大きな成長ポテンシャルを取り込む!「アジアの大国インドの近年の動向」
コロナで一時期経済成長が沈んだインドですが、昨年から再びインドへの注目が集まっています。IMFの予測ではインドは2023年に世界で最も高い成長が期待される国の1つであり(図1)、直近の分析では2023年の世界経済成長率予測(2.8%)の半分を中国とインドが占める(内訳はそれぞれ34.9%、15.4%)予測で、勢いがあります。本レポートでは、今後海外戦略を検討するうえで無視することのできないアジアの大国インドについて、その成長のベースとなるマクロ環境と、日系企業および現地スタートアップの最近の具体的な事例をご紹介します。
巨大なインドマーケット
インドの人口は2023年中に世界1位となると予測されています(図2、左のグラフ)。また、全世帯に占める中間層世帯以上の割合を見ると(図3)、2020年は約半数の54.5%だったのが、2030年には82.5%まで成長すると見込まれています。2030年にはそのうちの約11%に当たる3,900万世帯が富裕層世帯(世帯の年間可処分所得が35,000ドル(約470万円以上))となる見込みで、中間層世帯まで含めると約3.8億世帯となります。日本の総世帯数が約4,800万世帯なので、10年後には少なくとも日本の数倍のマーケットがインドに存在することになります。
さらに、労働人口がすでにピークアウトした中国と異なり、インドは今後20年以上労働人口が増加すると予測されており、豊富な労働力にも期待が寄せられています(図2、右のグラフ)。そのような中、モディ政権は製造業振興を目的とした「Make in India」政策を掲げ、現時点では他国よりも低い製造業のGDP構成比(図4)を25%まで向上させることを目指しています。
豊富な消費者を抱えるマーケットであり、生産拠点としてのポテンシャルも大きなインドは、今後のアジア戦略の1つの要となると考えられます。
インドにおける日本企業の取り組み
2022年のインドの日本企業数は1,439社あり、拠点数でみると4,790拠点存在します(図5)。コロナ前と比較して微減していますが、コロナが落ち着き、今後また増加に転じると見込まれます。欧米が産業振興に大きく貢献したITサービス業において、日本企業では近年改めて製造業の進出/拡大が加速しています。
インドにおける製造業の成功企業の代表格であるマルチ・スズキは、今年に入り100万台相当の生産能力の拡大を発表しました。インド自動車工業会(SIAM)によると、22年度の新車販売台数(乗用車と商用車の合計、出荷ベース)は485万台であり、日本を抜いて中国、米国に次ぐ3位となりました。スズキは、インド市場でのシェア50%獲得の実現に必要な生産能力の増強と、さらに、22年に11万台強の販売実績(前年比60%増)となったアフリカへの輸出拠点強化の目的で、戦略的な投資を行うことを決めました*1。
また、インドの製造業強化の表れとして、工作機械の需要も伸びています。日本工作機械工業会によると、2022年の工作機械の国・地域別受注額は、インドが中国、アメリカ、ドイツ、イタリアに次ぐ5位で、アジアで1位(タイの2倍弱)となっています。今年、中村留精密工業がインド拠点を設立するなど、急成長中のインドの需要を取り込もうとする日系企業の動きが出てきています*2。
また、成長産業である医療・ヘルスケア業界では、シスメックスが血液検査に使う試薬などを生産する新工場をインドに設ける発表を行ったり、大塚ホールディングスがインドで点滴薬を製造販売する三井物産との合弁会社を完全子会社化する発表をしたりと、直近の日本企業の動きが活発になっています。
消費財の代表例としてはユニ・チャームが挙げられます。東南アジアで高いシェアを獲得したユニ・チャームの紙おむつや生理用品ですが、インドには2008年に進出、その後市場成長を上回り2桁成長を維持し10年で黒字化を実現、2022年もインド事業は黒字で、40%近いベビー紙おむつ市場シェアの獲得を成功させています。さらに、インドの農村部でタブー視される女性の生理が女性の社会進出の妨げとなっている点に目を向け、生理用品を販売する女性起業家を支援する「プロジェクト・ジャグリティ」を21年に開始、開始2年で130人超の起業家を輩出するとともに、現在の40%程度のナプキンの使用率を30年までに80%まで引き上げる計画を打ち出し、継続的な投資・成長を続けています*3。
非日系企業の動きとしては、Appleの動きが注目されています。マーケットとしてのポテンシャルと中国リスクを鑑み、インドにおける製版強化を進めています。主要国のスマホ普及率は、米国81.6%、日本78.6%、中国7割に対して、インドは5割以下と相対的に低い普及率で、さらにその中でのiPhoneシェアはわずか4%と後塵を拝しています*4。このため、今後国内需要の大きな成長ポテンシャルがあると考えられます。また、生産面ではこれまでもAppleはインド国内に複数のサプライヤーを持ち、組み立てを行っていましたが、その量は全生産の7%程度でした。これを、国内最大となる工場を南部タミルナド州ホスール近郊に設立することで年間4,000-5,000万台(iPhoneの全世界生産量の20-25%)まで高め、今後の国内需要を取り込む計画を掲げています。これまでIT産業の輸出国として位置づけられていたインドですが、徐々に製造業の拠点としての萌芽が見られ始めています。
ローカルスタートアップの動向
インドはスタートアップの宝庫としても有名です。ユニコーン企業は2022年夏で100社程度あり、世界で第3位のユニコーン企業を有しています。米国でユニコーンを起業した移民一世で最も多い人種はインド人ともいわれています。2022年はコロナが収束に向かったもののリセッション懸念でスタートアップエコノミーは停滞傾向、債券調達やその他手段の調達が増加する一方、株式による調達は大きく減少しました(図6)。ただし、投資件数の伸びはなく1件当たりの投資額(シリーズA,B中心)が伸びたことで総投資額が伸び続けています(図7)。
2022年は、業界別で見ると、これまで通りコンシューマーと金融領域への投資が集まりつつ、エンタメ、物流、ヘルスケア、教育なども大きく伸びました(図8)。また、新興産業別の切り口でみると、他国と同様にWeb3やライフスタイル系、ESG関連に投資が集まったことが分かります(図9)。以下、いくつか代表的な企業を紹介します。
コンシューマー:Swiggy。インド国内500都市以上でフードデリバリープラットフォームを展開。クラウドキッチン事業を展開し、コロナ化でデリバリー専門店の出店にも寄与、成長を続ける。
エンタメ:VerSe Innovation。インドの著名なニュースアプリやショートビデオアプリサービスを展開。中国のデータセキュリティー問題でTikTokがインド国内で禁止されたことで成長の追い風に。
教育:Unacademy。インド最大のラーニングプラットフォームを展開。激しい受験戦争で有名なインドにおいて、大学受験向けサービスなどを展開し、35万人の有料サブスク会員を有する。
ライフスタイル:Mobile Premier League。インド最大のe-sportsのプラットフォーム。常時報酬のある大会を開催し、累計9億人以上がスポーツやカードゲームなどをプレイ。
ESG:Accacia。不動産の脱炭素管理プラットフォーム。保有不動産の二酸化炭素をリアルタイムで追跡可能。2021年のグリーンボンド発行額は5,320億ドルを超える。
今後もインドからインド国内外マーケットを狙った有望な経営者・スタートアップが創出されることでしょう。
以上、インド市場の可能性について述べてきましたが、ビジネスにリスクはつきものであり、今後のインド経済のリスクについて指摘する記事についても併せて紹介しておきます。
日本経済新聞 「インド経済、楽観は禁物 アショカ・モディ氏」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD115XI0R10C23A4000000/
2023年はインド進出検討の好機
インドは旺盛な消費者需要と豊富な労働力、そして新たなイノベーションの生まれる場として可能性を秘めた市場です。一方、脆弱なインフラ(基礎インフラ、配送網など)、人材雇用の難しさ(高度人材、文化、コスト)、また連邦直轄領/州ごとに異なる税制をはじめとした複雑な制度の存在など、インド進出するうえでの壁も多数あります。それでもなお、大きな成長のポテンシャルを持つインドについては今が向き合う好機と考えています。ファーストリテイリング柳井会長兼社長は下記のように述べています。2023年はインドを含めた海外戦略を本気で検討し、アクションに移してみるタイミングではないでしょうか?
「マーケットとしては14億人がいるわけです。(中略)成長マーケットです。行かない理由はありません。」*5
文章:AAICパートナー、AAIC日本法人代表/シンガポール法人取締役 難波 昇平
【出所】
*1 スズキIR資料、日本経済新聞記事 「スズキ、生産能力異例の100万台追加 インドで深謀遠慮」など
*2 日本経済新聞記事 「石川の企業はインドを目指す EIZO、ボリウッドに子会社」
*3 ユニ・チャームIR資料、Agenda note記事、日本経済新聞「インドで生理用品普及へ ユニ・チャームが「店主」支援」など
*4 日本経済新聞記事 「Apple、「最後のフロンティア」インド開拓 製販を強化」
*5 日経ビジネス 「インドへの道 ユニクロ柳井氏が語る14億人市場の商機」