渋谷凛ちゃんと大石泉ちゃんのジャンプ
「渋谷さんと大石さんには2D横スクロールアクションゲームを作ってほしいというオファーが来ています」
会議室の中、プロデューサーは書類を見ながら淡々と告げた。凛と泉は無言で渡された書類に目を通す。スマートフォン向けのゲームアプリをふたりで作って配信しよう! という企画だった。
凛は横目で泉の顔を見た。泉の特技はプログラミングだったはず。泉は書類から目を上げてプロデューサーに言った。
「与えられた開発期間は三ヶ月……シナリオと画像や音楽の素材は別の会社が用意するから、私はコードだけ書けばいいんだね。短めのゲームなら作れると思うよ」
頷くプロデューサーを見て凛は考える。アイドルが手がけたゲーム、というキャッチコピーで売り出すのだろう。だが泉の技術でゲームが作れるのなら、なぜ自分がここにいる? 凛は聞いた。
「私はなんで呼ばれたの?」
「渋谷さんにはテストプレイ役をお願いしたいのです。難易度の調整や、デバッグ、シナリオ全体のチェックをやってもらいます」
「ふーん。まあ、横スクロールのゲームならわりと好きだから、なんとかやれるかな」
泉はその言葉に驚いたようだった。
「凛ちゃん、ゲームとかするの? そういうの、興味ないタイプだと思ってたけど」
「ロックマンは結構やってるかな。初代から最新作まで。あとはウルフファングとか」
「おー、それならプレイの腕もよさそうだね。じゃあ、テストプレイ役は任せるよ」
そのあとプロデューサーがより詳しいスケジュールを話した。前々からプロジェクトの準備自体は始まっていたのだが、企画として正式なGOサインが出たのはつい最近らしい。なかなか面白そうな仕事だと凛と泉は思った。
翌日から泉はパソコンでソースコードを書き始めた。凛は隣で作業の様子を見ていた。泉はUnityを使って、横スクロールアクションゲームをスムーズに組んでいく。
「やっぱりUnityはすごいエンジンね。楽々とゲームを動かせる」
「有名なの、Unityっていうのは。なんかいろいろ画面に映ってるけど」
ディスプレイを覗く凛に泉はキーボードを打ちながら答える。
「うん、いろんな企業がゲーム作りのために使ってるし、個人でも簡単にアプリケーションを形にできるから、ユーザーはたくさんいるよ。便利なゲームエンジンだわ」
「そうなのか……ん、最初のステージができた感じ?」
「だいたいね。あとは凛ちゃんの仕事だよ」
泉は椅子を凛に譲り、ミネラルウォーターを飲み始めた。凛はゲームパッドを手にしてディスプレイの前に座る。主人公はAボタンでジャンプ、Bボタンで近接攻撃、Cボタンで遠距離攻撃を放ち、画面の左から右へ進んでいく。デフォルトで三つの武器を持ち、ステージの途中で新しい武器を手に入れて、とれるアクションが増えていくという仕組みになっていた。
「ロックマンに似てるね……って、ブロックに乗ろうとしたら落ちて死んだよ」
「そこには罠を仕掛けたんだ。一面からこれじゃ難しいかな」
「死んで覚えるゲームと言えばいいんだろうけど、初っぱなからこれは厳しいかもね……」
「わかったわ。調整する」
それからも泉はコードを記述し、凛はテストプレイをやり続けた。ふたりともアイドルとしてライブやテレビへの出演をこなしながら、ゲームを一緒に作っていった。全五ステージのシンプルなアクションゲームだったが、難易度のバランスに気を遣い、主人公のキャラメイクを自由にできるようにして、プレイヤーが親しみやすいゲームを目指した。
三ヶ月が過ぎて、ゲームは完成した。プロデューサーは凛と泉を呼び、言った。
「ゲーム作成の企画はなかったことにする、という判断が下されました」
突然の話に凛と泉は驚きの声を上げた。
「なんで」
「どうして?」
「シナリオと素材を用意してくださった会社の社員の方が飲酒運転と女性への暴行を犯してしまいました。そんな会社とつながりがあれば、我がプロダクションのブランドが傷つく、というわけでプロジェクトは破棄されることになったのです」
「……」
アイドルといっても労働者でもあるから、社会の中ではそういう問題も起きうる、ということは凛も泉も知っていた。ただ、がんばって作ったゲームが無に帰すというのはショックだった。そこで泉が言った。
「企画が没になるのは、今日の何時?」
「今日の終業までにゲームの全データを削除することになっています」
「なら、まだゲームをプレイすることはできるよね。終業前なんだから」
「それはそうですが――」
「じゃあ、事務所のみんなに遊んでもらおうよ」
その言葉に凛はニヤリと笑って言った。
「プロデューサーもやってみて。ちゃんと最後まで通してテストしたんだから。エンディングもきれいなんだよ」
プロデューサーは困った顔になったあと、凛と泉を見て言った。
「私もこの企画が潰れてしまうのは惜しいと思っていました。みなさんを呼んでプレイしてもらいましょうか。ちょうど、私も試しに遊んでみたかったところですし」
それが本音かよと凛と泉は思い、いま暇そうにしている同僚たちを集め、泉のパソコンの前に座らせた。
「この敵どうやって倒すの?」
「そいつにはブーメランが有効でしてー」
「あっ、また死んだ!」
「地形を利用するんですよ」
「おっ、泉も凛も面白いゲーム作ったじゃねーか!」
「やった、最後のボス倒したよー!」
企画はポシャり、一銭の報酬も得られなかった。結局ゲームを作った時間はすべて無駄になった。いよいよゲームを削除するときが来ると、凛は言った。
「USBメモリにこのゲームのデータを取っておくってことはできないのかな」
「すでに破棄が決まったデータをなんらかのデバイスに保存しておくのはまずいでしょう。消してしまうのは残念だけど」
「そっか。これでお別れだね。楽しい仕事だったけど」
「また似たような企画が来るかもよ」
泉はそう言うと、パソコンを操作してデータをすべて削除した。凛は黙ってデータがすべて消えるのを待った。しかし、いい経験をしたと凛と泉は思っていた。なにかを創りあげ、他人に楽しんでもらう。歌やダンスでなく、こんなアプローチで誰かを楽しい気持ちにするアイドルもいるのだ。まだまだ自分たちの前の道は開けている。
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