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おばけさん、お願いします[私小説/ショートショート]

 昨日は色々なことが起きた。娘が泣いては感化された息子が泣き、息子が泣いては感化された娘が泣き、それを長らく繰り返した。原因は単純だ。駄々をこねる二歳児娘と、泣きたい盛りの赤ん坊息子だからだ。

 いつもならば、夜は八時には寝る準備をして、八時半には消灯する。が、昨日はそんな一日だったからか、寝る準備をする頃には八時半となっていた。すると必然と、消灯は九時頃になってしまった。

 夜九時を過ぎると何の時間になるか、ご存知だろうか?ある有名な絵本によれば、それはおばけの時間なのだと言う。だから私がその時娘に時刻を告げると、娘はこう言った。

 「おばけが来ちゃうよ!」

 我が家は日中、ダイナソーごっこをする。ダイナソーとは無論恐竜のこと。ダイナソーが来ちゃうよと言うと、みんなで一枚のタオルケットを被って隠れる。そしてダイナソー怖いねと言い合って、クスクスと笑い楽しむ遊びである。時には誰かがダイナソー役をすることもあるが、通常はみんなでダイナソーから隠れる。それが夜になると、おばけに変わる。おばけが来ちゃうよと言って、みんなで布団をかけて隠れる。そしておばけ怖いねと言い合って、クスクス笑っている間に寝てしまう。そんな遊びだ。

 よって、いつもならこの娘の言葉が布団に入る合図であったが、この日は違った。オムツ替えがまだだった。私はそのことを娘に伝え、娘と息子のオムツを出した。そしてそれを二枚重ねて部屋に置いた。その左には息子を寝かせ、私かズボンとオムツを脱がせてやる。娘はオムツの右側で自分で脱いだ。二人とオムツは私の方を向いて、横一列に並んでいるような状態であった。私が息子を脱がし終え、娘が自分で脱ぎ終えたその時、事件は起きた。

 置いておいた新しいオムツに何かが乗っている。串団子の団子ほどの大きさをした何かが乗っている。黒い色をした何かが乗っている。

 うんちだ。

 紛れもなくうんちだった。私は焦っておしり拭きを二枚出し、子供二人の尻をそれぞれ拭いた。しかし、おしり拭きは汚れない。思い返すと、息子のオムツを脱がせる時、私はうんちを一切見かけなかった。それに、娘の脱いだオムツを見たところで、うんちの痕跡は全くない。娘自身に聞いても、出していないと言う。それ以前に、娘も息子も置いておいたオムツには、お尻を向けずに脱いでいた。そんな状態で、器用にオムツの上に乗せられるか?しかも一つだけ。他を一切汚さずに。無理だろう。いくら考えてもわからない。一体これが誰の落し物なのか、わからない。どのように落とされたのかも、わからない。あまりにわからないので、本当に二人のうちのいずれかのうんちなのかどうかさえ、わからなくなってしまった。何かが狙ってここに落とした?だとしたらその何かとは?そんな何かはここにはいない。この事件は迷宮入りした……と思った途端、娘は言った。

 「おばけのうんちじゃない?」

 おばけのうんちってなんだ?うんちをそこらにするおばけ?野生動物か?動物霊か?と私が混乱しながら考えていると、娘は再び口を開いた。

 「うんちしちゃうおばけ、怖くないね」

 その顔は満面の笑みであった。その晩から、我が家の夜の掛け声は変わった。

 「おばけがうんちしちゃうよ!」

 勝手にしてろ、となってしまう。隠れる理由にならない。第一、娘が大いに笑ってしまい、眠気が覚めてしまっている。おばけよ、頼む、うんちはやめてくれ。おのれの面子を保ちたいなら、うんちを漏らすのだけは気をつけてくれ。そうでなくとも、子供が思い出しては笑って眠れなくなってしまった。もうやめてくれ。おばけさん、お願いします。子供の寝かしつけ、また手伝ってください……。

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