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9:抑圧期からの変化、そのきっかけ

マガジン「人の形を手に入れるまで」の9話目です。まだ前書きを読んでいない方は、こちらからご覧ください。

私は母の言う通りに部活を辞めた。部活に力を入れる学校方針とは真逆の方向性の行いに、クラスからは少し浮いた。そのうち、私はだんだんと教室に行けなくなっていった。保健室でサボる回数、学校に遅刻する回数が増え、学校に行こうという気力は削がれていった。

成績は悪くなかったものの出席日数はギリギリ。なんとか2年生に進級し、このままの成績でいけば大学推薦は取れる…そんな進路選択が迫った秋の日のこと。朝目が覚めて、私は全く動けないことに気づいた。足先が痺れて、体を起こそうとしても怠くて起きられない。寝返りを打つことさえできなかった。

階下から私を呼ぶ母の声がする。でも、返事もできない。助けてと言いたいけど、どういう状態が「助かった」と言えるのかわからない。苦しいわけでもない、ただ動けないこの状態について、何が「助かった」なのか。この状態の収束?いつから続いてるかわからないこの感覚の収束?

痺れを切らした母が私を起こしに来たが、うまく喋れなかった。かろうじて「行けない」とだけ答えたが、その私の頬を母は平手打ちした。それは突然のことだった。母が私の体を覆う布団を剥ぎ取り、そのまま私に馬乗りになったのだ。

「いい加減にしなさいよ!あんた毎日毎日遅刻ばかりして、私がどれだけ肩身が狭いと思ってるの!」

答えられない私の襟元につかみかかり、布団に何度も叩きつけるようにして叫び続ける。「あんたの為に離婚もせずに我慢しているのに!」「あんたの為に一人好きでもないこの土地にいるのに!」ガクガクと振られる頭で、このまま首が折れないかと考えた。

「全部全部あんたが居るから!!」

そこまで言って母はハッと動きを止めた。母の手は襟元から場所を変え、私の首にかかっていた。それに気がついて、母の勢いは急激に失速したのだ。母は気まずそうに居住まいを正すと、「もういい」と吐き捨て階下へ降りていった。

とりあえずその日は、動けるようになった昼頃から学校に行った。首についていた赤い締め跡はすぐに消えたが、締め込まれた手の感触はずっとずっと残っていた。いらない子だ、いらない子だとは思っていたけど、生かしも殺しもしないなんて。

学校には既に母が連絡をしていた。学校についた私は、何も聞かれることなく教室に通された。保健室にも行ったけれど、保健の先生にも何か連絡が行っていたのだろう、いつもより優しい声がかけられた。

それが堪らなく不快で、でもそれを利用すれば保健室で休めることもわかっていて…私は冷えた頭の方に従った。

「生理のせいかな、ちょっと目眩がするんで休ませてください」

保健室からの見慣れた天井に、こちらを睨み付ける鬼のような形相の母が見えた。…これから先の何十年、私は「あの人のため」にいればいいだろう。いつこの終わらない感覚から助かるんだろう。

どうせならあのまま殺してくれれば良かったのに。

ため息も涙も出なかった。ただ自力ではどうしようもできない現状について、どうにか理解しようとしていた。

『あの母は異常だ。』

そう納得するのには長く時間を要したが、この日をきっかけに私はそう納得した。異常なものを理解するには知識がいる。知識をつけよう。「私を私として守る為には、それが必要だ」…私の冷えた頭が語りかけていた。



駆け出しライター「りくとん」です。諸事情で居住エリアでのPSW活動ができなくなってしまいましたが、オンラインPSWとして頑張りたいと思います。皆様のサポート、どうぞよろしくお願いします!