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玉置浩二が歌で放つ「愛」

中学生や高校生の頃は、大好きなアーティストの新しいシングルやアルバムが出るのが待ち遠しくて仕方なかった。当時はフラゲなんて言葉はなかったけれど、今より緩かったのか公式な発売日よりずいぶん早くお店に商品が並んでいることもあったりして、今日か明日かと毎日のように通っていた時期もあった。

今はどうか。日々の仕事に追われていると、好きなアーティストのリリースを追いかける余裕などまるでない。発売から1年も2年も経ってから新譜の存在に気づき驚くこともある。ただ、それで新しい作品に触れたからと言ってあの頃のような喜びをその作品から得ることができるかと言えば、それはなかなか難しい。成長して猫じゃらしに反応しなくなってしまった猫のようだ。ちょっとやそっとじゃ遊びに付き合ってあげられない大人になってしまった。

玉置浩二さんの新しいアルバム『Chocolate Cosmos』が届いた。玉置さんは僕にとって、何を差し置いても新譜に飛びつきたくなるアーティストだ。前作『GOLD』から6年ぶり。そのあとにカバーアルバムもライブアルバムもオーケストラとの共演コンサートもあったので待たされた感はそれほどないけれど、やはり新しいアルバムというのは手にする重みが違う。そして、ここに収められた歌声が本当に、本当に本当に素晴らしい。

捨て曲一切なしのセルフカバーアルバム

今回のアルバムには、玉置さんが主にここ数年の間に他のシンガーに提供してきた楽曲のセルフカバーばかり10曲が収録されている。

1. Winter Leaf~君はもういない(Ryu/2020)
2. むくのはね(KinKi Kids/2012)
3. 泣きたいよ(鈴木雅之/2016)
4. ホームレス(研ナオコ/2015)
5. ママとカントリービール(竹中直人/2017)
6. マスカット(平原綾香/2016)
7. 花束(中島美嘉/2015)
8. ティンクル(高橋みなみ/2016)
9. スコール(TUBE/2015)
10. 忘れない(髙橋真梨子/1984)

2012年の『Offer Music Box』も同じような体裁のセルフカバーアルバムで、そちらには斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」や中森明菜の「サザン・ウインド」といった大ヒット曲も入っていた。今回のアルバムにはそうした多くの人が知るヒット曲は入っていないけれど、おそらくそれぞれがシングル向けに提供された曲だろうから、どの曲も楽曲そのものの存在感が強く、当然ながらいわゆる捨て曲のようなものは一つもない。

しかし、楽曲を提供された側もきっと大変だろうと思う。録音前に玉置さん本人の歌唱によるデモが渡されるのだろうけれど、その時点で相当に魅力的な歌声が収められているに違いない。歌い手としてそれをどう自分の歌として落とし込んでいくのか。これは途方もないチャレンジだと思う。「ホームレス」を提供された研ナオコさんが、その苦悩をチラリとNHKの番組で話している。もちろん、研さんはそれをしっかり「らしさ」で返している。

今までのどの時代の歌声よりも、今の歌声が一番素晴らしい

そんな今回のアルバム。玉置さんの歌声は、もう正確なピッチとか豊かな表現力とかそういうものを超えて、頭で歌うことを考えて発せられたのではない、本能のようなものに近い歌声に感じる。

歌い手の多くは、年齢を重ねると共に少なからず歌声の力の減衰に直面することになる。単純に喉が経年劣化していくこともあるだろうし、若い頃のような情熱を失い歌う機会を自ら減らしてしまうこともその原因になると思う。

しかし、玉置さんの声にはそうした「劣化」をまったく感じない。年を重ねるごとに声は変化してきているけれど、今までのどの時代の歌声よりも、今の歌声が一番素晴らしいと思わせてくれる。これは玉置さんが音楽に対する情熱や歌うことの喜びを今もなくしていないことの証明だと思うし、玉置さんがかつて手掛けた曲のタイトルを借りるならば、その歌声を保つ力の源は、玉置さんが音楽に傾ける「愛なんだ」と思う。

玉置浩二にまだネガティブなイメージを持っている人へ

「愛」という言葉を玉置さんは事あるごとに口にする。確かに、安全地帯からソロとなり、自ら詞を書く機会も増えていく中で、愛という言葉は常に1本の芯として作品の中に貫かれてきた。恋愛の愛はもちろん、「メロディー」のような仲間への愛、「純情」のような家族への愛、「aibo」のような過去へと注ぐ愛もある。「田園」や「JUNK LAND」はもっともっと壮大な愛の歌だ。

玉置浩二という人はきっと、人の何倍も何十倍もの愛を抱えて生まれてきてしまった人なのだと思う。今回のアルバムの歌声からも、歌そのものへの愛、歌うことへの慈しみを強く感じる。

若い頃の彼はきっと、その愛があまりに大きくて、分け与え方が自分でもうまいこといかなかったのだろう。その頃のイメージを引きずって今でも玉置さんからある種のネガティブなレッテルを剥がせずにいる人が僕の周りにも少なからずいるけれど、それが本当に残念でならない。そういう人にこそぜひ、このアルバムを手にして、彼の素の愛を感じ取ってほしい。

偉そうに言っているけれど、僕だって40数年生きても愛なんてちっともわからない。けれど、玉置さんの声、言葉、表情、佇まいに触れていると、そのヒントをほんの少しつかまえることができたような気分になる。その時に、自分もようやく大人になってきたのかなと感じることができる。そんな悦に入る自分が実は嫌いではなくて、今日もまた何度もプレイボタンを押してしまうのだ。

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ところで、今回のアルバムはCD、配信以外にLPでも発売されている。どんな音になっているか興味があってLPで買ってみた。これがまさに「レコード」の音がして素晴らしい。近年プレスされたLPには正直「この音ならCDでもいいじゃないか」と思うものが少なくない。せっかくLPにするのだから、ただのアイテムとしてのLPではなく、音的にもLPに最適化して作ってほしい。レコードが聴ける方はぜひ選択肢の一つにおすすめします。

たかはしあきひろ…福島県郡山市生。ライター/グラフィックデザイナー。雑誌、新聞、WEBメディア等に寄稿。CDライナーノーツ執筆200以上。朝日新聞デジタル&M「私の一枚」担当。グラフィックデザイナーとしてはCDジャケット、ロゴ、企業パンフなどを手がける。マデニヤル(株)代表取締役