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封鎖された神社と小さな出会い

そこに行くと、大抵は人の流れが出来上がっている。抜かすも抜かされるも許さない頑固な流れに乗ってみれば、嬉しいようで寂しい、曖昧模糊とした気分にさせられる。

某ウイルスの流行から4年が過ぎた。初めて訪れたときは、ただの散歩道みたいで、本当に人気観光地なのかと疑った。想像をはるかに下回る人の数で、驚いた覚えがある。
確かに当時は、ただの島に成り下がっていたかもしれない。しかし、今はすっかり人気観光地に相応しい人の流れができている。

私はようやく人の流れを脱した。和気あいあいとした雰囲気は苦手だし、四方八方を人に囲まれていたから息も苦しかった。道は二手に分かれるものの、まっすぐ進むのがこの地のセオリーだ。
でも、流れから脱したいと思えば容易に外れることができる。それは何度も通った道だから知っていた。

この先の神社は、いわゆる恋愛成就とか縁結びが有名らしい。それを求めて多くのカップルが階段を登って行く。

何回も通っているのに、この王道のルートを辿ったことがなかった。
その理由は過去の出来事に起因するから。それが解決しなければ王道の階段を登ることはないと思う。
私に恋人ができるのが先か、過去の出来事が解決に向かうのが先か、永遠に続くかもしれないレースが日々行われている。

私は逸れた道から、階段を登る人たちを見送った。
誰もがこちらには気づかず、目の前にある大きな鳥居に夢中になっている。たまにこっちを見ている人がいるかと思ったら、大抵は、私とその人の間に誰かが存在している。

ここを登る人たちの合計は偶数と相場が決まっているのだ。もしも合計が奇数なのであれば、その事実は忘れて上げたほうがいいかもしれない。

私みたいな天邪鬼が通るべきルートはこっち。自分の意思で進むも止まるも引き返すも選択できる。いわば自由の道。

自由を求める天邪鬼の吹き溜まりが道の先にある。さらに、その吹き溜まりから分岐があった。片方を進むと恋愛成就の有名な神社に再度繋がる道。もう片方の道は、とある別の神社につながる道だ。
私がどっちを求めているかなんて答えは分かり切っているだろう。

「やっぱり閉鎖されてるのか」

今年もあの神社への入口は閉ざされていた。

「いつになったら会いに行けるんだろう……」

たぶん、この入口に4年間で10回は通っている。恋愛成就とか人気の観光地だからではなく、違う目的があって通っている。

それは4年前に私を慰めてくれた猫さんにお礼を言いに行くため。

しかし、そこに行けたのは10回中の1回だけ。初めてここに来て以降は、ずっと封鎖されたままだった。

たったの1回なのに、あの神社に大事な忘れ物をしてしまった気がしていた。忘れ物と言ったら語弊がある。後悔と言うべきか、夢の続きと言うべきか。いろんな言葉が当てはまると思う。

私があの神社で告げた最後の言葉は「また来るね」だった。いつかあの場所に届くことを信じて、今年も神社の入口に来た。やっぱり神社の入り口が封鎖されているのは変わらない。

「また来るね。猫さん」

今年も、恋愛成就を願いに行く方針に舵を切った。



私が初めてあの神社に入ったのは、4年前。

某ウイルスのせいで厳格な外出禁止令も出ていた時期だ。

普段から引きこもりがちだったから、普段の私ならそれでよかった。
でも、時期が時期だった。
私は人生の岐路に立たされて悩み、孤独と戦っていた。コロナに関係なく不安定な精神状態で生きていた。

もしかしたら限界が来ていたのかもしれない。当時の私は突然と外に出た。始発の電車に乗って遠くまで行った。始発からスーツを着たサラリーマンに交じって、当てのない旅でた。

そこで、巡り巡ってあの神社の目の前に来た。聞いていた話と違って閑散としている場所だった。人がいたとしても、ほとんどの人が王道の階段を登って行く。

一人になりたかったから、もちろんあの神社へ向かう階段を選んだ。

周りは木々に囲まれていて、木がなびく音だけが聞こえていた。某ウイルスがなかったら、騒がしい声によってかき消されていたかもしれない。それに、道を逸れて進むという行為にも特別感を抱いていた。

そんな私を最初に出迎えたのは一匹のリスだった。

目の前を颯爽と通り過ぎた小動物は、一瞬にして姿を消した。携帯を構える行為にすら及べず、私の完敗だった。

私は動物が好きなのに、警戒されてしまうタイプの人間。大抵は、犬も猫も私に向けて吠えてくる。
だから「犬派か猫派か」と聞かれれば、迷いなく狼と答えていた。リスを逃したところで、私の心は、すでに荒んでいたのでノーダメージに等しい。

長く細い階段を登ると、すでに廃れた神社があった。
あるだけで整備もされていないし、手水舎の水は干からびていた。周りを全て木で囲まれているから、本当に現世から隔絶された世界のようだった。
少し怖くなった私は、その場から去ろうとした。その時だった。

一匹の猫が手水舎の裏から現れた。

白と黒が混ざった猫で、白猫なのか黒猫なのか、呼び方に迷った。とりあえず猫さんと呼ぶことにした。
猫さんは、目の前に私がいるのにもかかわらず、躊躇なく腰を下ろした。僅かな木漏れ日を浴びて、気持ちよさそうに寝っ転がり始めた。

動物が勝手に逃げるだけで、動物愛好家の私は、ついつい近づいてしまった。猫さんは、私に目もくれず寝返りを打っていた。

珍しいこともあるもんだと思い、その横に腰かけてみた。猫さんは、私が触れるのをすんなり受け入れて、気持ちよさそうに寝ていた。

猫さんは温もりに包まれていた。そういえば動物を触ったのなんて何年ぶりなのか。脳裏には幼少期の記憶ばかりが浮かんでいた。

当時の私にとっては、猫さんを触るだけでも特別なことだった。猫さんのぬくもりに包まれて、誰も来ない神社で日向ぼっこ。それが何より私の心を癒した。

人の話なんて、心に届いたこともなかった。
なのに、猫の温もりはいつまでも私の心に残った。

何かが吹っ切れた私は、その場を去ることにした。ずっとこの場にいたら甘えてしまうから。そう思って階段を下ることにした。
私がその場を立つと、猫さんは役目を終えたように、手水舎の裏に戻って行った。

「猫さん。また会おうね」

当時の私はまた会えるだろうと思って、その温もりを簡単に手放した。もしつらくなったらまたここに来ればいい。そう思って戦場へ戻ったのだった。

でもこれ以降、あの神社は封鎖されてしまい、夢の跡地となってしまった。


いつか会えたらお礼が言いたい。
「ありがとう」
それだけでいいから伝えたい。

人よりも小さい体には、人よりも温かさが詰まっていた。あの時の温もりは、何故だか今も胸に残っている。

封鎖されているなら、あの時と何も変わらない光景が広がっているはず。あの場所で猫さんが待っている。そんな期待を寄せて、来年も道を外れてあの神社に行くのだと思う。









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