暇と退屈の倫理学と浮気

世の中には浮気や不倫、風俗が溢れていて、他人がしている事には別段興味がないのだけれど、自分のパートナーに対してだけはなぜか嫌悪を覚える。

なぜだろう。

その答えは「自分の命が大切だから」だ。

そして、どうしてこんな事になってしまうのかを考えたら、暇の使い方が悪いんだと気づいた。

世の中には、暇の使い方がうまい人と下手な人がいる。
うまく使う人は富んでいくし、下手な人は破滅していく。

ヒトは退屈に我慢ならない生き物で、部屋の中でじっとしていられないから厄介ごとを招いてしまう。

だから、暇の使い方が下手な人に退屈を与えると浮気をする。
それはヒトが性に簡単に興奮する生き物で、退屈している脳が求めてるものは興奮だからだ。

暇の使い方が上手い人はそもそも退屈なんてしていない。
魅力的な人は、面白いことで興奮するのが上手いんだ。

私はそんな人を知っていて、いいなぁと思う。

暇を上手に消化できる能力を持った人は日本にはたくさんいて羨ましい。

時間

一日はみんな平等に24時間しかない。
運がいい人は24時間のうちにたくさんの経験や刺激的なことをしたり、富を集めたりして快適に楽しく暮らせるけれど

運が悪い人は水汲みに何時間も費やしていたりする。

なるべくなら私の時間は、運がいい場所で、自分の時間を楽しく納得できるように使いたい。

どうしたら楽しい時間を実現できるかを考えて、家族の時間を増やすために家庭に入った。
それは巡り巡って「私」が幸せになるための行動だと信じている。

私の時間が家族の時間を増やして、家族が社会にとってより良いものを作り出してくれると期待する。

労働の循環の中で、ヒトは地球に"生"を増やす活動が出来て、うまく回るから潤う。

そうやって社会が保たれて、みんなの自由時間が増えて、結局は私が幸せになれると思っていたのだけど、実際はそうならなくてびっくりしたんだ。

なぜ失敗したのか考えてみたら、退屈が悪いという結論に至った。

私の時間を費やして夫の時間を増やしてみたら、退屈した夫が暇の使い方を間違えていた。

そんな家庭は山のようにあるはずで、昔からみんなが悩んでることだ。

浮気ではなく、本質は退屈の消化方法について、実は悩んでいることに気づいていないヒトが多い。
私もその一人だった。


浮気を許せない理由

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