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【旧版】『たぶん、星がいっぱい』(4100字, ショートショート, W902, 2004年版)

『たぶん、星がいっぱい』

そう思いながらページをめくったけれど……世の中そんなに甘くなかった。

今日の恋愛運☆☆☆(星0個)

……マチアキだってテンションさがるよ。どんな下手な料理だったんだよ。星ゼロはないでしょ普通。夢も希望もない。

《二人に破局の危機が来るかも……もう1度、お互いでお互いの関係についてよく話し合ってみて。片思いの人は、今は告白しない方がいいかも。運命のように感じる出会いがあるかも。でも、その場の雰囲気に流されないでよく考えてみて》

 さっきから「かも」って何よ。「かも」って。
 午後六時に暇つぶしで入ったコンビニにひどい仕打ちを受けたような気がする。
 今日は特別な日なのに――

今日の金運★★★(星3つ)

 星三つですよ、マチアキ。
 そうか、やっぱり世の中、よりカネかぁ。
 じゃあ、今日は何が頂けるのでしょうか?

《予定外の収入が入りそう。浪費に気をつけて。
今日は思ってもみない大金が入るかも》


「百万あるわ……これで縁を切っていただきたいの」
 いつもの待ち合わせ場所のファミレス。
 そこにいたのは私の彼だけではなく、随分化粧のきついおばさんが並んでいた。この残暑厳しい9月の街中に、着物でやってきたようだ。
 私の顔を見るなり、言ったのが『百万』だ。
「えっ? どう――」
「どうして? なんて聞かないで」
「……なんで?」
「ええっと、それはなあ――」
「まーくんはらなくていいの」
 ま、まーくん?
 私が「どうして?」を「なんで?」にわざわざ言い換えたのはスルーかしら?
 いい突っ込みどころだと思ったんだけど
「お母さん――」
 おかあさん?
「申し遅れました。谷口の母です」
「初めまして、あの――」
「知ってるわ、宮野さん。単刀直入に言わせていただきますけど、貴方、まーくんのことを想ってくれるのなら、これで別れてほしいの」
「はぁ?」
 結局おばさんの話すところを要約すると――理由は聞くなって言ってたくせにずいぶんとベラベラ喋ってくれた――まーくんはうちの会社のご令嬢とご婚約されるらしい。
 と、いうわけで会社の部下(私)との情事なんてもっての外ということらしい。
「あの……私は別に構いませんけど、彼が……」
 私は彼の顔を見た。もちろん何か言ってよ、バシっと言ってやってよ、っていうディレクション。
「母さん、俺はやっぱり別れたくないんだ!」
 なんて男らしい発言を期待した私がバカだってことかしら?
「俺はお母さんの言うことが正しいと思うんだ」
 をいをい。


 結局、私は札束の入った茶封筒を受け取り、ファミレスを出て、駅前に行った。今日も空はけぶっていて、北を示す星しか見えない。百万もあるんだし、チャーター機でも手配してもらって星の間を飛びながらで帰ろうかしら? でもどうせなら、月まで行きたいなー”Fly me to the moon”って百万じゃ無理かぁ……ほんと似てたなぁークリソツだよ。何でもお金で済まそうとするとことまでそっくりだよ。会わないでっつったって会社の上司だってーの。嫌でも顔を合わせるのよ……あんなマザコンだったとは……男は見かけによらないね、ほんと。でも騙されてたのかなぁでもアイシテルって言ってくれたような気もするよくラブホのベッドの上でってやっぱりそれってただの都合のいい女ってことじゃない。何? 私とはセフレの関係だったの?だって仕事が夜まで忙しいんだからホテルでぐらいしか――

いつのころからか 好きになってたよ

 びっくりして振り返った。そこには、アコギを持った青年がいた。『ドンキホーテ』の横の小さな街路樹の下で、愛の歌を唄う。まだまだギターも唄もヘタクソだったけれど、何故か彼のピックは私の琴線を震わせていた。振り絞るような声が家路を急ぐ人の間をすり抜けていく。出会いを、別れを、恋愛を、その悲しみと喜びを、彼は紡いでいた。

星の見えない この街を飛び出して また君に会いに行こう

 彼は歌い終わって私に向かって頭を下げた。私は思わず拍手をした。
「どう?」
「えっ?」
「いや、ずっと聴いてくれてたから」
「えっと……」
「正直、あんまりうまくないでしょ」
「うん」
「正直だなぁ……まあ、いいや。じゃあ、何でお姉さんは?」
 彼の前にあった空のギターケースに、さっきの札束を入れてみた。
「ちょ、ちょっと、これ――」
「お姉さんと遊びに行こう!」
「……どうして?」
「どうしてなんて聞かないでよ」
「……汚いお金?」
「きれいさっぱり手切金」
「汚いじゃん」


 あれから彼女は無言で突き進んでいる。たぶん百万はある札束を持たされてるから、とんずらするわけにもいかない。しかもずっと手まで握らされている。こんな黙り込んで、ぶすっとしながら歩いてるカップルなんてまずいないだろうな。
「……どこ行くの?」
「……」
 自分の右手が汗ばんできたことと、彼女は左手に指輪をしているのを感じていた。

「だから無理だって言ったじゃん」
「スーツとネクタイ買えばいいんでしょ。12階に紳士服売ってるから」
「そこまでしてさぁ、屋上のレストランテでお食事しなくても――」
「何言ってるのよ、パリジェンヌになり損ねるわよ」
「パリ生まれでも『ジェンヌ』でもない『ジャン』」
「つまんないギャグ言ってないで、ほら着いたわよ」
 エレベーターの扉が開いた。と照らし出されるフロア。
「もう8時まわってるから、開いてないよ、きっと」
 この街で一番高いビル。最上階は高級フレンチレストラン。要正装、要予約。地上24階から、半分ほど突き落とされた。こんな中途半端に落ちたってしょうがないのに。
「ほら、開いてるじゃん」
「なんで開いてるの? 買えちゃうじゃん」
「いいじゃん、買っちゃおうよ」
「採寸は?」
「いいじゃん、あるもので」
「……あ、そう」


「でも、まさか地上24階でフレンチを頂けるなんてね……ほんと、ストリートミュージシャンやってて良かったよ……って聞いてんの?」
「……」
「……あのさ、もうちょっとさ、ゆっくり食べたら?」
「ん?」
「ん? じゃなくてさ一応、高級レストランだから」
「はっへ、ほひひい――」
「食べてからしゃべる」
「……だってさぁ、おいしいんだもん。
あ、すいません! ワインおかわり!」
「……」
「私もう、メインディッシュ終わっちゃったぁ
ディザートまだなのー?」
「……予約なしで強引に入るわ、下品に騒ぐわ……
お店のご苦労、察してあまりあるね」
「文句あんの?」
「……いいえ」
 どうも当分解放してくれる気はないらしい。しばらく振り回されそうだ。でもそう思いながらも、別に面倒だとも思わない。明日仕事があるわけでもないし、ひさびさに人と話をするのを、意外と楽しんでいるかもしれない。
給仕係っぽい人が来て、赤いワインを持ってくる。僕は彼がその瓶を傾ける前に手を出した。
「ああ、僕がやるから」
「かしこまりました」
「ちょっと、それ私の――」
受け取ったワインを彼女のグラスに注ぐ。
「誕生日おめでとう」
「えっ?」
「違った?」
「あってる……どうして?」
「どうしてでしょう?」
「あんたねぇ……じゃあ、なんかくれるの?」
「えっ、え~っと……じゃあこの夜景を君に」
「あのね、私がお金払ってんのよ」
「あ、そうか……じゃあ、地上の星をあげよう」
「同じよ」
 家々の明りと街灯と信号機とヘッドライトとテールライトを指で追いながら、くだらなくてどうでもいいことを、なるままに話した。


 旧市街と新市街をつなぐ橋を上、気持ち悪くて川を眺めてボーっとしている。川面に揺れる満月のように、頭がグラグラ。ちょっと、リバースしそう……
「飲みすぎなんだよ……気持ちはわかるけど」
「なによぉ、あんたに何がわかるのよ」
「……」
「あんた、どうして今日が誕生日だって分かったの?」
「そのロイヤルブルー」
「えっ?」
 彼は私の左手にある藍色のサファイアに目をやった。
「9月の誕生石。『誠実』って意味もあるけど」
「……でも」
「普段からつけるような指輪には見えないし……
 たぶん今日は仕事終わってからデートをする予定だったんでしょ?」
「うん」
「仕事の後でも少しでも着飾れるように――」
「……」
「今日が特別な日だから、つけてきたんでしょ」
「……」
 左手の「誠実」を外して右のポケットに入れ、その中にあった札束に手をかける。
「でもまあ――あーーーーーーーーーーー!」
 彼の悲鳴が水面に響く。ひらひらと現ナマが舞った。月光に照らされて諭吉クンがすかしの向こうで笑ってた。銀と黒に閃く川へと、1枚1枚、吸い込まれていく。
「あー気持ちい。酔いもめちゃった」
「あああ~もったいない……ソープ何回行けると思ってんだよ!」
「をい」
「ん?」
「ソープはないでしょ!」
「アルバイトじゃ大変なんだ――あっ!」
 目の前に1枚だけ舞い降りた福沢諭吉。
 2人とも顔を見合わせる。
 なんとなくばつが悪く、何気なく笑い合う。
 彼はそれを手にとって、私に差し出した。
「はい、誕生日プレゼント」
「……鬼か、あんた」
「じゃあ、僕から唄でも――あーーーーーーーーーーー!」
 再び彼の悲鳴が轟いた。今度は――
「何?」
「ギター置きっぱなしだ……」
「ほんとだ……ゴメン、私が無理やり引っぱり回したから」
「いや、いいよ。俺も悪いんだし。随分高いごはんをご馳走になったし」
「……行こうか」
「どこに?」
 私は旧市街側の怪しく光るビル群を指差す。
「仕方あるまい。身体で払ってやろう」
「バカ!」
「バカって失礼ねぇ」
「自分を安売りするな」
「フーゾク行ってるおめぇーが言うな」
「……ごもっとも」
「変な奴」
「どっちが」
「……じゃあさ、コンビニ行きたい」
「うん……なんで」
「ちょっと立ち読み」

 もうとっくに0時を回っている。昨日とは違う雑誌を手に取る。
 たぶん星がいっぱい並んでる。
 そんなことを思いながらページをめくったけれど……やっぱり世の中そんなに甘くない。

今日の恋愛運:☆☆★(星一つ)
《意中の人がいる人……あせりは禁物。まずは友達から》

「……ねぇ、ギター弁償するわ」
「だから、もういいって」
「だから、電話番号教えて」
「……どうして?」
「どうしてなんて聞くなよ」

[End Of Text]

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