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診断名に縛られないで欲しいなって話②:PSWの福祉コラム

精神科のソーシャルワーカー(精神保健福祉士)をしていると、自己紹介に病名を言うクライアントによく出くわします。

病名というのは、精神科領域に関しては診察経過によって度々変更されるものであることは前回コラムでご紹介しました。

今回の第2部では、医療保険制度のためにつけられる診断がある話について、ケースを紹介しながら解説したいと思います。

ケース紹介:カルテに書かれた診断名

精神保健福祉士として就労施設の指導員として働いていた時、新規のクライアントが相談に来たことがあります。その方は、自分の名前や年齢などを話しながら、「診断名は聞いてないけど、うつ病と統合失調症ってカルテに書き込まれてたわ」と自己紹介のように話されました。(診断名・性別・状況は個人情報保護のために一部架空のものに置き換えています)

想定状況:「クライアントは将来一般企業での障害者就労を考えている(手帳未取得)。ブランクが長いのでまず就労施設で体力をつけたいと考えて面談にやってきた」

このタイプの相談は、精神科の就労施設ではよくあるパターンです。実際仕事に長くブランクがある方には、「すぐ生活リズムが整うだろうか?」「仕事を何時間までできるんだろうか?」と『現在の自分』が就労環境にきちんと適応できるのかを不安に思う方が多くいらっしゃいます。

スタディケースも、どうやらそのパターンに当てはまりそうでした。とりわけ今回のケースでは、「自分を自分で後押し出来るだけの経験と自信」がつけば全然大問題なく働けそうだなぁという第一印象。キャラクター的にも、「経験値などが整えば一人ででも面接に行ける」タイプのように見受けられました。

ただ支援計画や指導方針を固める中で、一点気になったことがありました。それは、話し手から受けた印象と『診断名』がしっくり合致しなかったこと。

例えば統合失調症であるなら、「自分で自分の疲れ具合が分かりにくいかもしれない」可能性も考えて支援計画を立てたり、振り返りを行ったりするのですが、彼女の場合、話し方、考えの組み立て方、生育歴、病気の症状…漠然と、それらの「情報」と「診断名」に違和感を感じたのです。

診断名への違和感の正体

診断名への違和感の正体は、比較的すぐ明らかになりました。クライアントは自身の病気を、「うつ病と統合失調症」と言われていましたが、実際の病名は「うつ病」単一診断だったのです。

これは、障害者手帳を作るための主治医診断書を頂いた時に判明しました。障害者手帳を作る際には、主治医の診断書が必要になります。そしてその主治医診断書の中に、「統合失調症」の病名は書かれていなかったのです。

カルテの役割について

さてここからは、彼女のケースを参考に「なぜ診断書に書かれない病名が、彼女のカルテには記載されていたのか」について説明していきたいと思います。

カルテ上には、多くの情報が記載されています。病名、服薬している薬の種類、量、通院頻度。患者さんがどんな治療を受けて来たかという経過が手に取るようにわかる、それがカルテです。

そして、そのカルテに記された医療行為と処方内容に沿って医療点数は計算されます。医療点数は病院の大切な収入源です。医療点数は、医療点数を取るための「決まり」を守らなければ貰えないというルールがあります。

つまりカルテには、『患者さんに行った医療行為の記録』という側面と、『医療点数請求のルールを守って医療行為を行った記録』という2つの側面があるわけです。

「カルテ上の診断」はなぜ必要か

医療点数請求の決まりの中に、「適応症」というルールが定められています。簡単に言えばこのルールは、『A治療薬をA病以外の患者さんに保険処方してはいけません』というルール。つまり、たとえ医者が「この患者さんにはこの薬が効くだろう」と思っても、病名が適応症でなければ薬剤費が自費負担になってしまうということなのです。

もうお察しの方もいることでしょう。ここで「カルテ上の診断」に話が戻ります。眠れないうつ病患者さんに、うつ病診断だけでは睡眠薬を出すことはできません。だから「睡眠障害」がカルテに追記されます。同じように、そわそわして落ち着かない時があるうつ病患者さんに、うつ病診断だけでは抗精神病薬を出すことができません。だから、「神経症」や「統合失調症疑い」などの文言がカルテに追記されるのです。

必要なのは「適切な治療」か「適切な病名」か

つまり、今回のスタディケースは「うつ病による焦燥感がなかなか取れなかったために抗精神病薬が処方された」というケースだったのです。

ですから彼女は、実際に「統合失調症」と診断されたわけではなく、「統合失調症」に似た症状を抑えるため、統合失調症に適応のある薬(抗精神病薬)が処方された。そういうことだったのです。

患者さんに必要なのは「適切な治療」です。きちんと病状を解消するための手順として、別の診断名をつけなければならない時がある!ということの紹介でした。

(ちなみに余談ですが、開発当初は抗精神病薬として販売され、臨床ケースを増やす中でうつ病が適応に含まれるようになった薬というのも存在します。精神医療に限らず、薬の適応は年月とともに変わることがあるので気をつけないといけませんね…



駆け出しライター「りくとん」です。諸事情で居住エリアでのPSW活動ができなくなってしまいましたが、オンラインPSWとして頑張りたいと思います。皆様のサポート、どうぞよろしくお願いします!