そろばん講師からみたAIが発達した現代において必要とされる能力

そろばんや勉強指導をしていて感じることがあります。それは、基礎学力の大切さです。
実際勉強をしても英語を話すことができなくてもDeepLがあれば翻訳可能でスムーズなやり取りができますし、数学の関数が解けなくても生きていけます。理科の実験の器具の名前が答えられなくても全く生活に困りません。

では、なぜ勉強するのか、仕事をしていくうえで必要となる能力とは違うというのにそれを必須としているのか、について考えていきたいと思います。

スポーツに例えるとわかりやすいかもしれません。テニスで戦略って大事ですよね。これから生き残る仕事の在り方もそういった戦略のような応用力って大事だと思うんです。じゃあ、テニスで強くなるために壁打ちも、筋トレも、走り込みもせずに戦略だけ考えていればいいでしょうか。それは違いますよね。基礎の体力や技術があってその上でそれを最大限活用するのが戦略だと思うのです。

つまり、勉強も壁打ちのように「これができたって仕事(テニスの試合)にすぐ役に立たないよね」ということである「計算力」「暗記力」などが大事になってくるのです。暗記できなくたってググればいいや、計算できなくたって電卓があればいいや、三角関数の公式が扱えなくても人生困らない、じゃなくて、そのような基礎を身に着けることで、暗記なら「脳」そのものが「記憶する」という才能を鍛え、「計算する」という作業を通じて「脳」の処理能力を向上させるのです。覚えるものは英単語でも年表でも理科の実験器具の名前でなくてもいいのかもしれません。でもそれをしておけば、脳が鍛えられて自分が覚えたいものが出てきたとに覚えることが容易にできたり、また、将来どの仕事に就くかもわかりませんし、成人してからも職業を変えることもあるでしょう。そのベースを義務教育で身に着けているわけです。

つまり、応用力が大事と叫ばれる昨今ですが、応用は基礎があってこその応用なのです。基礎だけ出来ている人では確かに生き残れませんが、「基礎」ができていることが【大前提】でその上で「応用力」『も』必要とされているのが現代なのです。

くどいようですが、基礎力がないのに応用だけ身に着けることは不可能です。基礎をやることを通じて頭を鍛えて、そのうえでそれを活用する応用に目を向ける必要があるわけです。

そういう点で詰め込み式といわれがちな昔ながらの日本の英語教育などは私はよいのにな、会話にすぐ活用できなくてもあほらしくても This is a pen.からやる必要があると思っています。
This is a pen.を日常使う英会話はそれほどないでしょう。でもThis is a pen の構造がわかっているからそれをThat hypothesis was correct. のようにパーツを置き換えることでどんどん発展させる素地になると思うのです。

「これはペンですか。」「いいえ、それは消しゴムです。」みたいな実際あり得ない内容でもいいのです。そこに基礎があるのです。基礎があっての発展なんです。家の柱みたいに大事な文法を丁寧にやりこむことで、ようやく発展が自分のものとして扱えるようになるのだと思います。

実際海外(アイルランド)で働いているときに日本の本社から日本人のエンジニアがやってきました。みんな最初英語を会話として使いこなせていなかったのにほんの数週間で普通に仕事で英語を使えるようになっていました。英会話教室に通っていなくても、結局中学英語と高校の一部の英語で会話は成立します。それは勉強という基礎を丁寧にやりこんだ旧帝大卒の人だからというのが大きいと思います。基礎が身についているかどうかが一番大事なんです。

話が英語寄りになりましたが、結局のところ、それはどの学問の分野でも一緒です。基礎があっての発展。AIに目を奪われて、基礎はもういいや、と応用だけをしようとしても身になりません。まずはベースの基礎である勉強やそろばんを「脳を鍛えるため」という目標のためにしっかり身に着けていきましょう。




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