[恋愛小説] 1974年の早春ノート.../3. 弘道館公園
今日も一高と三高の間に架かる本城橋のたもとで、泉から弁当を受け取る優。
一高は元水戸城の本丸跡にあり、水郡線が通る峡谷の反対側の台地は、元の三の丸城でそこに三高、茨大付属小学校や市立中学校があった。
その本丸と三の丸に掛かる橋が本城橋だった。
優「毎日じゃ、大変だから。週一で良いよ。」
泉「大丈夫。三人分作るのも、二人分作るのも変わらないから。」
優「三人分?」
泉「うん、優さんの分、わたし、おかあさん。」
優「じゃー、放課後3時40分でいいかな?」
泉「場所は、裏門でね」
優「うん。」
あれから、毎日の様に、昼休み、本城橋で三高生から弁当を受け取っている優は、彼のクラスだけでなく、他のクラスにも知れ渡っているようである。
しかも、泉は美人で目立つので余計である。昨日は廊下ですれ違う、女子達がクスクス笑っていた。
それにしても、なぜ泉は弁当を三人分っていったのか?一人分足りないんじゃないのか?
放課後、三高の裏門で泉が待っている。ここは道路向こうの体育館へ行く道なので、放課後の部活動か、すれ違う体育着の女子高生達が、皆チラッと見ていく。
文化祭の日から、泉は校内で知れ渡っている。
優が走ってくる。息を切らせ駆け寄る。
優「待った?」
泉「ううん、大丈夫。」
優「じゃー、歩こうか。」
泉「うん、最近クラスで噂になっているみたい。」
優「僕もそうだよ。五月蠅いんだよ、彼女居ない連中が。」
泉「ふふ、同じね。」
二人、第二公園のベンチに座っている。
優「進路どうするの?」
泉「地元の短大かな。」
優「そうか。何処に行くかまだ決めて居ないけど、やっぱり東京かな。」
泉「そうだよね。何を勉強するの?」
優「電子工学か情報工学かな。」
泉「へー、お父さんもそうだったの。エレベーターの仕事してたのよ。」
優「そうなんだ。」
泉「でも、私が小学生の時、工場で事故にあって…死んじゃったの…。」
優「….。」
泉「だからお弁当は三人分なの。」
優「そうなんだ、知らなかった。ごめんよ。」
泉「いいの。もう慣れたから。」
優「そろそろ帰ろうか。」
泉「うん。」
優「駅まで送っていくよ。」
泉「ありがとう。」
駅で彼女と別れ、下宿に帰る道すがら、泉のさっきの話を考えていた。
そう聞いて、腑に落ちるものがあった。泉にはどこか影があったからだ。
楽しそうに笑うときも、心底面白がると言うより、どこか引っかかるところがあった。
次の週、いつものように、第二公園でふたりでいるときに泉が言った。
泉「おかあさんが、ゆーちゃん、のこと、クリスマスに家に連れて来なさいって言うの。」
最近、泉は優のことをゆーちゃん、と呼ぶ。
優「えっ、ああ、そう…行くよ。」
泉「うれしい、おかあさんも喜ぶわ。」
優「何か持って行くよ。」
泉「ううん、手ぶらで来てって、言ってた。」
優、急な展開に戸惑うが、その方が良いかなと思い始めた。親子ふたりのお母さんに、隠れるのは失礼だと思われた。きちんと挨拶した方が良いと。
気が付くと、泉がじっと優を見つめている。
泉の顔が近づいてくるように感じたが、近づいたのは優かもしれない。
ふたり唇を重ねる。
暫くそのままでいる、ふたり。
泉は微かに震えていた、優の腕の中で。
離れるふたり。
泉は下を向いている。
優、泉の顔を上げてもう一度キスをする。
旧県庁裏の公園は、優が泉とデートしていたころは、第二公園と呼ばれていた。恋人たちはよくこの公園でデートしていたので、第二公園=デートコースというイメージがあったが、今は弘道館公園と呼ばれ、歴史遺産として整備されている。その県庁は水戸市の南の郊外へ移転している。因みに第1公園は、偕楽園だった。
それが、1974年11月末の出来事だった。
タイトル一覧と公開予定日
第1部
1.ダンスは踊れない^7/4
2.小さな恋のメロディー^7/5
3.弘道館公園^7/6
4.クリスマスの夜^7/7
5.春の気配^7/8
6. 新緑の頃^7/9
7.夏の日々^7/10
8.インディアンサマー/ ^7/11
9.八王子って何処?/ ^7/12
10.雨のステーション/ ^7/13
第1部 登場人物
福田優 :水戸の進学高校の3年
坂井泉 :水戸の女子高生3年、優の恋人
坂井珠恵 :泉の母
坂井耕一 :泉の亡父
宮本靖 :優の高校の友人
山本小百合 :水戸の女子高生3年、泉の友人
福田靖 :優の父
福田千里 :優の母
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