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右手に悪戯を、左手に愛を

冬も深まってきた、ある日のお伽話です。

10月の昼下がりは、温度と湿度が心地いい。
平日の遊園地は閑散としていて、僕は好きだ。

海峡が一望できる観覧車を目当てに
土日の夜は、カップルで賑わうが。

それにしても、遊園地に『横丁』とは。
変わったネーミングセンスだな。

名は、実体を表わす。
名が、実体を作り出していく。

自分の職場に言うのも妙だが、
ここの空気は、どこか歪んで渇いている。

「…おっと!」

風船の束を手離しそうになって
左手の猫のパペットを、強く握りしめる。

この操り人形と長年、苦楽を共にしてきた。
腹話術も、僕の得意技だ。

これだけ静かで、人が少ないと、
仕事中だという事さえ、忘れそうだな。

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「ツーツーツー」

思考を読まれたかのようなタイミングで、
唐突に無線が入る。

「ケルト、メリーゴーランド前で待機を。
あと3分でターゲットが来る。」

「了解。」

風船をたなびかせ、僕は目的地に急いだ。

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皆は僕を『ケルト』と呼ぶ。
北欧の民に由来するらしい。

自然を信仰し、文字を持たなかった彼らは、
謎に包まれた民族だ。

バグパイプの旋律が響く、ケルト音楽は
いつも僕の心を鎮めてくれる。

一説によれば、ケルトの民は
『生死の境界は曖昧』という世界観だとか。

…僕にお似合いの呼び名だな。
思わず溜め息をつき、嘲笑する。

僕だから、『ケルト』なのか。
『ケルト』だから、今の僕があるのか。

ケルト民族の暦での1年は、
10月31日に終わり、翌日から始まるそうだ。

亡くなった者たちが、その日に蘇る
…そう、ハロウィンの起源は、ケルト文化だ。

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足を止め、メリーゴーランドを見上げた。

かわいらしいオバケと、カボチャの装飾。
オレンジと紫に彩られている。

そして、柱には、黒猫のモチーフ。
黒猫には、深紅のリボンがよく似合うな。

あぁ、あの人の猫も、赤いリボンだ。
東亜さん、神出鬼没なんだよなぁ。

彼にまつわる逸話は、後を絶たない。

ケーキとパフェが、主食だとか。
東アジア全体を、牛耳っているとか。

まさか…な。

さっき、一緒にお茶したばかりだし。
噂話を信じるほど、僕はお人好しじゃない。

彼からの贈り物は、存在感を放ち、
僕の右手に、よく馴染んでいる。

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「ケルト! こっち、こっち。早く!」

「そんなに急かさないでくださいよー。
なーんだ。一組だけじゃないですかー。」

今日は、アメリンドが
メリーゴーランドのゲート当番らしい。

小麦色の肌に、長い黒髪がよく似合う。
米国から帰国し、昨年ここで働き出したそうだ。

彼女に指さされた先を見ると、
父親に手を引かれた、幼い女の子がいた。

歳は、3歳くらいだろうか。
白いワンピースとタイツ、首元に赤いリボン。

何層も重なり、膨らんだスカートを見て、
ショートケーキみたいだな、と僕は思った。

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柵に跳び乗り、用意していた大玉の上へ。
マントが邪魔だが、まぁ、慣れた動作だ。

玉乗りをしながら、ターゲットに近づく。
僕じゃないと、出来ない芸当だな。

「トリック? オア・トリート?
お菓子をくれないと、いたずらしちゃうにゃ。」

僕は父親を見下ろして、笑顔で尋ねた。

「お菓子は持ってないなぁ。」
パペットと僕を見比べて、男は苦笑いした。

「そっか。残念だにゃー。君はどうかにゃ?」

大玉の上にしゃがんで、僕は少女に聞いた。
お菓子の妖精がいたら、この子みたいな姿かな。

「あたし、あるよ。おにーちゃんにもあげる。」

彼女は大きな目を輝かせ、自慢げに頷いた。
リュックからキャンディを出し、僕に差し出す。

あぁ、いい子だ。かわいいなぁ。
アメリンドにウインクし、親子に背を向けた。

「わぁ! ありがとう。あなた、お名前は?」

アメリンドの甘く澄んだ、高い声。
精霊はこんな声で、人を森へ誘うのだろうな。

「あたしね、みずほ!」

「みずほちゃんは、優しいのね。
おねえちゃんが、いいものあげる。おいで。」

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彼女が少女を抱きかかえ、
背を向けて、歩き出す気配がする。

「え、そんなアトラクション要らな…」
父親が慌てて、駆け出す靴音。

最後まで、聞く価値も無いな。
アトラクションとは『魅きつけるもの』だよ。

僕は、乗っている大玉を右に旋回させ
男に向かって、マントから右手を伸ばす。

パン、パン、パン! と、乾いた音がした。
同時に、色とりどりの風船が、空を舞う。

30mの距離なんて、一発で充分なのにな。
ワンタップで3発。照準精度は悪くない。

『バーストアサルトライフル』とか言うらしい。
ありがと、東亜さん。暫く使わせてもらうよ。

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僕たちの組織では、金属性のIDプレートを
ひとときも離さず、身に着けるのがルールだ。

『G-625』と刻まれたナンバー。
僕が灰になっても、分かるように。

依頼は、1件3000万円。1円の増減も許さない。
本当は金じゃない、覚悟を示して欲しいんだ。

そして、僕たちは何故か、
同志を、土地や民族の名で呼び合う。

…さっきの女の子、『みずほ』と言ったっけ。
瑞穂、日本の美称か。

紅白のワンピースが、国旗に見えてくる。
彼女も、暗殺者になる運命だったのか。

ここは、『横丁』と名付けられた、遊園地。
表通りから外れた人々が、集う場所。

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右手をマントに仕舞い、左手に話しかける。

「日が沈むのが、早くなってきたね。
さ、ケルにゃん。行こうか。」

左手に、生を。
右手に、死を。

Dead or Arive ?
Trick or Treat ?

これで、6785名。
僕が、あの世に送り出した人達は
ハロウィンの日、この世に戻ってくるのかな。

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ケルトの世界観では、生死の境界は曖昧だ。

この物語は、フィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、
写真を含め、実在のものとは関係ありません。

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2019/10/26 1st edition