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検察庁法改正について事細かく知りたい人へ。


はじめに

 2020/05/10現在、Twitter上でも相当な反響を呼んでいる表題の件。
 コロナ禍において政治が身近に感じられたのも大きな影響を及ぼしているかもしれません。芸能人やスポーツ選手などの著名人を巻き込み抗議運動が勃興しています。主にTwitter上で拡散されているのは、サンデーモーニング内で青木理氏が解説している動画や、いちTwitterユーザーが作ったであろう画像であり、二次的なものです。二次的なものというのはどうしてもバイアスがかかりますし、一枚の画像や短い動画というのは、どうしたって物事が矮小化されるきらいがあります。このページでは、検察庁法改正の問題点や現状を、議会での質問・回答を中心に可能な限り委曲を尽くして書いていきたいと思います(それ故長いです、ご留意下さい)。

・上のような画像が大きく拡散された(現在は削除)

発端は

 令和二年一月三十一日、東京高等検察庁の黒川検事長の勤務延長が閣議決定されます。西村内閣官房副長官(役職・肩書きは当時のもの)は、その勤務延長の理由について、

まず,東京高等検察庁検事長黒川弘務の勤務延長について,御決定をお願いいたします。本件は,同検事長を管内で遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査・公判に引き続き対応させるため,国家公務員法の規定に基づき,6か月勤務延長するものでございます。 (首相官邸HPより)

と述べています。これに署名され、黒川検事長の勤務延長は閣議決定されたわけです。この閣議では、橋本大臣によって2020年東京オリンピック開催について発言がなされています。また、茂木大臣の発言にもあるように、この日は武漢からのチャーター機が帰国した日です。いつ頃の話なのか、というのが感覚的にわかって頂けると思います。

 ところで、元来、検察庁法の第二十二条では、以下のように定められています。

第二十二条 検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。(以下検察庁法は全てこちらより)

 黒川検事長は「その他の検察官」に含まれますから、この法に基づけば六十三歳を迎えたときに退官するのが普通というわけです。それを国家公務員法に基づいて延長しよう、というのが本件の閣議決定ということです。黒川検事長は1957年2月8日生まれですから、この閣議決定の約一週間後には六十三歳を迎えます。

 西村内閣官房副長官が言及した国家公務員法は、非常に長い法律ですが、定年について、以下のように書かれています。

第八十一条の二 職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する。
○2 前項の定年は、年齢六十年とする。ただし、次の各号に掲げる職員の定年は、当該各号に定める年齢とする。
一 病院、療養所、診療所等で人事院規則で定めるものに勤務する医師及び歯科医師 年齢六十五年
二 庁舎の監視その他の庁務及びこれに準ずる業務に従事する職員で人事院規則で定めるもの 年齢六十三年
三 前二号に掲げる職員のほか、その職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより定年を年齢六十年とすることが著しく不適当と認められる官職を占める職員で人事院規則で定めるもの 六十年を超え、六十五年を超えない範囲内で人事院規則で定める年齢
○3 前二項の規定は、臨時的職員その他の法律により任期を定めて任用される職員及び常時勤務を要しない官職を占める職員には適用しない。
(定年による退職の特例)
第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。(以下国家公務員法は全てこちらより)

また、平成二六年四月一八日法律第二二号の附則で、

第四十二条 政府は、平成二十八年度までに、公務の運営の状況、国家公務員の再任用制度の活用の状況、民間企業における高年齢者の安定した雇用を確保するための措置の実施の状況その他の事情を勘案し、人事院が国会及び内閣に平成二十三年九月三十日に申し出た意見を踏まえつつ、国家公務員の定年の段階的な引上げ、国家公務員の再任用制度の活用の拡大その他の雇用と年金の接続のための措置を講ずることについて検討するものとする。

と記述されています。検察庁法改正に反対しない方々の重要な論拠のひとつですね。

国家公務員法と検察庁法と法解釈

ここで国家公務員法と検察庁法の関係性を見てみましょう。

国家公務員法附則第十三条 一般職に属する職員に関し、その職務と責任の特殊性に基いて、この法律の特例を要する場合においては、別に法律又は人事院規則(人事院の所掌する事項以外の事項については、政令)を以て、これを規定することができる。但し、その特例は、この法律第一条の精神に反するものであつてはならない。
検察庁法第三十二条の二 この法律第十五条、第十八条乃至第二十条及び第二十二条乃至第二十五条の規定は、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)附則第十三条の規定により、検察官の職務と責任の特殊性に基いて、同法の特例を定めたものとする。

 検察庁法の第二十二条が定年に関する記述ですから、検察官の定年については「特例」の対象となり、国家公務員法の第八十一条の二の○2で記された定年の六〇歳ではなく、検察庁法第二十二条で記された六三歳に定年をするわけです。検察官は特例である、というのが従来の法解釈です。それを裏付けるのはさほど難しいことではありません。人事院の資料では、検事総長六十五歳、検察官六十三歳と定年の年齢が明記されています。加えて、令和二年二月十三日の衆議院本会議での安倍晋三内閣総理大臣の答弁を見てみましょう。当該答弁については、ここで見ることが出来ます。45分42秒あたりからが該当箇所です。

検察官については昭和五十六年当時、国家公務員法の制定定年制は検察庁法により適用除外されていると理解していたものと承知しております。
他方、検察官も一般職の国家公務員である為、今般、検察庁法に定められている特例以外については一般法たる国家公務員法が適用されるという関係にあり、検察官の勤務延長については国家公務員法の規定が適用されると解釈する事とした所です。
御指摘の黒川東京高検検事長の勤務延長については検査庁の業務遂行上の必要性につき、検察庁を所管する法務大臣からの閣議精義により、閣議決定されたものであり、何ら問題のないものと考えております。

 黒川検事長の勤務延長について、問題がないことを強調していますが、他方、検察庁法の解釈を変更したことを認めています。もとからこのような法解釈だった、という主張は無理筋ですね。

肝心の検察庁法改正案

 これまで従来の法律とその解釈を確認しました。では、渦中の検察庁法改正案は一体どのようなものなのでしょうか。争点の、定年に関わる第二十二条を見てみます。

第二十二条中「検事総長」を「検察官」に改め、「、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に」を削り、同条に次の七項を加える。
 検事総長、次長検事又は検事長に対する国家公務員法第八十一条の七の規定の適用については、同条第一項中「に係る定年退職日」とあるのは「が定年に達した日」と、「を当該定年退職日」とあるのは「を当該職員が定年に達した日」と、同項ただし書中「第八十一条の五第一項から第四項までの規定により異動期間(これらの規定により延長された期間を含む。)を延長した職員であつて、定年退職日において管理監督職を占めている職員については、同条第一項又は第二項の規定により当該定年退職日まで当該異動期間を延長した場合であつて、引き続き勤務させることについて人事院の承認を得たときに限るものとし、当該期限は、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日の翌日から起算して三年を超えることができない」とあるのは「検察庁法第二十二条第五項又は第六項の規定により次長検事又は検事長の官及び職を占めたまま勤務をさせる期限の設定又は延長をした職員であつて、定年に達した日において当該次長検事又は検事長の官及び職を占める職員については、引き続き勤務させることについて内閣の定める場合に限るものとする」と、同項第一号及び同条第三項中「人事院規則で」とあるのは「内閣が」と、同条第二項中「前項の」とあるのは「前項本文の」と、「前項各号」とあるのは「前項第一号」と、「人事院の承認を得て」とあるのは「内閣の定めるところにより」と、同項ただし書中「に係る定年退職日(同項ただし書に規定する職員にあつては、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日)」とあるのは「が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあつては、年齢が六十三年に達した日)」とし、同条第一項第二号の規定は、適用しない。
 検事又は副検事に対する国家公務員法第八十一条の七の規定の適用については、同条第一項中「に係る定年退職日」とあるのは「が定年に達した日」と、「を当該定年退職日」とあるのは「を当該職員が定年に達した日」と、同項ただし書中「第八十一条の五第一項から第四項までの規定により異動期間(これらの規定により延長された期間を含む。)を延長した職員であつて、定年退職日において管理監督職を占めている職員については、同条第一項又は第二項の規定により当該定年退職日まで当該異動期間を延長した場合であつて、引き続き勤務させることについて人事院の承認を得たときに限るものとし、当該期限は、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日の翌日から起算して三年を超えることができない」とあるのは「検察庁法第九条第三項又は第四項(これらの規定を同法第十条第二項において準用する場合を含む。)の規定により検事正又は上席検察官の職を占めたまま勤務をさせる期限の設定又は延長をした職員であつて、定年に達した日において当該検事正又は上席検察官の職を占める職員については、引き続き勤務させることについて法務大臣が定める準則(以下単に「準則」という。)で定める場合に限るものとする」と、同項第一号及び同条第三項中「人事院規則」とあるのは「準則」と、同条第二項中「前項の」とあるのは「前項本文の」と、「前項各号」とあるのは「前項第一号」と、「人事院の承認を得て」とあるのは「準則で定めるところにより」と、同項ただし書中「に係る定年退職日(同項ただし書に規定する職員にあつては、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日)」とあるのは「が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあつては、年齢が六十三年に達した日)」とし、同条第一項第二号の規定は、適用しない。
 法務大臣は、次長検事及び検事長が年齢六十三年に達したときは、年齢が六十三年に達した日の翌日に検事に任命するものとする。
 内閣は、前項の規定にかかわらず、年齢が六十三年に達した次長検事又は検事長について、当該次長検事又は検事長の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該次長検事又は検事長を検事に任命することにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由があると認めるときは、当該次長検事又は検事長が年齢六十三年に達した日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、引き続き当該次長検事又は検事長に、当該次長検事又は検事長が年齢六十三年に達した日において占めていた官及び職を占めたまま勤務をさせることができる。
 内閣は、前項の期限又はこの項の規定により延長した期限が到来する場合において、前項の事由が引き続きあると認めるときは、内閣の定めるところにより、これらの期限の翌日から起算して一年を超えない範囲内(その範囲内に定年に達する日がある次長検事又は検事長にあつては、延長した期限の翌日から当該定年に達する日までの範囲内)で期限を延長することができる。

 法務大臣は、前二項の規定により次長検事又は検事長の官及び職を占めたまま勤務をさせる期限の設定又は延長をした次長検事又は検事長については、当該期限の翌日に検事に任命するものとする。ただし、第二項の規定により読み替えて適用する国家公務員法第八十一条の七第一項の規定により当該次長検事又は検事長を定年に達した日において占めていた官及び職を占めたまま引き続き勤務させることとした場合は、この限りでない。
 第四項及び前項に定めるもののほか、これらの規定により検事に任命するに当たつて法務大臣が遵守すべき基準に関する事項その他の検事に任命することに関し必要な事項は法務大臣が定める準則で、第五項及び第六項に定めるもののほか、これらの規定による年齢六十三年に達した日において占めていた官及び職を占めたまま勤務をさせる期限の設定及び延長に関し必要な事項は内閣が、それぞれ定める。(衆議院議案情報本部一覧より)

 元々の第二十二条と比べると、異様とも言える長さです(法律なので、長いことが悪というわけではないのですが)。

 ここで記されている国家公務員法の第八十一条の七というのは、今現在国家公務員法第八十一条の三として機能しているものを指しています。ここに違いがある理由は、この検察庁法改正案より前の部分に、国家公務員法の改正案も記されており、その中でそのような整理が行われたことに影響を受けています。国家公務員法第八十一条の三といえば、前述した一般的な公務員の定年に関わる法律です。

 それはさておいて、この改正案は何が変わるのでしょうか。
重要なのは後半の部分ですね。太字の部分です。内閣は、検事長もしくは次長検事が定年の六三歳を迎えたときに、一年間以内に期限を設けて勤務を延長させることができるようになります。また、その期限を迎えても更に一年間延長できるわけですから、内閣は実質的に検事長もしくは次長検事の勤務を二年間延長できるようになるわけです。

問題点・疑問点と嫌疑

 問題点・疑問点と嫌疑、これはどちらもTwitter上で噴出しましたが、そこの混同が議論の妨げになっているように感じます。「限りなく黒に近いグレー」というような内容であったとしても、嫌疑はあくまで嫌疑であり、憶測の域を出ません。憶測と事実を整理すれば、この法改正を正しく評価することができると思います。この記事内では基本的に、邪推に過ぎない可能性のある嫌疑には触れず、現段階で確実かつ客観的・論理的に捉えることの出来る問題点を検討します。

問題点・疑問点

①検察庁幹部の定年を内閣の意思で変えることができる

 前述の国家公務員法附則第四十二条では、国家公務員の段階的な定年の引き上げが検討されることについて記載されていますが、この改正案では、定年が一律に引き上げられるのではなく、内閣の意思によって定年延長の是非が決まるということになっています。条文の最後に、「これらの規定による年齢六十三年に達した日において占めていた官及び職を占めたまま勤務をさせる期限の設定及び延長に関し必要な事項は内閣が、それぞれ定める。」となっていますから、それの要件・必要事項は後発的に決まることになります。

 段階的な定年引き上げは官民問わず昨今行われてきたことですが、それの一環としてこの検察庁法の改正案が提出されたという主張は不自然です。改正案中には「職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該次長検事又は検事長を検事に任命することにより公務の運営に著しい支障が生ずる」場合にのみ職務の延長ができると定められているわけで、これは一律で定年を引き上げるというのとは全く意味が異なります。一律の定年引き上げでなく、このような不思議な制度によって、内閣が準司法組織である検察庁に介入できる余地を少しでも増やしたのも問題点です。

②ブラックボックスすぎる法解釈の変更

 法解釈について変更がなされたのはこれまでに記しました。ではこの法解釈の変更はいったい、いつなされたものなのでしょうか。
安倍内閣総理大臣が衆議院本議会の答弁で法解釈が変更された旨を述べたのが令和二年二月十三日ですから、それ以前には法解釈の変更がなされているわけです。

 衆議院第201回国会で、立憲民主党の川内博史議員は以下のように質問しています。

(前略)~検察官の勤務延長については、国家公務員法の規定が適用されると解釈することとした」と答弁しているが、今般の解釈変更について、安倍内閣総理大臣は、いつ、誰から、どのような形で(文書、口頭など)説明を受けたのか。 (黒川検事長の勤務延長に関する質問主意書より)

その回答として、安倍内閣総理大臣は

お尋ねの答弁より前に、内閣総理大臣秘書官から、適宜の方法により、必要な説明を受けている。(上記質問に対する答弁書より)

と簡素に記しています。これでは、黒川検事長の勤務延長をするために法解釈を変更したのか、法解釈が変更されたために黒川検事長の勤務延長がなされたのかわかりません。

③前例のない勤務延長

 検事長など検察庁幹部が定年を迎えても勤務延長されたケースはありません。国民民主党の奥野総一郎議員は、以下のことを質問しています。

一 検察庁法第二十二条は、「検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する」とし、検事総長及び検察官の定年を定めている。検事総長及び検察官がこの定年を超えて勤務(以下「検察官の定年延長」という。)した例はあるのか。
二 検察官の定年延長の例があるのであれば、法令上の根拠規定は何だったか。
三 検察官の定年延長の例がこれまで無かったのであれば、今回、黒川弘務東京高検検事長の定年を延長したのはなぜか。またその法令上の根拠規定を示されたい。(東京高検検事長の定年が半年間延長された件に関する質問主意書より)

それに対する安倍内閣総理大臣の答弁。

一及び二について
 令和二年二月七日以前において、お尋ねの「例」については把握していない。
三から六までについて*
 黒川弘務検事長の勤務期間の延長は、検察庁における業務遂行上の必要性に基づくものであるところ、検察官も一般職の国家公務員であるから、一般職の国家公務員に適用される国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第八十一条の三第一項の規定により、任命権者である内閣において閣議決定して行ったものである。(上記質問に対する答弁書より)

*注釈 質問文では三項以降も、七項まで質問が列挙されている

 検事総長及び検察官が、定年を迎えた後に何らかの形で勤務延長されたことに前例はないわけです。黒川検事長が最初のケースということですね。また、その理由については「検察庁における業務遂行上の必要性に基づくものであるところ」とされているだけで、具体的になぜその勤務延長が必要とされているのか、「勤務遂行上の必要性」というのは一体何なのか全く明らかにされていません。法解釈の変更までして、前例の無い勤務延長という判断を下したのに、その理由が判然としない、それも大きな問題点のひとつです。

④検察庁法改正案の歴史

 現在閣法として提出されている検察庁法改正案については前述しました。ただ、この検察庁法改正案は、奇妙な歴史を辿っています。
 2019年(令和元年)秋に、検察庁法の改正案は登場します。それは以下の通り。

1.検察官の定年を65歳に引き上げる
2.次長検事及び検事長は、63歳に達した翌日に検事になる(その後65歳で定年退官)(徐東輝さんのnoteより引用。より説得力のあるソースをお持ちの方、是非ご教示下さい。)

 もともとは非常に簡素な内容でした。この変更について、共産党の山添択議員はこのようなことを述べています。

元々はこういう法案(令和元年秋版のこと)だったんですね、検察庁法第二十二条に二項を加えると。いうだけの物だったんですけれども、(中略)ダァーーっとこんなに長い法案(現在の検察庁法改正案)に変わったわけです、今年の一月十七日以降のことです。

 なぜこれだけ簡素だった検察庁法改正案(令和元年秋版)が、今般のこれだけ長い法案に変更されたのでしょうか。立憲民主党の川内議員はこのようなことも質問しています(以下本文の下に簡略化したものも書いておきます)。

二 本年三月十三日の衆議院法務委員会において、森法務大臣は、既に内閣法制局の了承を得ていた検察庁法改正案の見直しについて「昨年十二月ごろ、担当者において、果たしてこの解釈を維持するのが妥当なのかという観点に立ち戻って検討を行うなどして、その後、省内での議論を経て、勤務延長制度について今般の解釈に至ったものでございます。」と答弁している。この内閣法制局の審査を終えて条文が固まっていた検察庁法改正案を見直し、検察官の勤務延長規定を新たに追加した法案が策定されるまでの意思決定の過程を明らかにする必要がある。
1 本年三月九日の参議院予算委員会において、森法務大臣は、昨年十月ごろに内閣法制局の審査を終えていた検察庁法改正案については、「法律案の提出に至っておりませんので、私の方で臨時国会の法案としての説明は受けておりません。」と答弁しているが、森法務大臣がこの案に勤務延長の規定が含まれていないこと及びこの案が内閣法制局の審査を終えていることを知った時期をそれぞれ、お示しいただきたい。また、内閣法制局の審査に供する案の決裁権者を明らかにされたい。
 2 省略
 3 内閣法制局の審査を終えて条文が固まっていた検察庁法改正案を見直して検察官の勤務延長規定を新たに追加した法案が策定されるまでに、大臣による口頭了解や文書決裁等も含め、どのような手続を経たのか伺いたい。また、当該手続に関して、意思決定過程が明らかとなる文書は保存されているのか、確認したい。(黒川検事長の勤務延長に関する質問主意書より)

少し長いので簡略化すると、

二 内閣法制局の審査を終えていた検察庁法改正案(令和元年秋版)を見直して、定年延長について追記された今般の検察庁法改正案に変更した意思決定プロセスを明らかにしなければならない。
1森法務大臣が、検察庁法改正案(令和元年秋版) ①が内閣法制局の審査を終えた時期 ②に定年延長が明記されていないことを知った時期 はそれぞれいつなのか。そして、内閣法制局の審査の決裁権者は誰なのか。
2省略
3内閣法制局の審査を終えていた検察庁法改正案(令和元年秋版)を見直して、定年延長について追記された今般の検察庁法改正案に変更するのにあたって、どのような手続きを経たのか。また、その手続きに関する意思決定の資料は残っているのか。

という感じになります。これに対する安倍内閣総理大臣の回答は、

二の1について
 前段のお尋ねについては、お尋ねの「内閣法制局の審査を終えていた検察庁法改正案」の意味するところが必ずしも明らかではないが、令和元年十月時点における検察庁法(昭和二十二年法律第六十一号)の改正案に関するものも含め、法務大臣は、本年三月十三日に今国会に提出した国家公務員法等の一部を改正する法律案の閣議請議について決裁を行う以前には必要な報告を受けている。
 後段のお尋ねについては、法律案の立案の過程において作成された文書について、法務省において、法務省行政文書取扱規則(平成二十六年法務省秘法訓第一号大臣訓令)に定められた決裁を経ることを要しない取扱いとしている。
二の2について
 省略
二の3について
 お尋ねの「検察官の勤務延長規定を新たに追加した法案」の意味するところが必ずしも明らかではないが、法務省においては、本年三月十三日に今国会に提出した国家公務員法等の一部を改正する法律案に係る閣議請議について法務大臣による決裁を行っており、当該決裁を行った際のいわゆる原議等を保有している。(上記質問状の答弁書より)

となっています。

 この法律案について作成された文書は決裁を要さないとなっており、この法案の決裁権者は存在しないことになっています。また、この変更がなされた手続きに関しても、原議を保有しているとするものの、「閣議請議について法務大臣による決裁を行っており」と言及するにとどまり、どのような手続きが踏まれたのか具体的に明らかにはなっていません。

 もともとたった一、二行だったこの改正案が、なぜ今般のような膨大な量になったのか、説得力のある説明はなされていません。黒川検事長の勤務延長を後付けで正当化するような内容の改正案を、この大変なコロナ禍の中通そうとしているわけです。以上のような問題点・疑問点が、様々な嫌疑を引き起こしているわけです。

黒川弘務検事長とは何者か?

 多数の嫌疑が巻き起こっていること自体は、今更ここで記述するまでもありませんが、この嫌疑の主要な登場人物である黒川弘務検事長について、どのような人なのか改めて確認します。経歴はこちらから。

検事長は,高等検察庁の長として庁務を掌理し,かつ,その庁並びにその庁の対応する裁判所の管轄区域内にある地方検察庁及び区検察庁の職員を指揮監督しています。(検察庁HPより)

黒川弘務検事長は、東京高等検察庁のトップということです。

 黒川検事長は、「官邸の門番」「官邸の代理人」と呼ばれ、現内閣(特に菅義偉官房長官)との蜜月っぷりがかねてから報じられています(週刊文春の記事はこちら)。黒川弘務氏が法務事務次官に任命されたのが平成二十八年九月五日。その前後から今現在まで、不起訴になった事件として以下のようなものがあります。

①自民党・小渕優子元経産相の政治資金規正法違反事件→本人は嫌疑不十分で不起訴
②安倍内閣総理大臣と親密な関係で知られる、元TBS記者の山口敬之氏の準強姦容疑→不起訴
③自民党/維新の会(除名)議員ら5名のIR汚職→立件見送り
④学校法人森友学園の国有地売却・公文書改竄問題→不起訴
⑤自民党・下村博文元文部科学相の政治資金規正法違反の罪→不起訴
⑥自民党・河井克行前法相と妻の案里参議院議員の参院選広島選挙区の公職選挙法違反事件→今後、どうなるのか...?
※時系列順ではありません

 森友問題も随分遠い昔のことのように感じますが、このような政府与党に有利な不起訴案件と、菅義偉官房長官らとの親密な関係が相まって、今回の黒川検事長の勤務延長について、大きな批判が集まっているわけです。

 ただここで注意しなければならないのは、検察の意思決定プロセスに黒川検事長が介入しているという直接的な証拠があるわけではないということです。例えば、⑤下村元文科相のケースでは、検察審査会で「本人の弁解を覆すに足る証拠がない」と、各人が納得できるかどうかは別の問題としても、一応の理由付けはなされています。黒川検事長が非常に官邸に近い人物であることは間違いないと思われますが、そこに不起訴案件のことを絡めて語るのは、少し慎重になる必要があると私は考えます。

おわりに

 ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございます。
皆さんの検察庁法改正案に関する考察を、この記事ですこしでも深められたなら本望です。以下私見です。

 ここまでに記したように、この法整備には多くの問題点があるように思います。それを踏まえると、多数巻き起こっている嫌疑の一部は、状況証拠的には十分考えられるものもあるとするのが自然なような気がしますし、「そんなことは起こりえない!」というような断罪はあまりに想像力を欠いている発言に思えます。私はこれまでの全てを踏まえて、「検察庁法改正案に抗議します」という立場をとろうと思います。

 また、この検察庁法改正案に関するひとつのムーブメントによって、政治の話はタブーという従来の考え方からの脱却に一歩近づいた気がします。本来であればとても身近な話であるはずの政治が、日本ではどう考えても遠すぎました。今あなたがこれを読んでいるスマホも、PCも、それを受信する電波も政治の影響を受けています。あなたの体をつくるご飯、水、肉、野菜も政治の影響を受けています。政治を「小難しい話」として他人事にするのではなく、様々な情報に触れて思慮を巡らせる、それがあるべき姿だと思います。それ故に、トップに記載したきゃりーぱみゅぱみゅ氏のツイートが、色々なバッシングやマウンティングによって削除を余儀なくされたのは、残念でなりません。これを機に、政治をより知ろうと考える人がひとりでも増えればいいなと思います。

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