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記憶の呼び戻し屋の神社はここですよ


「記憶の呼び戻し屋の神社」シリーズ第2話 一話完結です。


お日さまが
今日もその役目を終えて
山の陰にゆっくりと隠れようとしています。

その後を追いかけるように
銀杏の葉っぱたちは忙しく落ちて
黄金の絨毯を敷き詰めました。

辺り一面が
淡い光を纏う頃
銀杏の木の下に今日も
こっそり夕暮れ神社は顔を出します。

別名
記憶の呼び戻し神社。
悩みを相談すると、潜在意識を呼び起こして、優しく包んでくれる。
そして、辛い記憶を楽しい記憶に書き換えてくれる。
そんな神社がここにあります。

ほら
今日も誰か祠を覗き込んでいます。
呼んでみましょう。

ニャー

髪の長い女の人のようです。
横顔から悩みの相が読みとれます。

ニャー

にゃー

にゃにかようか~

はっとした表情で
女の人は振り返りました。
猫の声が人間の声に聞こえたのでしょう。
それは悩みが深い証拠です。
悩みのない人には
この神社の案内猫の声が人間の声に聞こえることはありません。

おそるおそる
その女の人は猫に話しかけました。
「相談に乗ってくれる神社がここにあると聞いて来たの。
猫さんは知ってる?」

にゃー。こちらです。
どうぞ。どうぞ。
神社で話を聞いてもらって。

猫は手招きしました。

女の人が鳥居をくぐって、ゆっくりと祠に近づきました。

さあ
どうぞ。その祠の穴に向かって。
猫はにゃっこり微笑みました。

思いきったように
女の人は話し始めました。
女の人は、松野ゆきの
と言いました。

「息子を愛しいと思えないのです。」

そして次のように語り始めたのです。


小学生の頃は光太は、とても素直な良い子でした。
成績もよく、自慢の子でした。

ところが、中学に入って、私とあまり会話しなくなりました。

成績もどんどん落ちています。
最近は腹痛を理由に学校を休むことも出てきました。医者に連れて行っても、腹痛の原因はわかりません。

もしや
行きたくないから、腹痛と言ってるだけなのかも。

そう思って
そのことを息子に聞いても黙ってしまいます。
そして、部屋にこもってゲームばかりしているのです。
息子が何を考えているのか、さっぱりわかりません。



「自分の息子なのに、あの子のことが理解できません。それどころか、我が子と話をするのが嫌になってしまいました。最近は会話もありません。」



あなたにとって、素直ってなんだ 
ろう?良い子とは?


祠の穴から声が聞こえました。

えっ?

意外な質問にゆきのさんは戸惑っているようです。

「素直で良い子とは。」

投げかけられた言葉を反芻します。

「明るくて、前向きで、思いやりのある、、、。」

そして自分の言うことをきく。
頭がいい子。違いますか?


「いいえ。そんなことは。
私は頭のいいことは求めていません。光太が前向きに楽しく過ごしてくれれば。」

なるほど。
小学生の光太くんは、あなたの理想の子どもだったんですね?
自慢の子だった。

「はい。それはもう。」

ゆきのさんは、笑顔を見せました。記憶を辿るように虚空を見上げます。


すると
小学生の光太くんが目の前に現れました。
宿題をしています。
ママ!!
ゆきのさんを見つけると、ランドセルから、1枚のテストを取り出して見せました。
百点!!
ゆきのさんは頭を撫でました。
幸せそうな光太くん。

幼稚園の光太くん。
泣いています。ママを探しているようです。
ママ!ママ!
見つけて満面の笑顔になりました。ママに駆け寄ってだっこしてもらっています。

初めて歩いた光太くん。
初めてママと呼んだ光太くん。
初めての離乳食。


映像は次々と入れ替わりました。

ゆきのさんは思い出しました。
光太が可愛くて仕方がなかったことを。
それは、無条件に込み上げてくる感情でした。


我にかえりました。今のは何だったのだろうかと訝しがりました。
それは現実のようであり、幻のようでもありました。

ゆきのさんの頬を知らず知らずに涙が伝わりました。

光太くんはあなたが喜ぶから、勉強や運動を頑張っていた。


昔の光太は
本当に頑張り屋だったとゆきのさんは、改めて思いました。
それが
どこで変わってしまったのでしょう。

中学生になって、光太くんは勉強であなたの願いを叶えられなくなったと感じていた。勉強が難しくなるにつれて、お母さんに誉めらることも減った。自信がどんどん無くなってしまった。

勉強ができなくても、前向きに頑張ることが大切なのに。私はそんなに成績そのものに拘っていたわけではない。

ゆきのさんは
頭の中で異議を唱えました。
すると
それを見越したように
声は答えました。

やれやれ。
光太くんはそうとらえていません。お母さんの中の理想の自分とそうなれない現実の自分。その中で、もがいていました。そして、遂に心が折れてしまったのです。

いいえ!
私はそんなこと思っていない!
優しい光太。できなくても、頑張る光太が好き。
何より笑顔の光太が愛しい。

また涙がこぼれ落ちました。

その笑顔を奪ったのが自分だったと気づいたのです。

光太くんは優しい子ですね。
そして、お母さんが大好き。だから喜ばせたかった。
子どもは母親の感情に敏感です。知らず知らずにあなたが描いた理想の子ども像と自分の現状とのギャップに光太くんは絶望したのです。


その通りです。頷くしかありませんでした。

私はやり直せるでしょうか?

大丈夫。
物事に手遅れはありません。
気がついた時に修正できればよいのです。回り道のない人生はありませんから。

ゆきのさんは前を見ました。


前向きでないのは光太ではない。
そう思い込んでいただけだ。
私だ。私が避けていたのだ。
話をしよう。

ゆっくり。ゆっくり。
あの子の気持ちを聴くことから始めよう。
一緒にゲームをしてみようか。あの子が今いる世界を否定せず、自分から歩み寄ろう。


もう会話を諦めない。いつの間にか、強い表情になっていました。


「ありがとうございました。」

ゆきのさんはペコリとお辞儀をすると、来た道を引き返しました。

そして
鳥居の近くにいる猫にも

「ありがとうね。猫さん。」
そう声をかけました。

にゃに、いいってことにゃー

そう言ったつもりでしたが

にゃー
にゃー

ゆきのさんにはこう聞こえました。もう悩みが小さくなっていたからです。


思い込みは怖いにゃー。

相手は変えることができない。
自分を変えることはできる。

そう独り言をいうと
案内猫はどこかへ行ってしまいました。
群青の闇が夕暮れ神社を包んでいきます。
次に現れるのはいつのことでしょう。

それは
あなたが夕暮れ神社を訪れる時かもしれません。


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