髙橋晃浩
やなせななさんとの想い出
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やなせななさんとの想い出

髙橋晃浩

今回のクラウドファンディングは、かけがえのない多くの新しい出会いを僕にもたらしてくれました。参加してくださるアーティスト、アーティストと関わっておられるライブハウスの方々、そして、ご支援や拡散に力を貸してくださった名も知らぬ多くのみなさん。達成したことはもちろん大きな喜びではあるのですが、もしかしたらそうした新しい出会いこそ、思い切ってクラウドファンディングをやってみて得ることができた一番の財産なのではないかなと感じています。

そしてもう一つ、今回のクラファンは、ある人との約15年ぶりのうれしい縁を結んでくれました。奈良在住のシンガー・ソングライター、やなせななさんです。支援者としてだけでなく、ご自身のレギュラー番組である仙台Date FM『はじまりの日』の中でクラファンの紹介もしてくださいました。

実は。今から15年ほど前、ななさんはアーティストとして、僕はプロデューサー兼マネージャーとして、我々は一緒に音楽を作る間柄でした。

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ななさんとの出会いは、確か2002年のことだったと思います。彼女は、当時僕がプロデュースとマネジメントをしていたあるアーティストのファンとして、はるばる奈良から東京までよくライブに足を運んでくれていました。慣れない東京に気後れしていたのか、ライブ会場での彼女はどこか所在なさげで、それが見ていて少しかわいそうで、見かければなるべく声をかけるようにしていました。

そんなある時、彼女から事務所に一通の手紙が届きました。中には1枚のMDが入っていて、そこには彼女の自作自演による「誓い」「さくら」という2つの曲が収められていました。ライブ会場での様子がそんな感じだったので、まさか人前で歌を歌うような人だとは思わず驚きました。かつ、彼女が現役の尼さんだと聞いてさらに驚いたのですが(彼女の宗派は剃髪しなくてもいいのだそうです)、それにも増して驚いたのが楽曲のクオリティーの高さでした。

後から聞いた話ですが、彼女は当時、音楽活動がなかなかうまくいかず、もう音楽を辞めようと思っていたそうです。最後の最後、自分が大好きなアーティストがいる事務所にデモを送って、それでもダメならきっぱり音楽を諦めよう。そう思いデモを送ったという話をしてくれたように記憶しています。

ところが、僕はその2曲に完全にやられました。歌の情感、声の深み、メロディーの美しさ。すぐに返事を書き、奈良までライブを観に行くなどしながら関係を構築して、彼女のプロデュースとマネジメントを手掛けることにしました。「誓い」「さくら」以外のオリジナルもその時点ですでにかなり完成されていて、言葉選びや譜割りに合わない歌いまわしを直した部分はありましたが、メロディーや構成を直したことはなかったと思います。

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曲を作り込むうち、なにはともあれまずはCDを作りたくなり、インディーズレーベルを立ち上げて、2004年にデビューシングル「帰ろう。」をプロデュースし発売しました。スタジオ音源ではないですが、「帰ろう。」の当時のライブ映像がななさんの公式YouTubeチャンネルにありました。

同じ年にはもう1枚、「街の灯(まちのひ)」というシングルを作っています。こちらは公式YouTubeチャンネルにスタジオ音源がありました。ピアノ・ウッドベース・ドラムの3リズムに弦楽四重奏を加えたアレンジ。薄ーくパーカッションもいるかな。ベースとドラムと弦カルにサウンドの下支えをしてもらって、その上でピアノが泳ぐようなイメージで作ったように憶えています。いやあ本当に美しい大名曲。音もめちゃめちゃいいです。大阪から生駒山を越えて奈良へと向かう近鉄奈良線の夜の車窓の風景から曲を着想したと聞きました。当時、近鉄奈良線には電車1編成丸ごと100万円で広告をジャックできるプランがあって、本気でそこに出稿しようと思ったほどこの曲には惚れ込みました。ぜひ聴いてみてください。

そして翌2005年、ファーストアルバム『あいのうた』をプロデュースし発売します。当時の僕がブッキングしうる最高のミュージシャン達に演奏をお願いし、当時の僕が知り得る最も音のいいスタジオを使ってレコーディングしました。楽器編成もすべて僕が決め、アレンジのイメージをアレンジャーに伝え仕上げてもらう流れで作りました。蛇足ですが、ジャケットデザインもわたくしです。

今回、10年以上ぶりに久々に『あいのうた』を聴いてみました。これは本当に素晴らしいアルバムです。と言うと手前味噌のようですが、それは彼女の楽曲と歌が良かったからに他なりません。最初の出会いの曲の一つだった「誓い」はピアノとウッドベースとチェロだけのシンプルな編成にしました。フォーキーな「帰ろう。」、ショーロ風の「誕生日」、ビッグバンドで収録した「猫と夕月」、ジャズ風に仕立てた「あいのうた」や「キッチン」、ピアノと弦楽四重奏のみで厳かにアルバムを締めくくる「祈り」と、よくぞ自主レーベルでここまで凝って作ったものです。もう一つの出会いの曲だった「さくら」はこの時点では思うようなディレクションができず収録に至りませんでしたが、その後彼女自身の手で音源化されたようなので安心しています。

アルバム随一の名曲は「蜜柑」。初めてこの曲のデモを聴いた時の衝撃は今も忘れられません。曲のテーマを踏まえ、ストリングスはカルテットにせずヴァイオリンとチェロだけにし、あえて音に隙間を作りました。どんなテーマなのかは書くと野暮なので、あえてここには書きません。聴いて感じ取ってください。

「蜜柑」の反響はとても大きく、NHKでこの曲が流れた時には「合唱で歌いたいのだけれど楽譜は手に入らないか」という問い合わせも事務所にありました。

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CDを作るだけでなくライブでも、ななさんとは北海道から九州までいろんなところへ行きました。福島にも何度か来てもらい、ラジオ福島さんの「ラジオチャリティーミュージックソン」の募金会場だったうすい百貨店の1階やラジオ福島さんの郡山支社で歌ってもらったこともありました。

その後、僕の不徳の致すところで彼女とは袂を分かつことになりましたが、震災以降、福島や東北にもずいぶんと寄り添い、その想いを歌にしてくれていたようです。ななさんには申し訳ないですが、この「春の雪」を今回初めて聴きました。なんて素晴らしい鎮魂歌なのだろう。

ななさんは、そうした活動の中で、今回のクラウドファンディングのコンピレーションCDに参加されている堀下さゆりさんと出会われたようで、そこから巡り巡って再びご縁をいただくことになりました。堀下さんにも心からありがとうを言いたいです。

あの頃はまだ若く、彼女の歌に充分な翼を与えてあげることができなかったのは大きな心残りです。しかし、もう歌を辞めようかと思っていた一人のシンガー・ソングライターが今もこうして歌を歌い続けてくれている。それが心からうれしいですし、彼女がいま多くの人から支持され活躍されていることを知り、自分の感性は間違ってはいなかったのだと少し胸を張りたい気持ちにもなっています。

上にリンクを貼った「春の雪」を含め、『あいのうた』や「街の灯」以降の作品にも、多くの人に聴かれるべき素晴らしい楽曲が彼女にはたくさんあります。ぜひみなさんもななさんの音楽に触れ、僕がかつて味わった衝動や発見を少しでも共有してもらえたらと思います。

ななさん。いつかまた、いずこかでお会いできますよう。

やなせなな オフィシャルサイト

やなせなな YouTube公式チャンネル

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髙橋晃浩

たかはしあきひろ…福島県郡山市生。ライター/グラフィックデザイナー。雑誌、新聞、WEBメディア等に寄稿。CDライナーノーツ執筆200以上。朝日新聞デジタル&M「私の一枚」担当。グラフィックデザイナーとしてはCDジャケット、ロゴ、企業パンフなどを手がける。マデニヤル(株)代表取締役

髙橋晃浩
福島県郡山市生まれ。ライター/グラフィックデザイナー。雑誌、新聞、WEBメディア等に寄稿。CDライナーノーツ執筆は200枚以上。朝日新聞デジタル&M「私の一枚」(2017~)。郡山市「フロンティアファーマーズ」(2018~)。マデニヤル株式会社代表取締役。ソスイレコード代表。