『過去が覗いている』テーマについてやそのリファレンスなど

無色透名祭Ⅱたのしかったな、ありがとうございました。

運営の方々の工夫もあって、聴き手側としても柔軟なたのしみ方ができたし、作り手にとってもかなり平等に再生の機会が生まれていると個人的に感じました、とても良いお祭りだった〜。

特に刺さった曲たちは感想と一緒にここにポストしてるので、ぜひきいてね。

自分は『過去が覗いている』という楽曲で参加してまして、はじめてポエトリーリーディングの曲を書きました。

そのテーマについてや、なんでポエトリーにしたのか、何にどう影響されたのか、などについてここからちょっと書いています。

楽曲をとおしてのテーマ

今回の作品の全体的なテーマの強いリファレンスとして、梶井本次郎の小説『檸檬』があります。

えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した肺尖カタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。

『檸檬』梶井本次郎 冒頭

ずっと心をおさえつけている「不吉な塊」がある、なんなんだそれは。

肺結核を患っているし、神経は衰弱しているし、さらには借金までしているけど、そのどれが原因という訳でもなくあくまで不吉な塊のせいだ、と。


ネガティブな感情というのはおそらくきっと単純なものではなくて「これは肺結核のせいだ」「これは借金のせいだ」みたいに言い切れてしまうのならいっそ気が楽なのかもしれない。けど実際はそうではなくて、それらが相互作用しあって生まれる「どれのせいでもない感情」なるものが存在しているのだろうと思う。

これは、病気をしていなくても借金がなくても、いわゆる健康そうに生きているように見える人でも誰しもが抱えうるものだと思っていて、今ある悩みや過去に発生したけど綺麗には解決せずどうにかどうにか押しやって無かったことにしたもの、忘れることにしたもの、そういった様々な大きさや時間軸の負の感情が心に蓄積されていて、それらが複雑に干渉しあって強めあったり弱めあったりした結果、知らず知らずのうちに実態のない謎の“塊”が出来上がる。

そうした謎の塊が日常のちょっとしたきっかけで呼び起こされてしまったりして正体不明の感情として見え隠れをするけれど、それをぴったり説明する理由などというものはいくら探したとて見つからず、向き合うほどに心はどんどんどんどん飲み込まれそうになる。

なので、とりあえず、一旦いまは目を瞑って何事もないことにするほかなく、そうしてまた解決しない過去として積み重ねられていく。

そんなことを書いた曲でした。時々刻々生まれる感情は、すごく曖昧な形をしていて自分でも説明できない余白だらけで、そういう感情の余白もしっかりと脳は記憶していて私たちを覗いているわけです。

ポエトリーリーディングという形式

なぜやったこともないポエトリーリーディングでつくったのか、これは今年の藝祭で出会った作品の影響が大きいです。

『日記帳』内田拓海

アンビエントな音響に重ねてある夏の日記が朗読される。

1日1日、事実と端的な感想がただただ淡々と読まれていくのだけど、その内容と繊細な声の表情からあまりに純度の高い心情や情景が伝わってきて、それが自分の経験と部分的にリンクしてすごくすごく生々しく感情が再現する。心が呑み込まれそうになるくらいグサグサにくらってしまってほんとうにしばらく抜け出せなかった。


この声の表情の小さなふれ幅や言葉のひとつひとつに意識が向くのはきっと「朗読」という形式だからなのだろう。

人間の注意力はどうやら有限で、音楽を聴くときの耳の注意はざっくりトラックとボーカルに分散する。

そのうちボーカルに向ける注意は「メロディという音楽性に向ける意識」と「歌詞という文学性に向ける意識」にさらに分散するけども、これらは情報源としてのタイプが違うので特に競合する気がしている。
(歌詞の内容について考えを巡らすことと、メロディの美しさに浸ること、それらを同時に十分なレベルでおこなうのはなかなか訓練が要りそう)

歌詞によって心を呑み込むほどの引力をつくりだすには、言葉の表面に意識が向くだけではまだ足りなくて、その言葉が映す情景や心情への想像と、さらに脳内にある感情や経験にもアクセスしないといけない。それなのにメロディに半分も意識を取られてしまっていてはその処理が間に合わないのかもしれない。

ちなみになんの専門家でもないので、すごくてきとうなことを言っている。


メロディと歌詞への意識は絶対に両立不可能とか思っているわけではないのと、何回も聴いて両方しっかりたのしむのがさいこうだと思っているけども、歌詞の方に振り切って聴く人の心を安定して呑み込んじゃう音楽を一回つくってみたい気持ちだったので、つくりました。

けどポエトリつくるのちょっと大変だったのと、メロディ書くのすきなので、次は少なくともポエトらないかな。たぶん。

歌詞

さいごに、歌詞(というかポエトリーなので詩)をあらためてのっけておきます。言葉にぜんぶの意識を向けてもう一回きいてくれたら、うれしい。

混ざり切らないぬるま湯みたいな夜の空気が
優しさにも、怪しさのようにも感じられるそれを
「半分夢みたいだな」とか思いながら
靴底越しに現実の感触をたしかめる

信号機の反射する赤い影に心が騒つく理由が見当たらない
いつか肺に閉じ込めた不安が漏れ出しそうだ
ただ、吐き出す言葉も、理屈も、強さもなく
呼吸をすることに許しを乞う

--

ついこのあいだまで綺麗だったはずのあの日の思い出が
いつのまにか得体の知れない罪悪感に変わっていた
それが何に対するものなのかもわからないまま
濁る世界は疎ましく、また押し殺しては目を瞑る

空を埋める巨大な建物の隙間に見た月に
希望を充てがいようやく見出したこの安堵すらも
目を落とした先、真っ暗闇のさらにその奥の
低い唸りにあっという間に連れ去られてしまった

--

今日もまた心に小さな渦を見つけた
それは昨日の、あの日の渦と連鎖し流れをうむ
流れはうねりぶつかりあい大きな波となり
僕の全部をまるごと飲み込もうとする

--

そうして僕はこの蓄積された過去に囚われ続けるのだろう
目を凝らすも実態の見えないこの呪いのような魔物を
呼び起こさないように、喰い殺されないようにと
じっと息を潜め、祈るように世界を生きていくのだ

過去が覗いている / 可不,裏命


読んでくれてありがとうございました、またね!

あそ / aso

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