逃走は、計画的に。

畳1.5畳ほどの小さなプレハブの部室に、
オレンジ色の夕日が差し込む。
そこに乱暴にかけられた、2着の学ラン。

を、眺めるのが私の青春だった。

高校時代、陸上部だった私と友達は、
それぞれ1つ年上の先輩に片思いをしていた。

厳しい上下関係もなく、仲のいいクラブで
「高校受験が終わるまでは部活禁止!」という
母の言いつけから解放された私は、
放課後のためだけに高校に行っていたに等しい。

一応、学区内トップの進学校だったので
頭のいい人が多かったけど、
その先輩は中でも優秀な人で、偏差値は70以上。
京都大学か大阪大学の工学部を目指していた。

種目は、200m、400m、400mハードル。
もともと小柄で華奢だけど、
「重くて走りにくくなるから、筋肉はつけない」が信条。
ムダのないキレイな身体で、400mを軽やかに走り切る姿は
お世辞抜きで美しかった。

文武両道で、顔立ちも整っている。
それだけで十分手が届かなさそうなのに、
その先輩は少し変わっていて、恋愛には興味なし。
というか、人に興味がない。

思えば、文化祭の日に部室を開けたら、
暑い中、うずくまって寝ている姿を発見。
「文化祭、出なくていいんですか!?」と聞いたら
「興味ないからそっとしといて・・・」と言われたのが
好きになったきっかけだった。(私は昔から変人が好き)

だから、両思いになることは最初から断念。
友達が好きだった先輩とちゃっかり付き合い始めた頃、
私は告白してくれた同期の男の子と付き合うことにした。

心の中に先輩への気持ちを持ちながらも、
周りがどんどん彼氏持ちになっていく高校生特有のムードに押され、
叶わない片思いよりも、確実に「彼氏持ち」になれる道を選んだ。

それから2年が過ぎた頃、いよいよその日はやってきた。
先輩の卒業式だ。

もう二度と会えなくなると思うと、
どうしたって気持ちはザワザワする。


「第2ボタンもらうくらいなら、いいよね・・・」


在校生として卒業式に参加していた彼氏の目を盗んで、
私は部室にいるであろう先輩に会いに行った。

第2ボタンをもらったら、お礼を言って帰ろう。
最初は、本当にそのつもりだった。

でも、珍しく楽しそうに接してくれる先輩を見ていると、
練習や試合、合宿でのカッコイイ姿や、
ケガをした時に気づかってくれたこと、
友達と先輩の教室に忍び込んで
キャーキャー言っていたことなどを思い出して、
ついにその言葉が出てしまった。


「実は、ずっと好きだったんです・・・」


先輩は、薄々気づいていたらしい。
(それくらい、日々キャーキャー言っていた、、)
もちろん、私が同じ陸上部の同期と付き合っていることも。
その上で、先輩は言葉を重ねた。

「じゃあ、付き合う?」

私は耳を疑った。

「そうでもしないと、もう会えないし・・・」

憧れの先輩が、付き合おうと言っている!
彼氏になってくれるという!
これからも会える!
ってか、私、彼女になれるんだ!


後ろめたい気持ちはありながらも、私の心は踊っていた。


「えっと、、ちゃんと別れたら、、」


ちょうどその時、部室の窓の向こうに彼氏の姿が見えた。
しかも、こっちに向かっている!

そのことを伝えると先輩は
「じゃあ、行こう!」と言って私の手を取り、
部室を出て、彼が来る方はと反対の方向へ向かった。


校門近くの自転車置き場で、話は続く。
これからは、大学生と高校生。
私には受験も待っている。
少しの時間でも、一緒にいたかった。


すると、彼氏が校門に向かってくる!
やばい!バレる!
帰るのか?いや、違うみたい!でも来る!

今度は校舎裏へ。。
そして、また自転車置き場へ。。


ある晴れた、春の卒業式の日。
私たちは暗くなるまで、そんな逃走劇を続けた。


その後、きちんと彼氏と話し、
めでたく憧れの先輩の彼女に昇格。

「恋愛に興味がない」と言っていた先輩は、
「受験があるから、クリスマスは会わない!」と
可愛くないことを言う私に嫌な顔一つせず、
雪の降る中、遠方から電車に乗って
何も言わずに私の家のポストにプレゼントを置いて帰るような、
理想の彼氏になってくれた。


が。


1年後。無事、志望の大学に合格し
(そういえば、合格発表にも付き添ってくれたな、、)
地元のTSUTAYAでバイトを始めた私は、
いい香りのするロン毛男(車持ち)に心を奪われ、
今度は心配してバイト先にまで来てくれた先輩から
逃走劇を繰り広げることになる。


艶かしい香水のかおりが、
青春の汗を一瞬にして掻き消した。


もし今、タイムマシンがあったなら。
私はその18歳の小娘に、口を酸っぱくして言うだろう。


逃走劇は1回にしておけ、と。


憧れの先輩は今、誰もが知っている大企業のエンジニア。
幸せな結婚生活を送っている。

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