みしめながらそこを歩いていくと、突然、白い靄が漂ってきた。

霧の出現である。

「はぐれないように、ロープで体を繋ぎましょう!」

フランチェスカの指示で、エリカ、マリア、軍人達は、ロープで繋がり列を成した。

霧は次第に濃くなっていき、白い絵の具で塗ったかのように、一面真っ白な世界で、一寸先も見えない。

それは、霧の搭へと誘うものだ。
そうエリカは確信した。

そして、、、靄が晴れていく、、、
かに思われたが、完全には晴れなかった。

しかし、煙ほどの濃さとなり、視界は広がった。

上を見上げると、星1つない夜空が現れていた。

そして、深く積もった雪景色の中に、霧に隠れてぼんやりと、見えた。。。

黒く聳え立つ不気味な塔が。。。
これが、霧の搭。

そこに向って、ロープで繋がった一同は歩いていく。

ところが、歩いても歩いても、搭に近づく気配はなかった。

エリカが不安げに言った。
「搭は本当に存在するのですか?
進んでも進んでも近づいてる気がしません」

誰もその言葉に答える余裕も無かった。
ただ、ひたすら歩き続けていく。

ふいに、従軍の1人が声をあげた。
「これはまやかしです。
遠近感覚を狂わせる、魔法の霧。」

帝国軍=魔法の国の軍人である。

「どういうことどしょうか?」
フランチェスカが尋ねた。

「私は魔族ではないので詳細は分かりませんが、そのように書かれた書物を目にしたことがあります。」
軍人が答えた。

「なるほど、、、」
フランチェスカは相槌を打った。
言葉に反して、咀嚼しきれていない様子である。

軍人は言った。
「まやかしを解けるのは自分自身だと聞いております。自ら気づいて立ちきるしかないとのこと。」

「なるほど、、、」
再び相槌を打ったフランチェスカ。
しかし今度は、どこか挑戦的な声質である。

「皆さん、彼の言葉を良く考え、まやかしを立ちきるのです。
各々が頑張るしかありません。」
フランチェスカはやんわりと命じた。

仲間と協力出来ない、孤独な闘いが始まる。

フランチェスカの言葉を噛みしめ、エリカは目を瞑った。

普段物を見る時に、無意識に頭の中で整理されていく遠近法を、ゆっくりと思い起こす。

そっと目を開いた。

目の前には、固い壁面が見えていた。
それは、高く聳え立つ塔の壁。

今、エリカは塔の真下にいる。

まやかしを立ち切ることに成功したようだ。

一緒にロープに繋がれた他の仲間達もいる。

いや、よく見ると、何人かがいない。
人間を縛っていた、ロープの結び目だけを残して、消え去ってしまったかのようだった。

「何人か、軍部の者が取り残されたようです」
マリアが言った。

「まやかしを見抜けなかったのでしょう。
彼等の為に戻るわけにはいきません。」
フランチェスカが厳しい声で言った。

それから指示を出す。
「ロープを外して上まで上りましょう」

~~~
皆、ロープから体を解放し、搭の中へと足を踏み入れた。

中は、ずっと続いていく螺旋階段しかない、殺風景な内装であった。

長い長い階段を登り終え、
搭の頂上まで来たとき、霧の中から巨大な頭が現れた。

ドラゴンだ。

目にするのは、即位式の時以来である。
東に住む生き物。
しかし、他の悪魔にはない気品と威厳を感じる。
最初に見た時以上に、エリカは圧倒され、一瞬時を忘れてしまった。

ドラゴンは大きな翼を羽ばたかせ、霧を蹴散らすと、頭をエリカ達の足下につけた。

「乗るように、ということかもしれませんね。」
フランチェスカは言った。

「これに乗るのですか?」
エリカは躊躇がちに言った。

「勿論です。」と答えると、フランチェスカは優しげに言った。
「ここまで来て怯むのですか?」

エリカはすっと息を吸って気合いを入れた。

そして、目に強い思いを宿して言う。
「いいえ。行きます!」

「それでこそ、研究者の卵に相応しい言葉です。マリアも、勿論行きますね」
フランチェスカが、マリアに視線を移して言う。

マリアは、フランチェスカを見上げ、それからエリカを見つめた。
そして再びフランチェスカに視線を戻して言う。
「研究長様のご指示に従います。」

その瞳に、微かなる意思を感じた。
いつも無機質で、自分の意思などないかのような瞳だった。
今は、違う。

エリカは、思わずその瞳に笑いかけていた。

フランチェスカは、2人の様子を見て微笑むと、霧の向こうを見つめて言った。
「行きましょう!
この先にある、東の果てに!」


無の壁の正体

一同 は、広いドラゴンの背に乗る。

すると、ドラゴンは、翼を羽ばたかせ、地から脚を放した。

上昇していく中で、振りおとされないよう皆必死に捕まる。

安定飛行に入ると、エリカは周りの景色を見回した。

空は色も何もない、ひたすら透明色をしており、下は霧で見えない。

そんな殺風景な場所をずっと飛んでいると、
北から南へとずっと張り巡らしたされている柵が見えてきた。

鉄で出来た、先端が尖った黒い柵である。

ドラゴンは、そこに舞い降りた。

足元から先は、霧に隠れて見えない。

みなが、その背から降りると、ドラゴンは霧に隠され見えなくなってしまった。

地に脚をつけたはずのエリカは、地面に立っている感覚がしない、不思議な感覚にみまわれていた。

霧が立ち込める白い空間の中で、一点の黒ずみのように立っている人物がいた

槍を持ち、フードを被り、門番のような出で立ちをしている。

フランチェスカは怯むことなく歩いていき、正体不明のその人物に尋ねた。

「あなたは、誰ですか?」

門番は、固い表情で答えた。
「東の果てを管理する門番だ」

その時、ささっと黒いなにかが走って門の向こうへ消えた。

一瞬であったが、その正体は目に入った。

エリカが先ほど見ていた棒人間である。

しかし、その記憶が消え去っていた為に、まるで初めて見たかのような口振りで尋ねてしまった。
「今、黒い棒人間みたいなのが、走っていきました。
あれは何でしょうか。」

門番は答えた。
「棒人間は、世の秘密を、東の果てに捨て去る生き物だ。
時に暴露してしまうこともあるがな。」

フランチェスカは、棒人間には興味を示すことなく、門番に聞いた。
「東の果てには、何があるのですか?」

「果てには何があるか、、、。
それは永遠の未知のままだ。
人間がいかに知識や技術を発達させようと、知ることはない」

フランチェスカが更に尋ねた。
「人間の頭脳では、理解し得ないということですか?」

門番は言った。
「いいや違う。
永遠の未知という言葉に偽りが生じないような世界が広がっている」

フランチェスカは言った。
「つまり、私達が知ってしまえば、それは永遠ではなくなるから。」

門番は頷いて言った。
「未知と、永遠の未知は異なる。

永遠の未知は、
未知の答えは存在するが、どのような手を使っても決して知ることが出来ない。

世界が永遠を維持しようとしているのだ」

それから彼は、手で柵の向こう側を示して言った。
「この先に行きたいなら行かせてやろう
但し、帰りはない」

まさかの言葉である。

柵の向こう側は、視界の限り、ここと同じような殺風景な光景が続いていた。

フランチェスカは、暫く黙った。
考えているようだ。

彼女なら行きかねない。
みなに、一抹の不安がよぎった。

しかし、フランチェスカは微妙を浮かべて言った。
「お断りします」

門番は言った。
「それが良い。
人間が住むような世界じゃないからな。」

「しかし、ここまで来たのに、無駄足になりました」
フランチェスカが残念そうに言うと、
門番は言った。

「君たちは何万年ぶりの客人だ。
誰でもいい、会話がしたい。
私のような輩と話してくれるのは、私が珍しい情報を渡している時だけだ。」

それから、意味深な表情で皆を見回して言った。
「無の壁について、全て、知っていることを教えよう」

南から北へと空間を侵食しながら進む壁・・・。
大きな謎を秘めた壁について話すと聞いて、みなが食い入るように耳を傾けた。

門番は話し始めた。
「あれは、、、時間の壁だ。

この世界では、空間を侵食しながら北へ進む壁であるが、
ここと垂直に交わる別世界=君たち人間の世界では、時間を侵食しながら未来に向かって進む。」

「垂直?」
フランチェスカが首を傾げて言うと、門番が答えた。

「言葉通りの意味だ。

面で例えよう。

平行に並べられた無数の面と、
それと垂直に交わる1枚の面を思い浮かべればいい。

無数の面には、一瞬一瞬の出来事が描かれており、順々に無の壁によって消されていく。

つまり、過去の空間を消しながら、一方通行に動き時間を作り出す、時間の壁なのだ。

そして、それらの面と交わる1枚の面は、同じく無の壁とも垂直に交わることとなる。

つまり、壁は、君たち人間の世界では過去を消し去り、この世界では空間を消し去るものなのだ。」

「無数の面とは、私達が来た世界の過去と未来。
1本の面は、この魔界を例えているのですか?」

フランチェスカが言うと、門番が言った。

「概ねそうだが、少々語弊があるな。
過去は既に壁に消されている。
一瞬一瞬が過去となり、常に抹消されていくんだ。
お前達の世界にあるのは、未来の空間だけだ。」

フランチェスカは更に尋ねた。
「この世界と交わっていながら、衝突しないのは、4次元空間でみたら交わっていないからなのですか?」

「いかにも。

交わっていながら、お互いに存在も知らず、衝突することもなく生きている。

2枚の紙を垂直に合わせてみろ。
紙だから衝突する2枚も、実際の2次元は厚みが全くない。
よって、衝突せずに交わることが出来る。

この原理で考えれば、3次元の2つの世界が衝突しないことに納得がいくだろう。」

門番が言い終えるや否や、フランチェスカが興奮ぎみに聞いた。
「人間界と交わりながら存在するのは、この世界だけなのですか?」

門番が言った。
「それは分からん。
無数に存在しているのかもしれん。

しかし、この世界とお前達の世界が繋がったのは、この世界と交わる領域で、秘少石の力を使ったからだ。

別の場所で使ったならば、別の垂直世界が開けていたかもしれん。」

「秘少石はどこにあるのですか?
私達人間が作ったと言われているのに、魔界の、しかもその果てにあるとされる天国にあると聞きましたが」

フランチェスカが好奇心に満ちた様子で尋ねると、門番は言った。

「分からん。
お前らがその力を使った時に消失したと聞いておろう。」

エリカは、話を聞いていてふと疑問がわいてきた。
そしてそれをそのまま聞いた。

「時間が、過去の空間を消し去るものならば、
この世界に時間は存在しないことになります。
この世界では過去の代わりに、空間が侵食されているのですよね?

しかし、今はもこうして時間は流れているじゃないですか。
これはどういうことですか?」

門番は言った。
「それはまやかしだ。

お前達の世界で言えば、
確定した未来が現在となり、過去として消え去る又は、
現在の空間が消失した瞬間に、次の空間に影響を与えその瞬間に現在が決まるのか
どちらかだろう。

物事は、秩序から無秩序へと物事が進んでいく。

皿の形として秩序だっていたものが、割れて、無秩序な破片に変化しても、その逆は起こらない。

その一方通行の現象を、時間だと認識しているに過ぎない、この世界ではな。

お前達の世界には、無の壁という時間が存在するだろよ。」

エリカが首を傾げて問うた。
「でも、、、この世界の地中では時空が歪んでいます。

時間が存在しなければ、時空が歪むなどということはありませんし、そもそも時空自体が存在しないことになります。

それはどう説明されるのです?」

門番は言った。
「それは、、、地中の中では、凸字型に空間が歪んでいるからだ。
つまり、君たちの世界と同じ方向に空間が広がるのだ。
時間の存在しない世界にありながら、時間方向に空間が広がる世界が地中。
だから、地中には時が止まっているのだ。」

フランチェスカが閃いたように顔を輝かせて言った。。
「地中の内部が∞なのは、未来方向に広
がっているからですか?」

「いかにも。未来は永久に続くということだ。」
門番が言った。

フランチェスカは、少し話題を変えて言った。
「なるほど、、、。

物理法則は、全て数字に表されます。
つまり、世の全ての現象は確約されているということ。

つまり、この世界もあちらの世界も、時間の在り方は異なりますが、
未来は確定されているということですね?」

門番は言った。
「そうかもしれんな。

どちらにせよ、
物理現象に一定の法則があるが故に、全ての現象は法則通りに進む、つまりは未来が確定されているわけだ。

しかし、それを揺るがすものがある。

それが量子力学だ
確約しない素粒子の動きはまるで、
意識のようだ。

それが、未来を変える可能性を秘めているのだ。」

「過去には戻れないのですか?」
エリカはつい尋ねてしまった。

「どれほど技術が発展しようと、永久にふ可能なことだ。
過去は無の壁で完全に消失しているのだぞ。」

門番が言うと、エリカは言った。

「けれども、痕跡や人々の記憶として残ります」

「物理現象の結果を痕跡と言っているに他ない。

記憶は幻想に近い。
脚色または作り上げた妄想、、、正しい記憶はないに等しいだろう。」

フランチェスカが、探究心を刺激されたように聞いた。
「相対性理論というのが私達の世界にはあります。
計算上ではありますが、光の速さを超越すると、過去に戻ると。」

門番は言った。
「それはだな、、、

光の速さで進む、無の壁=時間の壁を越えて、時間の止まった、確定した未来へ行くことが出来るからだ。

つまり、未来に行って戻ってくるだけであり、無になり消え去った過去を取り戻すことは出来ない。」

それから考え込むように続けた。
「しかし、天国ならば、それを可能にする神様がいるかもしれん。
この柵の向こうかもしれないし、
北の果てにあるかもしれん。
はたまた、空の果てにあるか。。。」

空という言葉を聞いたからからフランチェスカが尋ねた。
「この世界では、なぜ、空高く飛ぶことが出来ないのでしょうか。」

門番は言った。
「無の壁を見ての通り、この世界では、空間の消滅が一方通行となっている。

その影響か、
空間的なエネルギーの方向性に逆らうことが非常に難しい。

1番の例は重力だ。
物は高い所から低い所へおちる。
その一方通行の方向性を逆らうことの出来る魔物は、ペガサスとドラゴンだけだ。」


過去への甦り

「あんの小僧めが!!
研究結果盗みおったなぁ!?!」

そう発狂したのは、作業員、、、ではなく駅員であった。

駅長室内をぐるぐると歩きながら、いてもたってもいられない様子で言った。
「北の果てに行くのは、自分らや!
人間には行かせたらん!
奴等の身体構造は脆すぎる
止めてやらんと!!」

******************

エレンは、コンパス片手に、地下道に沿って地上を歩いていた。

軍人達は、彼の後ろを、巨大な謎の球体を押し転がしながら運んでいた。

柔らかく、弾力のある球体だ。

変形するので、非常に転がしにくく、苦戦している。

「隔たりの川が断絶する場所がある。

その場所でのみ、地下道を作ることが出来るのだ。
東西を隔たるものが無くなった箇所では、両国を繋ぐことが可能になる。

つまり、この地下道の軌道のどこかに、滝があるはずだ」

エレンは歩きながら、苦しむように言った。
「その為には、川を見つけなければ、、!

資料によると、
川は、
善と悪を切り離そうとする意識の総体だったようだ。

全てのしがらみを絶ち、白黒明白にさせたいと強く思え!!

見えてくるはずだ。」

家臣らは、怪訝な顔をした。
王の言うことが咀嚼しきれずにいる。
抽象的すぎる指示だ。

「承知、、、致しました。」
「承知致しました、、、。」
家臣らは、戸惑いながら答える。

エレンは目を瞑り、意識を集中させた。
それに皆も従う。

、、、、、、

エレンの耳に、水の音が微かに聞こえてきた。

殺風景な砂漠で、空耳のように聞こえる水の音は、次第に大きくなっていく。

そして、空気が湿っていることに気づいた。

エレンはそっと目を開いた。

ふと空を見上げると、遥か上空で、摩訶不思議な景色が広がっていた。

空に、永遠と続く輝きの筋が浮かびあがっていた。

その筋は、空の青色とともに、流れていた。

その流れこそが、隔たりの川であった。

流れは、一ヶ所途切れていた。

そこから、大量の水がらっかし、
高所ゆえに、水は地面にたどり着く前に水蒸気化しており、その湿気がエレンの体にも感じられたのである。

例の滝である。
隔たりの川を断絶させる滝、、、。

「駅員さん、助かったよ。
魔法でも高く飛べなかったのに、、、。

透明ブロックを見つけてくれたおかげで、遥か上空の川に行けるよ」
エレンはそう言うと、
次なる指示を出そうと家臣の方へ目を向けた。

「減っている、、、」
思わず、彼は声を洩らした。

連れてきた人数の家臣がいない。
見て一瞬で分かるほどに、、、。

いなくなった者達は、隔たりの川を見つけそこねたようだ。
白黒を明白化しようとする川の意識を、捉えることが出来なかったのである。

そのことを悟ると、エレンは小さく呟いた。
「申し訳ないが、先に進ませてもらうぞ」

それから、着いて来ることの出来た家臣を見回す。

「僕の言ったことをよくぞ、理解し実行してくれた。
この滝の上=川の上へ、、、上ることになる。
どうか、この先も着いてきてくれ、、、。」
エレンは各々を見回しながら言った。

もはや、家臣は数えるほどの人数しか残っていない。
ほとんどが、幼い頃からの付き合いである者達だ。

だが、どこまで生きてくれるか、どこまで付き合ってくれるか、エレンには不安しかなかった。

彼は、不安を立ちきるように拳を握ると、覚悟を決める。

そして、腰から剣を抜くと、
運んできた透明な球体に向って勢いよく切りつけた。

プチっという音と共に穴を開き、
     中から液体が吹き出す。

液体は数多の立方体を形成しながら、
空を浮かんでいき、
各々は決まった位置に固定されたように止まった。

透明な立方体が、疎らに宙に浮かび、
地面から川へと繋ぐ経路を形成したのだ。

「登ろう。」
エレンが指示を出す。

それから彼は、先陣を切って、立方体を登り出した。

家臣らもそれに続き、順々に登り始める。

立方体同士は距離があり、おちないように飛び乗ったりよじ登ったりせねばならなかった。

何人かの軍人が、転らくしていく。
更なる犠牲を出すこととなってしまった。

今いるのは、、、6人程度。

しかし、エレンには、気に止めていられる余裕はない。

更に登っていく。

どれほど経ったことだろう。

川の側面の、傍らに来た。

分厚い水の層が、空を流れている様がすぐそこに見える。

立方体と、そこを登るエレン達の姿が、水に反射し空に薄っすらと浮かんでいた。

それは何とも不思議な光景であった。

そして遂に、層の上、川の水面の高さまで来ることに成功した。

川には、川縁が全くなかった。

すぐ先に、巨大な滝を形成している。

付近には、一艘の舟が浮かんでいた。
どこかに留め縄があるのか、水に流されずにいる。

「これだ!
北の端に行く舟は!」
エレンがそれを目にして言った。

舟は、自身の立つ立方体から、3メートルほど先にある。

その間には一切障害物がなく、着地に失敗すれば真っ逆さまに転らくし、命は無いだろう。

エレンは覚悟を決め、勢いをつけて、一気に跳躍した!

そして、、、!!!

足が、固い感触を捉える。

舟の床に足が付いていた。
着地に成功したようだ。

次は、家臣らの番だ。
ここで何人かを失う覚悟をしながら、エレンは彼らの方を見た。

先程、彼が立っていた立方体に、数人ほどが立っている。

しかし、いつまで経っても、こちらへ来る気配を見せない。

「お前たち、何をしている!」
エレンが戸惑いながら叫んだ。

付近にある滝の轟音で、その声は虚しくも掻き消される。

家臣の1人が口を開いた。
「陛下についていけるのは、もはやここまでです。」

別の1人も言った。
「北の果てなどには行きたくありません。」

彼らは、水の音に負けじと、声を張り上げることさえしなかった。

エレンには勿論聞こえるはずもない。

しかし、何を言っているのかは分かってしまった。

エレンは、唖然としたまま、言葉を返すことも出来なかった。
遂に、、、見捨てられたのだ。

人間どうしの戦には怯まない戦士達も、得体の知れぬ世界には恐怖しかないのだろう。

「申し訳ございません。」
「失礼致します。」

一言ずつ言葉を添えて、
みな、立方体をくだっていく。

その様子を、エレンは何をするでもなく、眺めることしか出来なかった。

~~~

一方、地上からは、鼻息荒々しく登っていく駅員の姿があった。
物凄い跳躍力でどんどん上に上り詰め、逃げてきた家臣を蹴散らしながら進んでいる。

1人になったエレンは、不安を圧し殺して自分に言い聞かせるように呟いた。

「この舟に乗って滝をおちれば、滝壺から流れの速い地下水に入ることが出来る。
地下水にのって、南の果てに行くんだ

天文学的な規模の莫大な時間はかかるが、地中でどれほど過ごしても、地上に出れば、出発前の時間になる。

あとは、人間の体が地中にいる間に朽ちないようにするだけだ。

この川の水は、地下水を栄養源とする体に作り替え、意識を長いこと眠らせ、テロメアを継ぎ足す作用を持つ。

グラス3杯分も飲まなければならない。」

その時、舟が大きく揺れた。

周りの景色が目に入っていなかった為に、エレンは意表をつかれた。

付近の立方体からこの舟に飛び乗って来た者がいたのだ。

ハスキー声が響く。

「それを飲んだらあかん!!
確かに、とんでもなく美味な水や!
でもな、せめて、二杯までにしぃ」

見ると、駅員の姿があった。

突然の登場に、エレンが唖然としていると、駅探は、舟首にある謎のレバーを引いた。

舟は急に透明ガラスに覆われる。
外と仕切られ、滝の音は完全に聞こえなくなった。

駅員は、叫んだ。
「不死になりたいんか?!?」

エレンは必死になって言った。
「テロメアを伸ばすんだろ?
寿命が来なくなるだけさ。
嫌になったら、自分で死ぬ」

駅員はため息をついてから言った。
「で、北に行く目的は何や?」

エレンは言った。
「過去に戻るためだ。

あの無の壁は、私達の世界では、時間の壁ではないか。」

駅員は驚いて言った。
「そんなことまで知ってるんかい。」

「君の資料のおかげだよ。」

エレンは言うと駅員は言った。

「盗んだだけやないかい。」

エレンはその言葉を無視して話し始めた。

「過去の要因から引き起こされる現在の結果が、現在の有り様ということだ。

ならば、その結果から逆算して、無の壁に、その要因を再現させることが出来たなら過去を再現出来る。

それを可能にするのが、北の果てにある、概念世界の1つ。

君の資料によれば、
そこでは、物理的な物が一切ない、概念だけの世界なんだろ?
ならば、その世界では概念上でしか実現出来ない事柄を可能にさせることが出来るではないか。
つまり、意思次第で、一方通行の時間を可逆的にすることも出来るはずだ。」

「あほか!
無とはな、何もない無や!
無に過去を再現するなど、ふ可能や!
無からは何も生まれない。」
駅員は言った。

「ならば、ビッグバンはどうなる?
宇宙は無から生まれたのだろう?」
エレンは言った。

そして、更に続けた。
「それに、駅付近に出没する幽霊はどうなる?
無の壁に消されるはずが、魂だけは残り続ける。

つまり、魂を利用すれば、物質も無に逆らい残せるかもしれない。」

駅員は怪訝そうな顔で言った。
「幽霊の話は、一仮説に過ぎない。
無に消されなかった魂としての存在なのか否かは、誰にも証明しようがない。」

それから、話の方向性を変えた。
「お前の言う原理で過去に戻れたとして、
戻る為の影響が加わったことにより過去は変わるんやないか?

例え、その影響も含めて処理され、変わらない過去に戻ったとしたならば、
過去にタイムスリップしたお前の記憶はなくなるやんやぞ?

変わらない過去やからな。
記憶がないお前しか、その過去には存在しない。

果たしてそれは、過去に戻れたというんか?」

エレンは、押し黙った。

過去に戻りたいと人間が思う理由は2つ。
1つは失敗を無かったことにしたいから。
もう1つは、楽しかった過去で再び輝きたいから。

どちらにしろ、戻る前の記憶がないと、意味がないのかもしれない。

そう考えるエレン。

彼の様子を見て、駅員は尋ねた。
「なんで、そんなに過去に戻りたいん?」

エレンは答えた。
「物心ついたころから、間諜として役割を果たさなければならなかった過去を変えたいんだ。

普通に穏やかに暮らしたかった。」

駅員は、エレンの悲しげな顔を見て、彼の肩をぽんと叩いた。

「そういう理由ならば、この旅でお前が期待することは2つや。
1つは過去に戻る行為により、過去が変わること、
そしてもう1つは、変わた過去は、お前の望み通りの過去になることや。」
駅員が言った。

エレンは尋ねた。
「なぜ、お前は北へ行く?」

駅員は答えた。
「北にはな、秘少石があると信じてるからや。
それを壊せば、この魔物の世界は終わる
魔法など、存在してはならない力だ。

それを封印するでなく、抹消するんや」

「いいのか?
お前も消え去るかもしれないのだぞ?」
エレンは驚いて尋ねた。

「意識だけが残るのはごめんだな。
しかし、それさえも抹消されたならば、後悔をすることはない。」
駅員が言った。

「理由は異なるが、目的地は同じだ。
共に舟に乗らないか?」

エレンが言うと、
駅員は嬉しそうに言った。

「しゃぁないなぁ。
長旅やし、話し相手の1人や2人、おった方がいいしな。
了解や!」

それから、2人は、舟の中で、川の水の入った杯を交わした。

間もなくして、舟は滝を下っていった。


戦争

悪魔の国では、妖精と悪魔から誕生した”人間”達が暴れていた。

彼等の攻撃により、森に生息する悪魔達が次々と討伐されていく。
悪魔も反撃するが、物理攻撃にはめっぽう弱かった。
大量の”人間”、しかも”軍人”に囲まれて敵うはずもないはず、、、が、魔法を使える悪魔は、軍事力と拮抗していた。

そのような、”人間”対悪魔の戦に、
本物の人間=リー大佐と彼の率いる軍、それから作業員や駅員も、参戦することとなった。

これは、人間らが、悪魔の味方にはつかずに”人間”と対立する、
3グループ2対立の前代未聞の戦争である。

「指揮出来る状況にありません。各自で判断し、行動してください。私の力不足で申し訳ない。」
リー大佐のこの言葉により、人間達は、散り散りになった。

上を見上げると、西の空にはアイリスが、東の空には、不思議な人型模様が浮かび上がっているのが見える。

この空の異常に、地上の者達は気づいているだろうか。。。

どちらにせよ、戦争は留まる様子を見せなかった。

絶えず、攻撃や被弾の不穏な音が響き渡っている。

敵は疎らに存在していた。

木々の隙間から来る射撃、
目が合った敵陣営の人間、
真正面から襲撃してくる悪魔、、、。


それらを交わし、狙撃しながら進む。

どれほど走ったであろうか。

突如、大地が揺れた!

空間が捩れたような不気味な音が鳴り響く。

得も言われぬ感覚に襲われた大佐は、平衡感覚を失い地面に崩れた。

彼だけではない。

地上にいる者達皆、この現象に逢い地にうずくまった。

その間、東の空では不気味な光景が繰り広げられていた。

大佐は頭を抱え、苦しみに耐えながら、空を見上げた。

空に浮かぶ巨大な人型模様。。。
一瞬、幾重にも霞んでいるように見えた。

が、実際にそれは複数存在していた。

何とも奇妙なことに、
まるで空に版を打っているかのごとく、人型模様がその模写体を生み出しているのだ。

そして、それらは、生きているがごとく動き、1列に隊を成し、そして、一直線にこちらへと向かって来ていた。

天空人の襲来を思わせるような、衝撃的な光景であった。

あまりの不可解な現象に、大佐は唖然としたまま、空を見上げることしか出来なかった。

あれよあれよという間に、その人型の生き物は高度を下げて、
地上へ、しかもこの辺りの林床へと、近づいてきている。

奇妙なことに、それはいつまで経っても遠近法を発揮しなかった。

空の遥か彼方から見た時と全く同じ大きさのままなのである。

それでも、近づいて来ていることは、不思議と感じ取れた。

そして、、、

人間の平均より少し大きいその生き物の、最初の一体目が、遂に地面に脚をつけた。

その瞬間、大佐の体は一気に開放された。

終始、響いてた不気味な音もぴたりと止んでいる。

ハッとして大佐は振り返った。

ふいを付かれ、背後から敵が迫ってきていたのだ。

それは、獰猛な野生の悪魔である。

この状況など気に止める様子もなく、一直線に大佐目掛け、悪の本能赴くまま、突進して来る!!

次の瞬間!!!

悪魔が、突如ぴたりと止まった。

その場でジタバタと藻掻いている。

まるで、進行方向に見えな壁があるかのように。

そして奇妙なほどに、悪魔の体は平面体に見えた。

いや、、、

実際に、平面化したていたのだ!

そこで大佐は、思い起こす。

とある生き物の話を。

それを真正面から見てしまった者は、完全に平面化し、厚みが完全なゼロの二次元世界へ引きずり込まれてしまうというもの。

以前、調査の上で知り、フランチェスカへの手紙にも書いて報告した情報である。

今目の前にいる、この二次元の悪魔は、大佐を挟んで向こう側に、その生き物を直視してしまったのだ。

大佐は背後にその気配を感じ、固まった。

悪魔は、少しずつ消えていっているように見えた。

実際には、体の向きを変えながら、厚みゼロの面を大佐に向けている。

そして、完全に見えなくなってしまった。。。

大佐は下を向き、地面を睨みつけた。

たった今襲来してきた人型模様が、その恐ろしい生き物の正体で間違いないだろう。

上空にいた時は、真正面で対峙しなかったから、その姿を見ることが出来た。
が、地上に降りてきていた今、けしてそれを見てはいけない。

そのような中で、大佐に1人の"軍人"が声をかけてきた。


それは、魔物から生まれた、"帝国軍"であった。

大佐が咄嗟に剣を向けると、その者は武器を投げ捨て両手をあげた。

予想外の行動に、攻撃を躊躇っていると、両手を掲げた"軍人"は訴えかけるように言った。

「私の中にいる妖精は、女帝を即位させた天女です。
まだ、悪と完全には統合されていません。
妖精としての記憶と善意がある内にお伝したいことがあります。」

大佐は、剣を構えたまま耳を傾けた。

「今空から降りてきた生き物は棒人間です。
それは、秘密を弄ぶ悪魔。。。

捨て去ったり、暴露したり、、、。

しかし、空にこのような物が浮かびあがったり、大量に襲撃してくるなどということは未だかつてありませんでした。 

たった今、とても重大な秘密が、暴露されようとしているなのかもしれません。」

それから、"天女"は続けた。
「私が、ペガサスを呼び寄せます。
それに乗り、空の果てに行ってください。
何か知恵を授けてくれることでしょう。」

リー大佐は警戒を解かずに尋ねた。
「呼び寄せるペガサスは一体だけですか?」

"天女"は言った。
「はい。
一体しかいませんから。」

「人間は何人乗りますか?」

リー大佐が尋ねると、"天女"は言った。

「せいぜい、2人がやっとのことでしょう。
3人以上乗れないこともありませんが、疲弊してらっかする危険性がありますから。」

それから続けて聞いた。
「あなたは、、、大佐は乗らないのですか?」

その時、
突然、"天女"が苦しみ出した。
彼女の心は”帝国軍”へと姿を変えようとしていた。

彼は、捨てた剣を拾い、大佐に襲いかかっていく。

悪魔と完全に統合されてしまったようだ。

大佐は一撃で、腹を切り裂いた。

先ほどまで普通に話していた相手を切りつけるなければならないことは、何度もあった。
が、繰り返すほど憤りの気持ちは増していた。

厳しい顔つきで、大佐はその場を離れた。

彼が走っていると、相当場違いな人間がいた。

それは、4歳程度の男の子であった。

「怖いよ。」
男の子は、震えながら言った。

「大丈夫や!
助けたる」
そう言って、怯える男の子を抱えたのは、作業員であった。

その時、
作業員は、呆然としているリー大佐に気づいた。
作業員は警戒しながら言った。

「培養の仮定で失敗して、子どものまま目覚めてしまたんだ。」

それから、大佐を睨みつけて言った。
「だから、殺すな?
まだ子どもやし、軍人としての能力はない。」

大佐は苦い表情をした。

作業員の姿に、かつて戦場で、少年兵の自分を守ろうとしていた、叔父を見た気がしたのだ。

その時、大佐には、物陰に"帝国軍"が控えているのが見えた。

子どもを狙っている。

その子どもは、敵国の王の服を着ていたのである。

しかし、作業員は後退りしながら、子どもを抱えて、"帝国軍"には気づかずに、そちらの方に走っていく。

「そっちは、、、」
大佐は思わず声をもらしていた。

見捨てるのが、普通の軍人としての在り方だった。

しかし、大佐が走った先は、控えていた"帝国軍"であった。

襲撃に気づくと、彼らは迎撃を開始した。

思わぬ状況で、自国の服を身にまとった軍と戦うことになってしまった。

複数人と戦いながら、守らねばならなかった大佐は苦戦した後、、、
遂に、全滅させることに成功した。

その彼の胸を、銃弾が撃ち抜いた。

銃を向けていたのは、作業員であった。

「1番の強敵を仕留めたわい!」

男の子は、戸惑いを隠せない表情で言った。
「何で?
僕たちを助けようとしてくれたのに?」

「戦場では、よく知らん相手への信用が命取りや。」

「だからって、、、」

作業員の言葉に、強い憤りを見せながらそう言った男の子を抱えて言った。

「安心しぃ、お前はわいが守っちゃる。」

空の果て

棒人間達は次々に、人間、悪魔関係なく、2次元の世界へと引きずり込んでいった。

そして遂に、
一体がヴァイオレットに対面した。

フランキー少佐が咄嗟に庇うが遅かった。

彼女はうめきながら頭を抱えて座り込んだ。

「私の魔法が、エリカを苦しめていたの?!?!」

棒人間が伝えたのは、エリカが隠していた呪いであったのだ。

気づくと、
棒人間はいなくなっていた。
空に描かれた巨大な棒人間も消えていた。

その時、空が大きく震えだし、隔たりの川が現れた。

川は反乱し、両国に溢れ出した。

遥か上空から降り注ぐ水達は、津波となり大地をかけめぐった。

迫り来る水の壁を見た時、ヴァイオレットは焦点の合わぬ目で、突っ立っていた。

「もう終わりよ、、、何もかも、、、」

その時である。
白い翼の生き物が舞い降りてきた。

ペガサスだ。

それにいち早く気づいたフランキー少佐は、ヴァイオレットを抱えて背に跳び乗った。

2人を乗せると、ペガサスは空高く飛んで行った。

取り残された軍人達は、水の壁の中に姿を消してしまった。

フランキー少佐の従軍は全滅した。

その間に失神してしまったヴァイオレットを、自分の前に乗せ、フランキー少佐は手綱を握っていた。

暫く昇っていくと、
そこには、 太陽があった。

それは、核融合しながら燃え盛り宇宙を照らす、高温の星ではなかった。

絵本の世界のように、空に張り付いた太陽が、にこにこ笑顔で浮かんでいた。

ペガサスも、空に張り付いていく。

突然2次元化していくペガサスから、おちそうになった時、何かがすくいあげた。

それは、太陽から出てきた手であった。

その様子は、本当に絵本の中そのもののようである。

太陽は、真顔になると、深く安心感のある声で言った。

「ここから先は、物理法則ではない法則で支配される世界。

この世界=魔界は、物理法則が支配する人間界と、
別の法則が支配する世界の狭間にある。」

「その法則とは?」

少佐は、眉を潜めて尋ねると、太陽が答えた。

「ストーリー性が支配する世界だよ。
物語のような展開に従って存在する世界。

ここは、
物理法則とストーリー法則が混じりあった世界なのだ。」

少佐は訝しげに尋ねた。

「科学的知識が含まれる物語はいくつもある。
その世界も、2つの法則が混じり合っている。
それらの世界とこの世界の違いはあるのか?」

「違いは、現実に存在するか否か、、だ。
いくら混じり合っていようと、存在しない架空の世界だ。
しかし、この世界は現に存在する。」

太陽が答えると、更に少佐は尋ねた。

「存在してしまった所以とは?」

太陽は話し始めた。

「秘少石の力だ。

その石は最初、
不規則に配列する素数の解を解き明かす為に作られた。

しかし、石を利用した人間にも、その解は分からない。

知るのは、秘少石だけだ。

不規則性の代表格は、自我。
自我は意識を根幹としている。

そして、意識の根幹は素粒子にある。
不確定な動きをするのはそのためだ。

遺伝子は、幾何学的に素粒子の意識を統合しやすい。

そして、脳機能の総体として存在する意識と、
遺伝子に閉じ込めた意識が複雑に混じりあい、
自我を形成するのだ。」

それから、太陽は続けた。

「秘少石の力による不規則性は、
同じく不規則なストーリー法則の世界の扉を開いてしまった。

さらに、石は意識にも影響しやすかった。

つまり、量子力学とストーリー性が結びつき、
素粒子の意識を元に魔法が誕生した。」
「ストーリーの世界以外にも、
不規則な法則が支配する世界は、いくらでもある。

それは、人間が作り出した概念世界の中に、数多に存在する。

この世の果ては概念世界。

物理法則以外の法則で成り立つさまざまな世界がある。

不可逆となっていた現象が、
人間の希望次第で可逆的になる世界や、
言葉の綾が現象を引き起こすなど言語性の世界など、、、。」
「ヴァイオレット・ギャラクシア・メイデン」

太陽が優しく声をかけた。

すると、ヴァイオレットの目がゆっくりと開いた。

「陛下。」
フランキー少佐が彼女を助け起こす。

「説明は大丈夫よ。
意識が無かった時、頭の中に、映像が浮かんでいたの。
だから、状況は把握しているわ。」
ヴァイオレットが言った。

それから彼女は、太陽に顔を向けた。
目を細めて、眩しそうに見上げる。

子どもの時に見た、自分の心の中だけにある優しい顔の太陽が、そこにはあった。

「あなたが、映像を見せてくれたんでしょう?」
慈しみを込めて聞く。

「そうさ。

元の世界に帰りたいかい?」

と太陽は尋ねた。

エリカの呪いが解けたからか、彼女にのし掛かる代償はより増していた。

愛されることのない気持ちは、権力への執着を強めた。

「魔法を揺るがないものとして手に入れたい。」

ヴァイオレットはそう言うと、太陽を見て真剣な目付きで言った。

「この先に行きたいです。」

「2度と戻れないよ。」

太陽が言うと、ヴァイオレットが言った。

「承知しております。」

それから、きびきびした女帝の風格で命をくださかた。
「フランキー少佐。
最後の命令です。

フランチェスカ達を連れて、元の世界に帰ってください。」

少佐は納得出来ないように言った。
「陛下!!
考え直してください。」

「もう決めたことです。」
ヴァイオレットは言った。

「永遠の孤独が待ち受けていますよ。」
少佐が言うと、ヴァイオレットは悲しげに言った。

「魔物と契約してから私は、ずっと孤独です。
何も変わりません。」


その頃、大地では、溢れ出した水が、西と東の果てに消え去り、地面が現れていた。

川の氾濫は物理行使と言えど、魔法の川。

魔物達は全滅したかに思われたが、耐え抜いた者もいた。

そして、隔たりの川は消え去り、東西には互いに徒歩で渡れるようになった。

妖精達は、東側に見えた不気味な景色を目の当たりにし、悪魔達は、西に見えた綺麗な景色を目の当たりにした。




目次(プロローグ)へとぶ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?