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【archive】2019.7. ル・グラン・ガラ2019 エトワールたちの饗宴

*2020年1月に日仏協会会報に寄稿した記事です*

2020年が始まり、早1ヶ月。

昨年は、5つの素晴らしいバレエ公演を見に行くことができた。
心にキラキラと残る舞台の思い出を、心のうちに留めておくのはもったいない。
5つの公演のうち、特に印象に残った公演の一つを書き綴りたいと思う。

2019年7月
〜新生パリ・オペラ座に出会う〜
世界には名だたるバレエ団が数多くある中で、とりわけその頂点に君臨するのがパリオペラ座バレエ団。
2019年夏、そのスターダンサー7名が来日したガラ公演を鑑賞した。

特に印象に残った作品は「マノン」の寝室のパドドゥと、「ル・パルク」の解放のパドドゥ。
どちらもその美しさに圧倒され、不意に涙が流れた。

幕が開くと、天蓋付きのベットから、マノンが少女のように手を広げておきあがりる。
ベッドの柱にもたれかかりながら、マノンが見つめるのは書斎で書き物をしている青年デグリュー。
後ろから忍び寄って、彼の羽ペンを悪戯に取り上げたところで、二人の愛のパドドゥが始まる。
バレエ界の巨匠マクミランの振付を、マノンに扮するドロテ・ジルベールと、デグリュー役のマチュー・ガニオが上品に踊りあげるのだが、目が回るような回転も、細かな足捌きもすべてが愛のささやきとなって伝わってくる。
あどけなさを残す顔立ちのドロテ・ジルベールのマノンは、これ以上ないほどに瑞々しく、
その後待ち受ける残酷な悲劇など微塵も感じさせない。
二人の悲劇的な人生の中で、幸せに満ちた一瞬を切り取ったこのパドドゥを見事に演じ切り、この日一番の喝采を浴びていた。

もうひとつの作品、「ル・パルク」は18世期、宮廷での恋愛模様をコンテンポラリーダンスで表現した作品である。
女性役を演じたのはアマンディーヌ・アルビッソン。
2014年にエトワールに任命された彼女は、今までのエトワールとは、趣が異なる。
それまでの圧倒的な華やかさ、輝きとは対照的に、とても自然体。光のあたり具合によって輝きや色が異なるように、七変化するような可能性に満ちたダンサーだ。
モーツァルトのピアノの旋律が響く中、薄い白い衣装をまとった男女が、葛藤しながらも、身を委ねあって、気持ちを解放していくのだが、「フライング・キス」と呼ばれるラストシーンは、やはり圧巻であった。
女性が男性の首に手を回し、かかとを上げて男性にキスをする、すると次第に女性の足先が地面をはなれ、男性に体を委ねると、男性は舞台を駆け巡るかのごとく回転する。
複雑さをのりこえて、解放的な世界へと向かう二人の様子を、サラウンド体験でみているような錯覚に陥った。

今回の公演では、次期エトワールと期待される日本人のオニール八菜さんの活躍も目まぐるしかった。
パリオペラ座で日本人が活躍するのは、つい数年前までは、考えられなかったこと。
幾何学的で実験的なフォーサイスの振付を、エトワールのユーゴ・マルシャンを相手に軽々と踊り切り、新しい時代が来ていることを感じさせた。

1990年代、黄金期と呼ばれた時代のエトワールたちが引退し、今回来日したエトワールたちが台頭する現在のパリ・オペラ座バレエ団。
自国のバレエ文化や、自身のバレエ人生にすべてを尽くした時代は終わり、個が尊重される時代となった。
世界がどんどん近づいていく中で、彼らも自由にナチュラルに、様々な経験を積み、それぞれのバレエ人生を歩んでいるところが、また面白い。
そして、それがまたオペラ座の厚みとなっているようにも思う。

2020年2月には、パリ・オペラ座の来日公演が行なわれる。
全幕バレエの贅沢な公演を、余すところなく、堪能したいと思う。
2019年の思い出を言葉にしたためたことで、今年も清々しい気持ちで美しい世界に誘ってもらえそうだ。
それでは、今年も劇場でお会いしましょう。


*あとがき* 2021.9.12.
このレビューを書いた時はちょうど、武漢で恐ろしいウィルスが蔓延し始めた頃…
まさか、世界中が怖れをなすパンデミックが起こるなんて想像もしていませんでした。
劇場や公演が相次いで、閉鎖、中止。
このレビューの締めくくりに書いた「劇場でお会いしましょう」という言葉が、遠い昔の挨拶のように感じられます。

世界を繋ぐインターネットによって、新しいバレエの楽しみ方も増えましたが、美しいものを、この目で、この体で感じることには変え難いものがあります。

生きることの尊さや無情さを知ったからこそ、きっと、良い舞台に出会えるはず。
芸術を愛する人たちと、喝采を送り、感動を分かち合える日々を待ち侘びながら、その時を待ちたいと思います。

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