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【嗅ぐ男】渦巻く殺意の先


 昔から鼻が敏感だった。といっても、ただの匂いに対して敏感なわけではない。
 よく、タバコの臭いが苦手で服や場所にしみついた香りにすら嫌悪感を示す人もいるが、僕はそういう鼻の良さではない。

 感情の匂いがわかるのだ。

 例えば、嬉しいときや楽しいときは柑橘系の爽やかで甘い匂いが多い。
 悲しいときならば、雨の日のようなじとっとしたような匂い。
……と言ったような感じだ。

 まれに、はっと振り返ってしまうほどの印象的な匂いを漂わせる人もいる。
 あれは何の匂いなんだろう。
 卵の腐ったような、魚の腐ったような、と表現すればいいのか。実際にその臭いは嗅いだことがないけれど。
 どう形容すればいいかわからない臭いがたまにある。

 そしてそれを漂わせるのが、いかにも様子が怪しい人ならば納得もいくのに、そういうことは一度もなかった。
 見た目は全く普通の人間だ。といっても、今までその臭いに遭遇したのは片手で数えるほどしかない。
 そのどれもが本当に普通の人間だったのだ。
 笑顔が張りついたかのような営業マン風の男。
 無気力な感じのする大学生男子。
 少し派手な出で立ちの主婦のような女。
 おどおどした弱々しい高校生の男の子。

 そんな普通の人間が、そんな臭いを漂わせている恐怖感。

 しかしある時、その答えがわかった。いや、答えではないのかもしれないけれど。

 ニュースを見ていると、一度見たことのある顔が放送されていた。
 笑顔を浮かべた営業マン風の男。
 連続強姦魔、しかも中には殺害した件もあるとの報道内容だった。

 あれは、人を殺した人間特有の臭いなのだろうか。
 そもそもあんな強烈な臭いを発する感情を持つ人間がいることに最初は驚いた。
 あれはきっと、殺人なりそれに近い事を犯し、ある一線を越えた人間が漂わせる臭いなのだろう。

 あれは決して殺意の臭いではない。
 案外、ちょっとした殺意は誰でも一度は思い浮かべていたりする。

 あのムカつく先生を殺したいだの。
 パワハラ上司を殺したいだの。
 裏切った彼氏を殺したいだの。

 そういった感情は町を歩いていても、結構嗅ぐ機会がある。
 辛い臭いがする。フライパンで唐辛子とか豆板醤とかを炒めたときのような、辛い臭いが近いかもしれない。
 少しむせて涙が出るような、そんな臭い。

 だから、あの殺人強姦魔の発していた臭いは、殺意を越えた先のものだった。


 ——今まで会ったその臭いの持ち主たちは、人を殺した人間なのだろうか。

 僕にはわからないし、そもそもそれを確かめるつもりはない。
 だけれど、町を歩いていてこれまでに4人もその臭いの持ち主に遭遇したことは何とも空恐ろしいことだと感じる。
 飄々と普通に外を出歩いているのだ。
 
 ——案外くさいものに蓋が出来てしまっている、そのことが本当に怖いと思う。

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