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放送大学生のための自然と環境コースへのいざない〜物理学のススメ〜

 私は放送大学の自然と環境コースに2021年2学期に3年次編入し、2年半かけて主に物理学を学び、晴れて2024年3月をもって卒業のはこびとなりました。4月からは放送大学大学院修士全科生に入学して引き続き物理学を学びます。
 私が通信制大学に入学するにあたって放送大学を選んだのは、自然科学を本格的に学べる通信制大学がほかにあまりないということが理由でした。しかしながら、放送大学の6コースの中で自然と環境コースは一番在籍人数の少ないコースだそうです。令和4年度の放送大学教養学部全科履修生のうち自然と環境コースに所属する学生の割合は8.6%と、最も人数の多い心理と教育コース(34.4%)に大差をつけられています。せっかく自然科学をきちんと学ぶことのできる数少ない通信制大学なのに、なんだかもったいないですね。
 そこで、私がこれまで履修してきた物理学に関する科目を振り返ることで、放送大学で物理学を学ぶための道筋を示そうと思い、この記事を書きました。放送大学で自然科学、とりわけ物理学を学んでみたいという人の参考になれば幸いです。


大前提として:数学

 当たりですが、大前提として物理学を学ぶためには数学の知識は必須です。
 幸いにして私は前の大学で教養課程の単位は全て取得していましたので、大学1年生レベルの数学の知識は既に学んでいました(だいぶ忘れてしまっていましたが…)。放送大学の科目で大学1年生レベルの数学に相当する科目は、入門線型代数(’19)入門微分積分(’22)演習微分積分(’19)の3科目に相当します。物理学を学びたい人はこの3科目を履修するところから始めるのがいいでしょう。ただしこれらは理系の大学1年生レベルの数学ですので、高校で数学ⅢCを履修していることが前提です。高校時代文系で数学ⅡBまでしかやらなかったという方には初歩からの数学(’18)という科目が用意されているので、こちらを最初に履修しましょう。

微分方程式(’17)Differential Equations

 ※24年度時点では微分方程式(’23)としてリニューアルされています。

 そういうわけで、私が放送大学に編入して一番最初に履修した数学の科目は微分方程式(’17)でした。この科目は一般的な理系の大学では大学2年生レベルの数学ですが、私の学部(農学部)では2年生の時は数学は必修ではなかったので、前の大学では微分方程式については学びませんでした。ご存じの方も多いと思いますが物理学の世界には微分方程式で表される現象が山のようにありますので、この科目は物理学を学ぶ前提知識として必須です。
 担当講師は全回石崎克也先生でした。序盤の回では微分積分の基本公式を復習するところから始まるので、数学からしばらく離れていた私でも思い出しながら学ぶことができました。数学・物理を学ぶ時はどの科目でも必須のことですが、ノートを一冊用意して自分の手で計算しながら履修しましょう。石崎先生の語り口は優しく、コーヒーブレイク的なコーナーもありますので放送授業は楽しいです。
 単位認定試験は全問計算問題ですので、授業で扱う基本的な微分方程式の解法を理解しておく必要があります。幸い私が受験した時は郵送による自宅受験方式でしたので時間制限がなく、じっくり取り組むことで全問解くことができましたが、時間制限がある今では試験の難易度は上がっているのではないでしょうか。

物理と化学のための数学(’21)Mathematical Exercises for Physics and Chemistry ('21)

 オンライン科目です。決して高度な数学を扱う科目ではありません。大学1〜2年生レベルの数学を物理・化学の実例の中で演習するという科目です。担当の講師は数学の先生ではなく、物理と化学が専門の先生4名が2コマずつ講義を担当します。ですので、数学だけでなく物理・化学の基礎的な知識がないとキツいです。最低限、初歩からの物理と初歩からの化学を履修した後に履修するといいでしょう。
 レポートは講義を担当する4名の先生ごとに1題ずつ計算問題が出題されます。難易度は、4題中3題は難しくありません。講義の内容に基づいてゴリゴリと計算していけば答えに辿り着きます。ただし残りの1題は物理学の知識がちゃんと無いと解けないよな…という問題なのでご注意を(私は解けませんでした)。
 この講義で得られたものとして大きなものは、数学の知識そのものよりも$${\TeX}$$の使い方を覚えたことです。4題のレポートは手書きで提出することも可能ですが、できる限り$${\TeX}$$を使ってPDFで提出するようにという指示があります。
 $${\TeX}$$とは、PC上で数式を綺麗に表記するための数式記法です。私はこの授業のレポートを書くにあたって、以下の二つの書籍を参考に$${\TeX}$$を覚えました。

 レポートを書くだけなら1冊目の本でCloud$${\LaTeX}$$の使い方を覚えるだけで十分だと思いますが、卒業論文に挑戦する予定のある方は2冊目の本の付録のCD-ROMで$${\TeX}$$Liveをインストールして、ローカルで$${\TeX}$$を使える環境を整えておくといいでしょう。

導入科目(物理学)

初歩からの物理(’16)An Introduction to Physics ('16)

 ※24年度時点では初歩からの物理(’22)としてリニューアルされています。

 大学1年生レベルの物理学を扱う科目です。高校で物理を履修しなかった人を受講対象者として想定しているとシラバスには書いてありますが、理系の大学生でも私のように生物・化学で大学受験を突破した学生だと高校の時にちゃんと物理を履修していないので、そういう学生、つまり高校で物理を履修しなかった「理系」の大学1年生を想定したレベルの科目だと言えるんじゃないでしょうか。序盤の回で数学についても取り扱っていますが、最低限数学ⅢCの知識は必要だと思います。

物理の世界(’17)World of Physics('17)

 ※24年度時点より物理の世界(’24)としてリニューアルされます。
 私は初歩からの物理(’16)物理の世界(’17)の2科目を同じ学期に履修しました。こちらは高校で物理をちゃんと履修した大学1年生向けの物理といったイメージでしょうか。内容は初歩からの物理(’16)を大学1~2年生レベルの数学を使ってしっかりと補強していくイメージです。

専門科目(物理学)

物理演習(’16)Problems and Exercises in Physics ('16)

 オンライン科目です。物理の世界の内容のうち力学の部分の計算問題を演習しようという科目です。紙のノートを用意して手書きでノートを取りながら受講するよう指示されますのでそのとおり取り組みましょう。物理学を学ぶにあたって自分で手を動かすことが何よりも大事です。
 最終レポートは計算問題です。解答用紙が指定してあったので$${\TeX}$$は使わずに手書きで提出しました。16年度開講なので、この科目もそろそろリニューアルされそうですね。

力と運動の物理(’19)Physics of Force and Motion ('19)

 いわゆる「古典力学」をしっかりと学ぶ科目です。この科目から微分方程式や行列がバンバン出てくるようになるので、数学の知識が活きてきます。
 後半の回では解析力学を取り扱います。ラグランジュ形式・ハミルトン形式ともにはじめは抽象的でよくわからないと感じると思いますが、解析力学は量子力学などへのステップになりますのでしっかり身につけましょう。
 単位認定試験は知識を問う問題のほか計算問題も何題か出題されます。

力と運動の物理演習(’21)Exercise for physics of force and motion ('21)

 力と運動の物理(’19)の内容を計算問題で演習するオンライン科目です。ノートを用意して、式を自分の手で追いながら受講しましょう。
 この科目も最終レポートは原則として$${\TeX}$$を使うよう指示されます。最終レポートは授業の内容をしっかり自分の手で演習してフォローしていれば問題なく解けます。

エントロピーからはじめる熱力学(’20)Start from Entropy: Thermodynamics and Molecular Picture for Beginners ('20)

 熱力学・統計力学を扱う科目です。この記事で紹介する放送科目のうち、この科目のみラジオ科目です。熱力学・統計力学は物理学の一分野ですが、この科目の担当講師は2名とも化学が専門の先生です。
 講義の構成はちょっと変わっていて、まず予習をしてノートを作ってから放送授業を聞くように指示されます。また、放送授業の中でも手を動かして問題を解く時間があります。
 講義のスタンスも普通の熱力学の講義とはちょっと違うらしいです。第1回で統計力学におけるボルツマンのエントロピーの定義式、すなわち

$$
S=k_B\ln W
$$

がいきなり与えられ、それに基づいて計算してみましょうというところから始まります。まさに科目名の通り「エントロピーからはじめる」ということですね。
 習うより慣れろ、といった感じで、とにかく手を動かして数式を追うことを求められます。理解するよりまず手を動かす、というのは物理学全般の学び方に共通する要素です。

場と時間空間の物理(’20)Physics of Fields and Space-time ('20)

 講義名からはわかりにくいですが、電磁気学と相対性理論を学ぶ科目です。全15回のうち第10回までが電磁気学で、後半の5回で相対性理論を扱い、一般相対性理論までたどりつきます。正直、2つの科目にわけたほうがいいんじゃないかなという気もします。特に電磁気学についてはこの科目だけでは問題演習が足りず、演習科目が別途あるわけでもないので、きちんと理解したい人は市販の問題集を買って演習しましょう。

量子物理学(’21)Quantum Physics ('21)

 量子力学を扱う科目です。科目名が量子力学(Quantum  Mechanics)ではなく量子物理学(Quantum Physics)になっているのは、基礎レベルの量子力学から一歩踏み込んで、場の量子論(ディラック方程式)、量子統計性や量子電磁気学(すなわち素粒子論)なども取り扱っているからでしょうか。
 幸いにして、24年度からこの科目の演習科目である量子物理演習(’24)が開講されます。私は今学期で卒業ですが、引き続き再入学してこの演習科目を履修する予定です。欲を言えば、熱力学演習と電磁気学演習も開講していただきたいところですね…。

卒業研究(自然と環境コース)Individual Research

 さあ、ここまで紹介した科目を最後まで履修したら卒業研究に挑戦しましょう。ひと通り物理学を学んだら、いくつか興味のあるテーマや疑問が心に浮かぶはずです。それを論文の形で残して学習の総仕上げにしましょう。
 卒業研究を履修するには、履修する前年度の夏頃までに研究計画を提出する必要があります。5〜6月くらいに各学習センターで卒業研究の説明会がありますので出席しましょう。私はこの説明会で当時の所属学習センターの所長先生に個別に相談に乗っていただいて、大体の方向性が固まりました。
 卒業研究は放送大学本部の先生に指導いただくほかに、所属学習センターの客員教授や近隣の他大学の先生に指導いただくこともできるそうです。私の指導教官は放送大学本部の先生ですので、本部の先生に指導いただくパターンを紹介します。
 5月〜8月くらいに、「質問票」を提出できる期間があります。こういう研究をしたいんですがご指導いただくことは可能でしょうか?と指導いただきたい先生を指名してメールで提出します。私の場合は、指導は可能ですがもう少しこういう方向性に修正した方がいいでしょうというようなお返事をいただき、その通り修正して研究計画を提出しました。中にはそのテーマでは無理ですと断られるパターンもあると聞きますが…、大体は何回か質問票のやり取りをしながら研究計画を修正していくような感じになると思います。
 4月からゼミに所属して研究指導が始まりますが、私の指導教官の場合個別のやり取りが中心で全体のゼミは最初の顔合わせの1回だけでした。
 卒業研究報告書の提出期限は11月1日ですので、実質半年ほどしか取り組める時間はありません。あっという間です。12月に卒業研究の発表会がオンラインで行われて終了という感じでしたが、私のゼミでは最初の顔合わせの時にいたメンツのうち何名かは最後の発表会にいらっしゃいませんでした。途中で履修を断念してしまったのか、各々の事情はわかりませんが、最後までやり抜くにはそれなりに覚悟が必要だということでしょう。私も何度も心が折れそうになりましたし、最終的な論文の出来栄えには全然納得がいっていません。それでも、最後までやり遂げたことだけは胸を張りたいと思います。

終わりに

 私は、物理学についてはまだまだ初学者のレベルだと思っています。それでも、以上の科目をひと通り履修して、最後に卒業研究をやり遂げたことで、大学院という次のステップに進むことまでできました。人間やる気になれば何でもできちゃうものです。
 かなり私の主観中心のレビューにはなってしまいましたが、この記事が放送大学で学ぶ方の参考になれば幸いです。なお、自然と環境コース以外の科目のレビューについては、以下の記事にまとめましたので、こちらの記事もお読みいただければ嬉しいです。

 それでは。

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