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〔ショートショート〕白昼夢



 初めて訪れた小さな村の農家、その無人販売所で干したキノコを買った。袋には説明を書いたシールが貼ってある。なにやら効能があるらしく、食べてから三時間は他人から運をもらえるようだ。あとは注意書きとして、たくさん食べちゃいけないとか、一ヶ月くらいで食べ切りなさい、だとか。胡散臭い。しかし、気まぐれな旅の土産にはもってこいだ。こんなに面白いものはない。あげる相手も居ないから、自分で味噌汁にでもしようかと思う。何かあったなら、それもいい経験だ。
 次の日の朝、早速キノコを味噌汁にして食べた。出汁がよく出て美味しい。一気にかきこんで、会社へと向かった。
 混み合う通勤電車の中で、いつもよく見る金髪の男性が隣にいた。そういえばキノコの説明書きに、運がもらえる、とか書いていたな。彼から貰えるかどうか試してみる。どうすればいいかわからなかったので、とりあえず、運を少し分けてくださいと念じてみた。特段、自分の体が変わった感じもしなかったが、次の駅で自分の目の前の席が空いて座ることができた。この路線の朝の満員電車ではまずありえない事だった。会社に着く直前に自分の持っている株の価格を確認してみる。期待してなかった投資先が、先ほどから少しずつ上昇していた。検索してニュースを見ると、昨晩発表した新商品がインターネットで話題になっているようだ。所詮偶然の域を出ないが、もしかするとこれは本物かもしれない。
 その後も似たようなことが多々続いた。宝くじが万単位で当たったこともあった。入手困難な商品を懸賞のラインナップに見つけた際に、注意書きにあった容量より少し多めにキノコを食べてみた。当選人数が少なかったにも関わらず商品が送られてきたときには、その効能を信じざるを得なかった。
 全て食べ切ったその日、ちょうど会社が休みの日だったので、例の村の無人販売所へ向かった。キノコを食べた後だったからか、場所をほとんど覚えていなかったのに、迷わずたどり着くことができた。売場を確認すると、目的のキノコが一袋だけ残っていた。即座に手に取り、集金ボックスにお金を入れる。販売場所を忘れないようにとカーナビに位置情報を登録しようと試みたが、何度登録ボタンを押してもエラーになった。まあいい、またキノコを食べてからここに来ることにする。
 毎朝少しずつキノコを消化しては通勤電車で金髪の彼から運をもらうのは、もはや癖になっていた。別の人間から貰うのはなぜだか気が引けたからだ。そうして、毎日のように些細な幸運が積み重なり、通帳の数字も徐々に増えていった。
 ある日、好きなアイドルが解散するというニュースが飛び込んできた。どうしてもラストライブのチケットを入手したかった。チケットの当落発表を午前十時に控えたその日の朝、袋に三分の一くらい残ってたキノコを一気に食べた。通勤電車に乗る前に金髪の彼を見つけたので、いつも通り運を頂戴した。会社についてから一時間、皆が出払った事務所でドキドキしながら結果を確認すると、そこには当選の文字があった。人気のアイドルだ、倍率も相当なものだったに違いない。あまりの嬉しさに居ても立っても居られず、チケットを引き換えるため即座にコンビニへと走った。見晴らしのいい道路、信号は歩道を渡る瞬間に青になったはずだった。タクシーに跳ねられた自分の体が地面に叩きつけられる。動かない頭部についた自分の目は、瞼を閉じる前に後部座席から降りてきた金髪の彼を見つけていた。

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